エピローグ

第55話 ネコ助けな日々は続く(1)


(もうすぐ一年になるのか……)


 探偵事務所へ戻り、起動させたノートPCで報告書を(何故なぜ夕陽ゆうひの分も)作成しながら、俺はそんな事を考えていた。


 これまでに多くの事件を解決してきたが、すべての人を助けられたワケではない。

 綺華あやかの事件についてもそうだ。


 家の『守り神』――いや『守り猫』として家にいていた八月朔日ほずみも、綺華の無事を確認した後、消えてしまった。


 最後の力をしぼったのか、思い残すことがなくなったのかは分からない。

 だが、あれ以来、丸い茶トラ猫の姿を見る事はなかった。


 幽霊がいつまでも、この世に存在していることは好ましくない。良いことなのだろうが、今となっては「綺華と会話くらいさせてやれば良かった」そんな風に思う。


(それが本来やるべき、俺の【呪い】の使い方ではないだろうか?)


 2人(1人と1匹)にとって、もっといい結末があったハズだ。

 報告書を保存し、感傷にひたる俺に対して、


「カレー、美味おいしかったですね♪」


 と綺華。俺が手を止めるのを待って、そばで待機していたらしい。

 早速、雰囲気をぶち壊しにくる。


 スパイスカレーを食べたいと言っていたので、最初は女性でも入りやすい店を検索した。夕陽もいるので、渋谷にある店にでも連れて行くつもりだったのだが、


「本格的なお店がいいです!」


 というので、知り合いのネパール人の営むインドカレー店へと連れて行くことにした。勿論もちろん、俺に国際コミュニケーション力はない。


 当然、探偵の仕事で知り合った知人である。

 なにやら日本贔屓びいきらしく、骨董品こっとうひんを集めるのが趣味だった。


 その集めた骨董品のひとつに怨霊が取りいていたようだ。


(まさか、鎧武者になったネパール人と戦うことになるとは……)


 人生とは、なにが起こるのか分からないモノである。

 またインドカレーの店といっても、家庭料理が中心の店だ。


 綺華が頼んだのはチキンダルバートセットだ。

 なので、厳密げんみつにはカレーではないのだが――


(ネパールカレーとも呼ばれているので、よしとするか……)


 豆のスープで健康や美容に効果が期待できるスパイスも多く使われている。

 油も控えめなためヘルシーだ。


 また、俺が追加で頼んだセクワも気に入っていたようだ。

 羊肉マトンを調味液に漬け込み、串に刺して炭火で焼いた料理である。


 外はカリカリ、中はふっくらでジューシー、一般的には鶏肉が定番らしい。

 ネパール料理では有名なようで、テイクアウトもやっているそうだ。


 ちなみにネパールで主に食べられているのは山羊やぎ、水牛、鶏の3種類である。

 ヒンドゥー教では、牛は神様の乗り物で崇拝すうはいされている――


(学校では、そう習ったのだが……)


 どうやら水牛は食用として一般的に普及しているようだ。

 乳白色の瘤牛コブウシのみが神聖視されているらしい。


 それとは逆に、宗教的な理由から――肉や魚をまったく食べない――ベジタリアンも多く存在している。


 店のメニューにはキネマ(ネパール風の納豆)やグンドゥルック(発酵させた青菜を乾燥させたモノ)などもあった。


 都内ではゼロ年代頃から「こういったインド料理店が目立つようになった」と記憶している。インドのIT産業が急成長した時期と重なっているらしい。


 IT企業がインドから日本へ進出し、インド人のIT技術者が増えたことで、ネパール人のコックも増えたのだろう。


(確か、江戸川区の西葛西にしかさいがインド人集住地になっていったような……)


 二〇〇〇年問題対処のために呼ばれたインド人のIT技術者たち。そんな彼らは官公庁や大手企業への通勤に便利な地下鉄東西線の西葛西駅近辺に住みはじめた。


 それが理由のひとつだ――と聞いている。

 そして『聖域なき構造改革』とやらの後押しがあった。


 規制が緩和されたのだ。

 結果、外国人でも会社を設立しやすくなる。


 それまでは外国人が日本で法人を作って『投資・経営』ビザを取得するには「2人以上の常勤職員」(実質、日本人2名)が必要だった。


 当然、外国人が日本人をやとうのは色々とハードルが高い。しかし、緩和された今では五百万円以上の出資があれば会社を設立できるそうだ。


 ネパール人は「この制度を上手うまく利用しよう!」と考えたのだろう。

 小規模なビジネスの経営者になった方がいい――と判断したようだ。


 当時はインテリ層や日本人と結婚したことで、日本の社会インフラを活用できる人々が中心だったらしい。


 加えて、インド人は男性が稼いで女性をやしなうのに対し、ネパール人は「家族全員で働くのが当たり前」という価値観のようだ。


 1人で百万円を用意すればいい!――と割り切れば「5人いれば何とかなる」と考えることで、飲食店になったのだろう。


 また都市部の出身で、しっかりと教育も受けていた。日本に強い関心を持っており、観光や婚姻を通した日本人と強いつながりを持っていたようだ。


 親日である彼らに協力する日本人もいただろう。くして、ネパール人のコックたちが在留資格を取得し、独立起業する動きが広がった。


 結果「大量のカレー屋が生み出された」というワケだ。

 対して今は、国外での出稼ぎがネパール人の『主要産業』となっている。


 地方出身で教育の機会に恵まれなかった人も多いため、各地で問題も起きているようだ。ネパール人を搾取さくしゅするネパール人というのも、いるらしい。


 俺が連れて行ったのは店の主人は初期のタイプだ。

 日本文化に興味があって居付いた。


 だが、最近はビジネスモデルを模倣コピーされてしまったので「困っている」と言う。

 お店は綺華の希望通り「本格的なお店」だったワケだが――


(その内、ネパール人コックの怨霊と戦う日が来るかもしれないな……)


 カレー対決をすればいいのだろうか?

 俺は、そんなバカなことを考える。




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 🍛ฅ^ơωơ^ฅ🍛 インド人もビックリ!

 カレー店が多い理由はネパールが

 「出稼ぎ国家」だったからのようです。


 (ฅ>ω<)ฅ(ฅ>ω<)ฅ(ฅ>ω<)ฅ

 ナ、ナンだってー!?(カレーだけに)

 まあ、日本も他所様のことは言えません。

 ニンジャやサムライの格好で出稼ぎです!

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