お見合いに来たのが犬猿の仲の女子だった(タイトル模索中)

新原

第1話 なんでお前なんかと

「――なんでお前が見合いの相手なんだよ!!」

「それはこっちのセリフだわ!!」


 銀髪ショトカの凜々しい美少女の声が料亭の一室に轟いた。

 彼女とにらみ合いを繰り広げている高2の少年、一条寺いちじょうじ義臣よしおみは、一旦彼女から視線を切ってこの場に連れて来た父親に対して牙を剥く。


「おい親父……これはマジでどういうつもりなんだ?」

「まあ落ち着けって」


 落ち着いていられない状況にもかかわらずそんなことを言う父親に呆れながら、義臣はここまでの状況を整理することにした。


   ※


 ――1時間前。


「やあ義臣、乗りなさい」

「……親父?」


 高2に進級したての4月上旬のこの日、義臣は自分が通う私立王子ヶ原高校での1日が終わって下校しようとしていた。

 ところが、校門から出た瞬間に目に飛び込んできたのは黒塗りの高級車。

 そして後部座席の窓が開いたかと思えば、顔を覗かせてきたのは父親の一条寺義和よしかずであった。


「なんだよ急に……今日って何かある日だったか?」

「いいから、ひとまず乗るんだ」


 有無を言わさぬ口調でそう告げられ、義臣は小首を傾げながらもとりあえず後部座席に乗り込んだ。

 車はすぐに動き出した。


「実はな、今日はお前に見合いの話を持ってきた」


 そして、最初の信号待ちが訪れたところで義和がそう切り出してきたことに、義臣が驚かないはずがなかった。

 

「み、見合い……?」

「そう、見合いだ」

「いやいや……きょうび見合いって」


 マッチングアプリやSNSの影響で自由恋愛が極まっている昨今には似つかわしくない風習である。義臣が困惑するのは当然だった。


「お前は今『見合いなんて時代に合わない』と考えているんだろうが、お前の立場を思えば当然の選択肢ではある。そうだろ?」

「それはまぁ……」


 義和の言う通りである。

 義臣は自由恋愛しやすい立場かと言えば、違う。

 なぜなら義臣は、一条寺財閥の御曹司だからだ。


 一条寺財閥とは、義臣の祖父にあたる義之よしゆきが立ち上げた企業で、最初はただの新聞屋だったが、義之の先見の明で時代に合わせて成長し続けた結果、今や地上波のキー局にまでのし上がった大手メディアの一角である。

 他にもスマホのキャリア事業で業績を上げており、メディアのみならず通信事業の一角をも牛耳る日本有数の大企業と言える。


 義之が一線を退いた今、代表取締役社長は義和。

 その一人息子である義臣は、一族経営を続ける上で重要な跡取りに違いなかった。

 だからこそ、自由恋愛が許される立場かと言えば、微妙。


「そもそも義臣、お前は未だにカノジョを作ったことすらないんだろ? 言い寄ってくる女の子が全員お金目当てに見えるとかいう疑心暗鬼のせいで」

「……おう」

「なら見合いでしっかりと立場のある令嬢と出会うのは悪いことじゃないはずだ」


 確かに……、と義臣は思いつつも、


「……でも今回の見合い相手って誰なんだよ?」


 気になるのはそこである。


「一応言っとくが……エレーナだけは勘弁してくれよな」


 義臣の脳裏に今浮かび上がっているのは、銀髪ショトカの高飛車令嬢だ。

 ――咲宮さきみやエレーナ。

 彼女の身元を簡単に説明するなら、一条寺財閥と同じく地上波の一局とスマホキャリアの一角を牛耳る『咲宮ホールディングス』という一大企業の社長令嬢である。


 著名人や財界人が集まるパーティーに昔から数え切れないほど連れて行かれている義臣は、そのたびに同じく連行されてきたエレーナと顔を合わせては『同い年だから』という理由だけで「一緒に過ごしてなさい」と組み合わされることが多々あった。

 じゃあ仲が良いのか? と訊かれたらノーと言わざるを得ないのがこの2人。

 親が同じ事業をしている=商売敵にしてライバル、の図式が最初に顔を合わせた小学生時代に成り立った影響で、顔を合わせるたびに毒舌を浴びせ合っているのである。

 お前んとこのあの番組視聴率低すぎワロタw だの。

 あのスマホプラン失敗しててぷぎゃーw だの。

 相手の会社のやらかしを持ち出してアウトローなラッパーもかくやのディスり合いを繰り広げているわけだ。


(もしそんなエレーナが見合い相手だったら死ねる……)


 義臣はエレーナを異性として見たことがない。

 容姿の端麗さは認めるが、やはり前述の関係性ゆえに親密になるのは難しいとしか思えないのである。


「エレーナちゃんなわけないじゃないかー」


 義和がどこか棒読みな感じでそう言った。

 

 ……今にして思えば、この時点で義臣は勘付くべきだったのである。


   ※


 というわけで――時間軸は現在へ。


「――いやあのさ、親父マジでさ……なんで相手がエレーナなんだよ……っ」


 料亭の一室に居るのは義臣と義和、そしてエレーナとその実父にして咲宮ホールディングス代表取締役社長の咲宮春男はるおである。

 見るからに高級素材の木製ローテーブルを挟んで、ふた組の事業家親子が向かい合っている。

 エレーナも、見合い相手が義臣だということは秘匿されてここまで連れて来られたようで、春男に対して「パパっ、どうして義臣が相手なのよ!」と先ほどから納得が行かない様子だ。


「実は咲宮ホールディングスと一条寺財閥は業務提携を結ぶことにしたんだ」


 春男がそう切り出すと、義和も言葉を続けた。


「そう、キー局同士でライバルではあるが、もっとデカいことをやろうと思ったら咲宮の力が必要だと思ってな」

「だからってなんで俺とエレーナが……」

「「ライバル同士のキー局が手を結ぶついでに社長の子供同士もくっついたらドラマに出来そうじゃないか」」


 社長2人が声を揃えていた。

 将来のドラマ化ありきの考え。

 さすがはキー局のトップだけあって抜け目ないが、義臣は呆れるしかない。


「ふざけないでよ! 私はパパたちのオモチャじゃないわ!」


 エレーナは引き続きおかんむりだ。


「だがエレーナ、お前は言い寄ってくる男子がお金目当てにしか見えなくて誰とも付き合えない状態なんだろ? じゃあお金に困ってない義臣くんでいいじゃないか」

「それは……」


 どうやらエレーナも異性に疑心暗鬼な部分があるらしい。


「案外、きちんと近くで過ごしてみたら相性が良かったりするかもしれないしな」


 義和がそう言って懐に手を入れて、キラリと光る何かを取り出してきた。

 それは何かの鍵と思われる物品で、それを義臣に差し出してくる。


「親父……なんだよそれ」

「鍵だ」

「……なんの?」

「お前とエレーナちゃんの愛の巣の」

「は!?」

「お前たちそれぞれの学校に通える中間地点に部屋を借りておいた。今日からそこで婚姻前提の同棲を始めてもらう」

「「はあ!?」」


 義臣とエレーナの困惑が共鳴した。


 こうして――犬猿の仲の御曹司と社長令嬢がひとつ屋根の下で暮らすことが決定したのである。

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