第5話 狼煙

 何もない荒野に寝転がって一晩過ごしたあと、俺は再びハルを連れて地平線の向こうを目指していた。


 ハルはあれからだんだん口数が少なくなり、俺がこの世界について何か聞いても首をかしげるばかりになった。


 『神々の天体』とやらのエネルギーが尽きたのだろう。


 ハルは年相応の子どもに戻った。


 かといって、座りこんで駄々をこねたりといったことはしない。俺を導くように、俺の目の前を歩き続けている。



 そろそろ何も飲まず食わずで二日がたつ。さすがにしんどいと思っていた丁度その時、ハルが何かを見つけた。


 荒野の地面に動物の足跡が見つかったのだ。馬の蹄のような形をしている。


そのそばに、なんと人間の靴の後のようなものが混じっている。


足跡は今まで目指してきた方向と同じ方向にのびている。


ハルのナビゲートは正しかったようだ。


 俺はがぜんやる気が出て、もうふらふらになりながら歩いているハルを背中にしょって歩き始めた。



 足跡の先に、小屋が見つかった。


 小屋の中には三人分の寝床と、大きな水がめと、固いパンと干し肉と酒が見つかった。


 俺は水がめに飛びつき、犬のように顔をつけて飲んだ。


 パンは本当に硬かった。固いといっても、歯は立つのだが、ちっともかみ切れなかった。


 干し肉も同様だった。


 しかし、貴重な食料には変わりなかった。俺たちはしばらくここで過ごすことになった。



 小屋での生活には一つ問題があった。


 自分でもすっかり忘れていたが、俺は元の世界ではうつ病を患っていた。


 夜眠るときに、睡眠薬が欠かせないのだ。


 当然この小屋にはそのようなものはない。


 俺は徹夜した。徹夜すると、今度は体が疲労を回復できず、日中は少しでも横になって体力を回復しなければならなかった。


 体は横になることでどうにか回復できても、頭はそうはいかなかった。


 俺は絶えず頭痛に苦しめられ、小屋から一歩も動くことができなくなった。



 そうしているうちに、まず水が尽きた。俺は酒に手を伸ばした。酒を飲むとよけいに頭痛が激しくなり、逆にのどが渇いた。


 もうしばらく前から、俺はハルに助けてくれと念じつづけている。


 しかしハルは水を飲む様子もなく、小屋の外で木の棒をふりまわして元気に遊んでいる。


 俺の人生もここまでか。俺はうつの波に沈んでいった。



 パチパチという音で目が覚めた。


 寝床から小屋の入り口をのぞくと、白い煙が立ち上っている。驚いて小屋を飛び出すと、ハルが焚火に生木をくべて煙を出していた。


 そのよこには縦に割った太い木に、丸く焦げた穴が開いた道具と、同じく先が焦げた木の棒が転がっていた。


 何ということだ。ハルは火おこしを学習して、狼煙で助けを求めることを思いついたのだ。



 「あなたの思い通りに成長する」



その言葉がどれだけの可能性を秘めているのか、俺はあらためて理解した。

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