第54話 ニワトリ(3)


 俺はおくすることなく、赤い石へとれた。

 すると今度は親指の付け根が――ザクッ――と切れる。


 かろうじてつながってはいるが、それは皮だけだ。

 親指が「ぷらーん」とぶら下がっていた。


我慢がまんですぞ」


 と八月朔日ほずみ。額から変な汗が出ているのが分かる。

 恐らく、俺の顔が苦痛にゆがんでいたのだろう。


 痛みで涙が出そうだ――がはない。

 それに骨まで達する怪我けがなのに我慢できている。


(ということは……)


 この痛みもやはり幻覚なのだろう。赤い石へと触れ続けているためか、今度は手の甲や指の皮が刃物で切られたように綺麗にける。


 痛みよりも恐怖をあおるつもりらしい。

 つけられた無数の傷跡から血が流れた。


 余程、触れられるのが嫌らしい。

 どうやら【殺生石せっしょうせき】にも意思があるようだ。


 俺の手を引き離そうと必死なのだろう。

 しかし、そう考えるとなにやら腹が立ってくる。


 苦しむのが綺華あやかであった必要はないし、必要以上に彼女を苦しめていた。

 また俺がやらなければ、この痛みは白鷺しらさぎ女史が引き受けていただろう。


 この【怪異かいい】の在り方は――


(人の持つ優しさをにじり、善意に付け込む……)


 まるで人を苦しめることを楽しんでいるかのように思えた。

 「心がある」ということは「他者を理解できる」ということだ。


 他者を必要以上に傷つけ、尊厳そんげんみにじるために使うべきではない。

 だからだろうか、俺の内から黒いオーラのようなモノが発生する。


 それが手を通して、触れている指先から赤い石へと流れ込んだ。

 俺の持つ負の感情――それが引き金トリガーとなって【呪い】が発動したらしい。


 赤い石がより強い輝きを持って、発光する。


「後はわしに任せてくだされ」


 ミャオーン!――そう言って、八月朔日は【殺生石】の中へと飛び込む。

 吸い込まれたようにも見えたが、大丈夫だろうか?


 依然いぜんとして、俺の手は【殺生石】に触れたままである。

 綺華にも変化はない。


 なにかが起こっているのだろうが、目を細めて【殺生石】を見たところで、状況が分かるワケでもなかった。いや、いつの間にか石の輝きは失われている。


 次の瞬間には、石から黒い煙のようなモノが勢いよくき出した。

 また同時に、紫色の霧のようなモノが会議室に立ち込める。


 嫌な気配を感じつつも、煙の噴出が止まると俺の手の痛みは消えた。


(正直、助かった……)


 麻酔なしで虫歯の治療をしていたようなモノだ。

 下手をすると失神や失禁といった状況もありうる。


 綺華の胸は依然いぜんとして黒い石のままだが、赤い【殺生石】は消えていた。

 もう手を放しても大丈夫だろう。


 俺は右手の内側を顔の方へと向け、握ったり開いたりを繰り返す。

 多少、違和感は残っているが傷は消え、指もちゃんと五本付いている。


 一方で白鷺女史は突然の出来事に、状況を把握はあくできていないようだった。

 キチンと説明したい所が、そんなひまはない。俺は彼女に、


「綺華のことはお願いします」


 と告げる。今、注意すべきは別の現象だ。


「コッコッコッコッ」「フニャー!」(待つのじゃ!)


 逃げるニワトリを丸い茶トラ猫が床にお腹をこすりながらも追い掛けている。

 ニワトリの方はよだれらし、どこか爬虫類っぽい。


 ギョロリとした目玉で、口の中にはギザギザの歯が生えていた。

 石化を操る【怪異】という特徴から『コカトリス』といった所だろうか?


 噴き出した煙が実体を持ったようだ。


(ヒヨコじゃないのかよ……)


 可愛くないな――俺がそんな感想を抱いていると、猫はあっという間に、会議室のすみへとニワトリを追い詰める。


 くちばしがあるので、ねらうのは首筋だろう。ニワトリはするどい爪を持ってはいたが、茶トラ猫にはたくわえられた皮下脂肪がある。


 やはり、茶トラ猫は八月朔日のようだ。

 この時のために力をたくわえていたらしい。


 今にもニワトリを美味おいしくいただきそうな雰囲気である。

 追い詰められたニワトリは最後の手段に出た。


 巨大化である。『窮鼠きゅうそ猫を噛む』といった所だろう。

 黒い煙を体から噴出させると共に姿を変え、化け物っぽくなった。


 ゴロンと転がるだけで、猫などつぶされてしまう。

 だが、その方が俺にとっては丁度いい。


 当然、会議室はせまい。巨大ニワトリの機動力はゼロだ。

 そこまで計算していなかったのだろう。


 頭が天井へと届き首を曲げた状態で尻餅をつき、鋭い爪を持つ足も前へと放り出している。これでは折角の鋭い爪やくちばしも意味はない。


 羽を広げ威嚇するのが関の山だろう。


「フニャー!」(唐揚からあげの分際で!)


 と鳴きながら飛び退き、毛を逆立てる八月朔日。


(唐揚げなんか食べていたから、そんな体型なのだろう……)


 傍目はためにも明らかに分が悪い。

 俺はそんな八月朔日の前に立つ。そして、


「礼を言わなればいけないな……」


 ニワトリへと告げた。


「ココッ?」


 少しは言葉が通じるのか、首をかしげる――いや、最初から傾げていた。

 恐らく、この【怪異】にとっては人間など脅威きょういではないのだろう。


 確か伝承にも「強力な毒を持っている」「視線だけで生き物を殺す」などがあったハズだ。ゲームでも石化が有名だろう。


 目の前のニワトリにとって、人間などエサ玩具おもちゃでしかない。


(油断してくれるのは大いに結構だ……)


 俺は躊躇ためらうことなく、全力でこぶしを放った。大きくなったお陰で当てやすかったし、実体を持っている今、狭い会議室では俺の攻撃をけようがない。


「お前のお陰で【呪い】の使い方が分かった」


 散々さんざん、痛い思いをさせられた礼もある。

 俺は格好を付けて、そう言ったのだが――


(どうやら、威力の調整も覚えなければならないようだな……)


 【呪い】を込めた俺のこぶしは、当たると同時にコカトリスを消滅させてしまう。

 これが俺と綺華が出会った最初の事件だ。


 そして、初めて【怪異】を倒した事件でもある。

 同時に厄介事が増えるけとなった――そんな事件だ。




🐱第四章 終の棲家〈了〉🐱




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 ฅ^•ω•^ฅニャー やったね!猫森くん大勝利☆

 八月朔日さんも活躍しました。


 ฅ^>ω<^ฅ しかし、猫に唐揚げはNGです。

 当然、猫にとっては「塩分も油分も多すぎ」

 という事もありますが、基本的に人間用の

 食べ物は与えない方が猫のためです。


 ฅ( ̳• ·̫ • ̳ฅ)و "フリフリ 一先ひとまず、これで猫森くん

 の災難……いえ、間違いました。

 『猫森くんのネコ助け』は終わりとなります。

 この後はコラムとエピローグがありますので、

 よろしければ、お付き合いください。

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