第121話 リッチの夢④
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
私は走る。全速力で走る。
急いで村に戻らなければ。
急報は間違いなく届いた。わかったことは皆が危ないということだけで、その危機の内容はわからない。
不安感に心が染まり、何も考えられない中で、力の限り走っていた。
「戻ったのか……」
「長……」
村に戻った私が目にしたのはくたびれた表情をした長。そして周りを囲むおびただしい数の死したものの殻だった。
長は祈っていたのだろう。
私は間に合わなかった……。
"守"などという称号を賜っているにもかかわらず、また何もできなかった。
「2つのことを追っても何もできない。"守"よ。お前はもう去れ。ここはもうもたない。どうせな。なれば新たな場を探すべきだ。そなたはまだ若いのだから」
「長は?」
「我はここにいる。ここで見つめている。滅びゆくさまをな」
「それでは溺れる」
「致し方ない。自死すれば終われるかもしれぬ」
「そんな意識が残るとは思えない」
そうして言い争いになるかと思ったが、長は途中から何も喋らなくなり、言いたいことを言った私は棲み処に戻った。
それは終生潰えることのない私の後悔だ。
なぜあのとき長と共にいなかったのか。
なぜあのとき既におかしいと気付かなかったのか。
なぜ……。
考えても、考えても、何も変わらない。
もうすでに終わったことなのだから。
私は違う場所に建てられた祠の中で自問を繰り返すという無駄を過ごしている。
「"守"よ。我は抗う。苦しみは漏らさぬ。破壊も零さぬ。笑いたければ笑え。これが我の道だ」
笑ったりなどするものか。
苦しみを引き受け、時間を稼いだものに対して。
悲しさと苦しさだけが残る。それでも愛さずにはいられない。
それは時間軸すらはっきりとはしない、遠い過去の話。
ただ一つ言えるのは、愛おしい者が堕ちたということ。
間違いなくまた出会うだろう。
遠い、遠い未来の先で。
その時、私は長を愛せるのか?
その時、私は長を殺せるのか?
そんなことは考えたくない。
でも逃げたくもない。
私は繰り返す生の中で、見知らぬ場所に行っては戻り、近付いたことに気付いては遠回りした。
彼はいまだに苦しんでいるのだろう。
姿も変わっているだろう。
あれはなんだ。
それは破壊をもたらすもの。
それは理性を奪うもの。
それは記憶を消し去るもの。
灰塵に帰すべきだ。
何よりも優先して、あの忌まわしきものを。
破壊と憎悪にまみれた忌まわしきものを。
なのに私の意識はアレを避け続ける。
「これ、お守りね。持って行って」
なぜ誰かに託す。
誰か、ではないわね。私が愛した人。
真面目で責任感はあるくせに、お調子者でお気楽でね。
女癖の悪い……というか、なぜか注目されてしまう人。
まったく、はっきりしなさいよ。
この女の敵め!
そんな風に思うのに、結局放ってはおけない人。
どうして出会ったんだろうか。
こんな出会いは予定されていなかったはずだ。
なぜアレを感じるのだ。
しかし弱い私は彼に託してしまう。
それは自分でなすべきなのに。
彼に任せるべきではないはずなのに。でも、きっと彼は笑うだけだろう。
なぜ私は弱い。
なぜ……。
なぜ弱いはずの私が彼を殺すの?
赤い光をはじく白い光。
私が作った……作ってしまった愛おしい者たち。
彼らを傷付けるものは許せない。
でも彼らは進んでいく。
私には決して行けない場所に。
私では勇気が出ないものの前に。
記憶を呼び出すだけで震える体。そして心。
無機質で長い時間を過ごした。
無意味で、無価値で、どうしようもない自分。
それなのにあれの前に立っている塔弥くんを見た時、私の中で何かが震えたのを感じた。
どうしてそんなことができるの?
恐ろしくないの?
よくわからない場所を歩き続けていくと、ふと暗い灯が見えた。
「まさか君とここで出会うとは思わなかったな」
「……お久しぶり、とでも言えばいいのかしら?」
見渡す限りの無機質な空間……。
足元は大理石のような白い美しい石でできた床。
頭上には星空のような何か。
そんな場所で出会ったのは懐かしい顔。
全ての記憶よりもさらに昔の遠い遠い過去の仲間。
ずっと見つめていたのだろうか?
私たちが狂う様を?
既におかしくなった私たちを?
許せない……。
________________
「これ……誰の記憶だ?」
そもそもなんで自分が寝ているのかすら朦朧とした頭では思い出せないが、明らかにおかしなものを見た。
その一部は間違いなく雪乃のものだったと思う。
俺……雪乃にまで女の敵って思われていたんだろうか?
解せぬ……。
しかし、他は何だ?
顔かたちも、声音も、思考も、口調も違うやつら。
もしかしたら性別も。
なんかいろんなやつの記憶を見た気がする。
どういうことだ???
最後の場所はあの転生の説明をしてくれる神様の部屋だったと思う。
普通手掛かりを求めて探ったりするんだろうけど、俺は生身であそこに行ったことはない。
そもそもどこだよ?
歩いてる場所はダンジョンっぽかったけども。
そう言えば姫乃と夢乃を守ったような記憶もあったな。
あいつらに聞いて不思議だったが、雪乃が守ったって言うならおかしくはないな。
もしかしてあいつも……"守"って言ってたな……。
姫乃と夢乃の加護に会った"守神の加護"……それはこれか?
う~ん、わからん。
もうちょっと寝てから考えよっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます