第4話「メスガキ系家庭教師」

 それから魔力の制御に関してはすぐにできた。

 こう、魔術を使うときにググッと力を込めて穴を狭める感じだ。

 トイレ我慢している時の感覚に近い。

 ……例えが汚くてすまんな。

 でも他にいい例えが見当たらなかったんだよ。

 許せ。


 閑話休題。


 次の行うのはもちろん魔力保有量と魔力出力量の増加だ。

 出力に関しては先程の魔力の制御を行い続ければかなり鍛えられそうな予感がしている。

 保有量に関しては毎日毎日枯渇するまで使っては気絶してを繰り返していた。


 と、そんなふうに特訓を繰り返しながら日々を過ごしていた。

 気がついたらさらに二年が経過していた。

 五歳となった俺は、何故かいきなり父と母に呼び出されていた。


 父の執務室で真剣な表情の二人と向き合う。


「お前には十歳から【王立エレニカ探索学園】に通って貰わなければならん」


 父がそう言い出した。


 なるほど。

 ここが分岐点か。

 この王立エレニカ探索学園ってのがゲームの主な舞台であり、アベル君が悪役モブとして華々しくない死を遂げる場所である。

 正直断りたいが……父と母の雰囲気的に断れそうな感じじゃないし、そもそも主人公がちゃんと成長しているか確かめなければならん。

 主人公が少しでもミスるだけで世界に魑魅魍魎が跋扈したり、悪魔族が攻め込んできたりして世界が滅亡するかもしれないからな。

 うん、鬱ゲーならあり得る。


 というわけで、俺は至って真面目な顔で頷いた。


「分かりました。入学試験なら任せてください」

「……いや、アベル。お前はレベル1だ。しかもカンストが1だ。どうしてそんなに自信満々なのか不思議でならないんだが」


 俺が頷くと、父は引き攣った表情で言った。

 ちなみにレベルは隠そうとしたけど、一週間でバレました。

 悲しいね。


 確かに父の言う通り、現状俺のレベルは1だ。

 カンストもレベル1だ。

 これ以上はレベルが上がらない。

 だが、俺には魔術がある!

 これを使えばいずれ生き延びる力くらいは手に入れられるはずだ!

 というわけで、王立エレニカ探索学園の入学試験くらいなら余裕なはず。

 そう思ったのだが……。


「というわけで、お前には文官志望で入学してもらう。そのために家庭教師を雇うことにした」

「は? え?」


 俺は思わず困惑の声をあげた。

 王立エレニカ探索学園には文官コースと探索者コースがある。

 もちろんストーリーは探索者コースで行われる。

 文官コースは設定上出てくるだけで、ゲームでも全く関わりを持たなかった場所なはず。

 曖昧な記憶によれば。

 まあかなりの部分が抜け落ちているから、どこかで関わっている可能性もあるけど。


 とにかく、文官コースに行くのならマジで通う意味がない。

 魔術の特訓もできないし、日本の自称進学校みたいに過度な勉強漬けの毎日が待っていることだろう。

 嫌だ! それだけは絶対に嫌だ!

 俺は思わず父の腰に抱きついて必死にお願いをしていた。


「お願いします! 文官コースだけは、文官コースだけはいやです!」

「そんなに嫌か」

「はい! どのくらい嫌かっていうと、ユイからお小言を受けた挙句、その日の特訓を禁止されるくらい嫌です!」

「いやまあ、その例えの意味は理解できるが、ものすごく分かりにくい表現だな……」


 普通に父にもドン引かれた。

 しかし構わん。

 今は文官コースに行かないようにしなければならない。


「だがお前は頭がいい」

「……ぼくはばかです。あたまがわるいです。1+1もわからないどあほうです」

「誤魔化しても無駄だぞ。その演技ができる時点で頭がいいからな」


 チッ。

 いけないいけない、思わず心の中で舌打ちが出てしまった。

 父はスッと姿勢を正して俺を離すと言った。


「ともかく、これは決定事項だ。もう家庭教師もお願いしてしまっている。今さら変えることなんてできない」

「そんなぁ……」


 探索者コースが良かった。

 もう勉強なんて嫌よぉ……。

 あと、ヒロインとか一目見てみたり。

 ちょっと話してみたり。

 あとは、たまに盗み見たりとかもしてみたかったのになぁ。


 残念。

 まあ決まってしまったものは仕方がない。

 俺が想像以上の馬鹿だったと思い知らせればいいのだ。

 うん、それがいい。


「というわけで、入ってきてください」


 父は扉の向こうにそう声をかけた。

 執務室の扉が開いた。

 現れたのは——。


 ちんまい少女だった。

 幼女と言ってもいい。

 ツインテールに髪の毛を結び、吊り目がちの瞳はメスガキと彷彿とさせる。


「……メスガキ?」


 俺は思わずそう呟いていた。

 それを耳ざとく聞いたメスガキ(仮)は吊り上がっている目尻をさらに吊り上げる。


「メスガキとはなんだ、メスガキとは! わたしは立派なレディーであるぞ!」

「ほへぇ」

「興味なさそうにすな! さてはお主、わたしのことを全く知らんな?」

「ふんふん、知ってるとも。年齢八歳、甘やかされて育ち、普段はわがまま放題。しかしそれゆえに寂しがり屋でもあり、一人になったときには借りてきた猫のように大人しくなり、ふと寂しくなったりする。好きな食べ物はハンバーグで、子供舌なことを若干気にしてたりもす——

「ちょっと待てぇええぇえええええぇえええ! 捏造すな、捏造! まあ最初以外は大体合ってる気もするが……って、そうじゃなくて! なにいきなり勝手なことを言い出すんだ! 名誉毀損だぞ、悪口罪で逮捕だぞぉ!」

「先生、悪口罪なんて罪は確かなかったと記憶しておりますが……」

「急に冷静になるなぁあああああぁあああ! はあはあ……すごくやりずらいやっちゃな……」


 何故か肩で息をして疲れたようにいうメスガキ先生。

 そんなやりとりをしている俺たちを父と母は引きつった表情で傍観していた。


「——気を取り直して。わたしはミレバ・エレスタ。元S級探索者の魔法使いだ。この間、円卓議会の副議長を引退し、自由気ままな生活を送ろうとしている」

「ほへぇ……なかなかお歳を召しておられるのですか?」

「何でもかんでも敬語にすれば失礼にならないと思うなよ……。歳に関する質問は禁止だ。もちろん、わたしに対する悪口も禁止だ」

「確かに。気にしそうですもんね、悪口」

「なんてひねた子供なんだ……。わたし、家庭教師をやっていけるか不安になってきたぞ……」


 そう暗い表情で言うミレバに父は早口で誤魔化すように言った。


「それではミレバさん、よろしくお願いしますね。ちゃんと給料は上乗せでお支払いいたしますので。是非うちの子を更生させてください」


 いやいや、更生が目的じゃなくてお受験が目的なんじゃないの?

 てか、そもそも俺って更生必要?

 別に必要なくね?

 ……いや、いるか。

 思い返せば、けったいなことばかり言っている気がするな。

 まあ直す気は毛頭ないけど。

 チラリと父の頭を見る。

 ……うん、まだまだ全然毛頭あるわ、父の頭には。

 良かった良かった。


「何やら変な視線を感じるが……とにかくアベル。大人しく授業を受けるんだぞ? ミレバさんを怒らせるなよ?」

「はぁい。了解しました、父上ー」


 俺の言葉に不安そうにする両親。

 ともかく、俺はこうして家庭教師を得た。

 メスガキだったが、まあええか。

 ……って、別にメスガキではないだろうって?

 まあそこら辺は些細な問題よ。

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