第4話 意地

   ※side:エレーナ※


 義臣との同棲が始まった翌日。

 この日は普通に平日なので、エレーナはいつも通りに6時で目を覚ましていた。

 これまでと違う環境下だったが、一応よく眠れた。


 エレーナは寝起きにシャワーを浴びるのが日課である。

 なので部屋ですっぽんぽんになって浴室に向かおうとしたところで、


(……っと、義臣が居るのに全裸で出るのはダメだわ)


 実家で暮らしていた頃は自室のすぐ隣にシャワールームがあったため、自室で全裸になって部屋を出るのが当たり前だった。

 しかし現状はそうもいかない。

 義臣が先に起きてリビングに居たら、彼に裸を晒すことになってしまう。


(私の高貴な裸体を義臣に見せるわけにはいかないわ……)


 これまで幾度となく社交パーティー等で顔を合わせ、そのたびにいがみ合ってきたライバルである。親同士が手を結んで事業の拡大を目論んでいるようだが、だからといってすぐに義臣と仲良しこよしになんぞなれるわけがない。無論、裸を見せることなんてもってのほかなのだ。


(……まぁでも、まだ起きてないようね)


 個室のドアを少しだけ開けてリビングを確認してみると、そこは無人。

 義臣はまだ部屋で寝ているようだ。

 なのでエレーナはバスタオルだけ持って結局全裸のまま部屋を出、足早に浴室まで移動した。

 20分ほどかけてシャワーを済ませるあとは、バスタオルを巻いただけの状態で廊下に出た。


「うお……」


 するとシャワー中に義臣が起床済みだったようで、リビングにはソファーでテレビを眺める彼の姿があった。よもやエレーナがバスタオル一丁で現れるとは思わなかったのか、こちらに視線を寄越すその表情は驚きに包まれている。

 エレーナとしては多少の恥ずかしさがありつつも、むしろ驚く義臣の表情を堪能して始めていた。


(ふふ……なんて童貞臭い反応なのかしら)


 自分が処女であることを棚に上げての思考。

 昔からあらゆることで義臣を出し抜きたいと考えているエレーナは、彼の精神を掻き乱して楽しむのが趣味のひとつでもある。

 ゆえにこの姿のまま彼に歩み寄り始めてみる。


「おはよう義臣。良い朝ね?」

「……服を着ろ」


 視線を逸らしながらぶっきらぼうに言い返された。

 照れているのだと分かり、エレーナはなんだか楽しくなってくる。


「あら、天下の一条寺財閥の御曹司ともあろう者が、こんな小娘のバスタオル姿に臆して照れるだなんて情けないんじゃないかしら?」

「……なら逆に問うが、天下の咲宮ホールディングスの社長令嬢ともあろう者が、そうやって肌身を晒して挑発的な態度を取るのははしたないことじゃないのか?」

「うっ……」


 確かにその通りだが、ここで引いては負けになってしまう。

 なんの勝ち負けだ、という話だが、エレーナとしてはとにかく義臣に引けを取るわけにはいかないのである。


「ふ、ふん……そんなことを言いつつも私のセクシーな姿が見られて嬉しいくせに」

「……目に毒なだけだ」

「なんですって!?」


 沸点の低いエレーナはカチンと来て、義臣の視線の先に回り込んで膝立ちとなり、胸の谷間が強調されるように腕を組んだ。

 義臣がギョッとしている。


「な、何してんだ……っ」

「これのどこが毒なのか言ってみなさいよ! ほらっ、Fカップよ!」


 外国の血が入っているだけあって、エレーナは発育が良い。

 細身でスレンダーではありつつ、出るところはしっかりと出ている。

 普通に歩いているだけでエレーナは下心満載の視線をいつも胸に感じている。

 それをこうして強調して見せれば、義臣なんてイチコロのつもりだ。


「ほらっ、どうせあなたも男だしおっぱいが好きなんでしょ! 遠慮せず見ればいいじゃない!」

「や、やめろ……」

「ほらっ、ほらっ!」


 腕を組んでの強調をやめて、胸を張りながらズイッと義臣に迫るエレーナ。

 そんな折、アクシデントが起こる。

 バスタオルの結び目がハラリとほどけ――


「――ひゃあっ」


 すとんっ、とバスタオルが床に落ちそうになったが、その寸前に義臣の手が伸びてきてエレーナの身体にはギリギリ触れずに、それでもバスタオルによるガードだけは維持するという神業を披露し、この状況は事なきを得ることになる。


「お前バカだろ……」


 呆れた表情で義臣が呟く。


「ば、バカとは何よ……」

「俺を出し抜きたいとかなんとか考えてこんなことをしたんだろうが、こんなことをするよりも前にもっと自分を大事にしろ、って言ってんだよ」

「よ、義臣のくせに私に説教するなんて生意気だわ……」

「なら、好きでもなんでもないヤツにエロい挑発すんなよ……見た目だけならお前は極上なんだから、諸々考えて行動してくれ」

「……っ」


 見た目だけなら極上、という言葉がエレーナの耳に残った。

 それは完全な褒め言葉ではないにせよ、義臣がエレーナの外見に関しては認めていることを表すセリフだ。


(よ、義臣は……私の見た目を好ましいと考えているわけね……)


 予期せぬタイミングでライバルの内心を知ってしまい、エレーナは戸惑う。

 義臣に褒められても嬉しくなんかない、はずなのに……どうしてかエレーナの気持ちは心弾む方向へと切り替わり始めていた。


(な、何よ私……外見だけ良いって言われた程度のことで……)


 あっさりとほだされそうになっている自分が気に食わない。

 義臣はいがみ合ってきたライバルだ。

 親同士が手を結ぶからといって、今更仲良しこよしになれるかと言えば違う。


(わ、私はほだされないわ……っ)


 婚姻を解消するために同棲を頑張りはするが、義臣に妙な感情は抱かないようにする。もし抱けば、それは負けである。


「ふ、ふん……あなたが一緒に暮らして大丈夫な相手かどうか確かめただけよ。ここで私に我慢出来ずに手を出すような相手なんて願い下げなんだもの」


 誤魔化しの言葉を残しながら、エレーナは足早に個室へと入り込んでドアを閉めた。

 ドアに背を預けて、乱れる動悸を落ち着けるために深呼吸。


(……義臣はドキドキしてくれたのかしら)


 もしそうなっていないのであれば、ちょっと悔しい限りだった。



   ※side:義臣※



(で、デカかった……)


 一方その頃、義臣はエレーナの垣間見えたFカップを思い出して悶々としていたのである。

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