魔王様はバンドマン

ケーロック

第1話 魔王様はバンドマン

ステージの灯りが暗転し、一瞬の静寂が会場を包む。そして、不穏な静けさを破るように、一つの声が響き渡った。


「最後の曲。堕天使のメロディ。さぁ舞い散るのだ」


その言葉と共に、スポットライトが一斉に点灯し、黒ずくめの衣装に身を包んだ彼の姿が浮かび上がる。魔王様のライブが、今、始まる。


ギターの重低音が空気を震わせ、ドラムのリズムが心臓を打つ。観客は息を呑み、次の瞬間、会場は熱狂の渦に飲み込まれた。魔王様は、その圧倒的なカリスマ性で、全てを支配する。彼の声は、天をも裂くかのように、会場いっぱいに響き渡る。


そして、ライブが終わり、夜が明けると、彼は再び普通の高校生、黒崎 雷太に戻る。学校では、彼はただの内向的な少年だ。控えめで、いつも本を読んでいる。誰もが彼の秘密を知らない。彼が夜になると、世界を変える力を持つロックスターに変わるなんて。


「おはよう、雷太。昨日の数学の宿題、難しくなかった?」


クラスメイトの声に、雷太は微笑みながら答える。


「う…うん、ちょっと手こずったけど、なんとかなったよ」


そんな彼には想像もつかないだろう。昨夜、彼がステージで見せた、あの魔王様の姿を。


校舎を歩いていると、背中に熱い視線を感じる。振り返ると、そこには田中 龍之介がニヤニヤしながら立っていた。


「魔王様…魔王様。昨日のライブ最高でやんしたね」


彼の声はいつもより大きく、周りの生徒たちがこちらを見る。雷太は慌てて彼の口を塞ぐ。


「ダメだろう。学校では魔王様って言っちゃ。あと敬語もやめてって言ってるだろう」


龍之介は無邪気な笑顔で頷き、雷太の手を払いのける。


彼の名前は田中 龍之介。彼はこの学校で一番のバカと自称しているが、その明るさと楽天的な性格で、誰からも好かれている。前世では僕の部下だったという記憶を持ち、現世でも僕の最も信頼できる友人の一人。学校では脳筋で脳天気なバカを演じているが、ドラムの腕前はパワフルでリズム感が抜群。たまに口が滑って僕の秘密を漏らしそうになるが、それもまた彼の魅力の一つだ。


「すみや…あ、ごめんごめん。つい、昨日のことを思いやして…」


龍之介は肩をすくめて、またあの無邪気な笑顔を見せる。雷太は苦笑いを浮かべながら、彼と一緒に教室へと向かった。


教室に足を踏み入れると、すぐに桜庭ユリが明るい声で挨拶をしてくる。


「あ、雷太おはよう」


彼女の名前は桜庭 ユリ。彼女はこのクラスで一番の明るい存在だ。いつも笑顔で、誰とでもすぐに友達になれる。僕とは幼馴染で、家族ぐるみでの付き合いがある。彼女は僕が魔王様であることには全く気づいていない。ただの高校生としての僕しか知らない。


「おはよう、ユリ。今日も元気そうだね」


雷太は彼女の元気さに感謝しながら応える。その時、龍之介が二人の間に割って入ってきた。


「おっ! 今日の体育はバスケでやんすよ! 雷太、俺と一緒にやりま…や、やるでやんすか!」


ユリはクスクスと笑いながら、二人のやり取りを見ている。


「あなたたち、いつもそんなに元気でいいわね。私も混ぜてよ」


三人で笑いながら、たわいもない学校生活の話に花を咲かせる。今日の授業、放課後の予定、そして来るべき学園祭の準備…。そんな日常の中で、雷太は自分の秘密を守りながら、大切な友達との時間を楽しんでいた。


教室のざわめきの中で、雷太はふと窓の外を見る。そこには青い空と、自由に飛び交う鳥たちの姿があった。彼の心は、どこか遠くを思い描いている。


「ライブの夜、ステージ上での自分は本当の自分なのだろうか。それとも、この平穏な学校生活が本当の自分なのだろうか」


雷太の視線が窓から教室の中へと戻る。彼の目の前には、日常の風景が広がっている。友人たちの笑顔、先生の声、黒板に書かれた数学の式。これが彼のもう一つの世界だ。


「ステージ上での自分と、ここでの自分。どちらも本当の自分だ」


彼はそう確信しながら、手にした数学の教科書をパラパラとめくる。数学の問題を解くことは、彼にとってもう一つのパフォーマンスだ。解答を導き出す過程には、音楽を奏でる時と同じような集中と情熱が必要だ。


「雷太、その問題、分かる?」


隣の席からユリが尋ねてくる。雷太は優しい笑顔で頷き、彼女のノートに解法を丁寧に説明する。彼の言葉は、音楽のリズムのように流れる。


「音楽も、数学も、すべては繋がっている。表現の形は違えど、心を動かす力は同じだ」


雷太は、自分が持つ二つの世界を受け入れ始めていた。夜のステージでの魔王様も、教室での優等生も、彼の中に共存する真実の一部なのだ。

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