第52話 ニワトリ(1)


「おおっ! 猫森殿、来てくださいましたか!」


 と八月朔日ほずみは話し掛けてくるが、いつもより声が小さい気がする。

 まあ、会話は出来るので問題ないだろう。


 俺はベンチに腰掛けている綺華の頬を軽く叩いた。

 しかし、反応はない。やはり、気を失っているようだ。


 思った以上に【呪い】の浸食が早い。

 タクシーも待たせているので、急いで事務所へ連れて行った方がいいだろう。


 俺が綺華を背負おうと背中を向けると、


「待ってくだされ」


 と八月朔日。俺はかがんだまま動きを止める。


「【呪い】は綺華殿の胸を中心に広がっております」


 れるのは危険ですぞ――と言って、人魂は俺の周りを回った。つまり、このまま背負うと「俺の背中が黒曜石病の餌食えじきになる」という事のようだ。


 確か、触れるだけで「切り裂かれるような痛みを負う」とは聞いている。

 俺は立ち上がると、綺華を抱きかかえて運ぶことにした。


 彼女の背中へと右手を回し、ひざの裏へ左手を入れる。

 そして、いきおいよく持ち上げた。


かるっ!」


 思わず、おどろいて声を上げてしまう。事務所で受けた説明では、黒曜石の破片となって「大事なモノがくずれ落ちる」とは聞いていた。


 体重も軽くなる――という話だったが、ここまで減るモノだろうか? 運ぶには都合がいいのだが「これが命の重さだ」と考えた場合、俺は恐怖を覚える。


 チャットでは楽しそうにメッセージのり取りをしていた綺華が、その間も彼女は恐怖と戦っていたのだろう。


「絶対に助けるからな」


 俺はがらにもなく、普段なら言わないであろう台詞セリフいた。すると、


「誰?」


 と綺華。気が付いたようだ。しかし、目は開いていない。

 まだ、意識は朦朧もうろうとしているのだろう。


 そんな状態の中、焦点が合っていないと思われる視線を俺の方へと向けた。

 見えていたとしても、ぼやけていそうだ。俺が、


「モリネコです」


 と答えると彼女はつぶやくように「そう」と答え、再び意識を失くした。


「猫森殿、どうか慎重に」


 と八月朔日。衝撃を与えると「彼女の身体からだが崩れ落ちる」と心配したのだろう。実際、俺が綺華を持ち上げた時も、パラパラと黒い石の欠片が落ちた。


「ああ、そうだな」


 俺は慎重に――なるべく綺華を揺らさないよう気を付けて――だが、急いで公園の入り口に停めてあるタクシーへと向かった。


 タクシーの運転手には「家出少女を保護した」と説明する。

 移動する間も、俺は綺華を抱えたまま、衝撃しょうげきから守る。


 事務所へ着くと、白鷺しらさぎ女史が外に出て待っていてくれた。

 俺は会計を済ませ、タクシーを降りる。


 タクシーへ落としてしまった黒曜石の破片は、八月朔日が浄化してくれたようだ。

 運転手へは「助かりました」という礼と「汚してしまったかもしれません」というむねを伝えた。


「掃除しておくので大丈夫ですよ」


 と運転手。「人助けをした」と思っているのだろう。

 その表情は明るかった。


「こっちよ」


 と白鷺女史。特に説明を求めることはなく、綺華を抱きかかえた俺を誘導する。

 事務所へと戻った俺たちに対して「大変だ」と所長。


 普段の様子からは想像できないフットワークの軽さで、準備して会議室へと俺たちを案内してくれた。


 その間、視線が何度なんどか、八月朔日へと向けられる。

 どうやら、所長には見えているようだ。


 俺は綺華を会議室の机の上に寝かせると上着を脱いで、彼女の枕替わりにする。


「所長は出ていってください」


 と白鷺女史。「えっ、そんな~」と言っている所長を会議室から追い出す。

 【呪い】を解除するのではないのか?


(どうして、所長に手伝ってもらわないのだろう……)


 そんなことを考えていると、彼女はやにわに綺華の服を脱がせた。

 正確には「衣服のボタンを外し、胸をはだけさせた」といった状況だ。


 緊急事態とはいえ、裸を見られるのは嫌だろう。


(だから、所長を追い出したのか……)


 俺は納得すると同時に「いや、俺はいいのかよっ!」とツッコミたくなる。

 だが、真っ黒に変色した綺華の身体を見て、そういう事を言っていられる状況ではなくなった。


むしろ、俺が悲鳴を上げて逃げ出したい……)


 白鷺女史も、ここまで【呪い】の浸食が進んでいるとは思っていなかったらしい。

 一瞬だが目をそむける。


「もしかして、あの者が解呪するつもりですかな?」


 と八月朔日。状況からいって、そうなるだろう。

 俺は解呪の方法など知らない。


「あの者には無理ですぞ」


 俺はなにも言っていないのだが、八月朔日はそう判断したようだ。

 白鷺女史が右手にめた黒い手袋は【呪具】だろうか?


 どうやら直接、触れるつもりらしい。ハッキリ言って自殺行為である。


「俺がやります」


 と言って白鷺女史の右手をつかんだ。俺自身、何故なぜそのような行動をとったのかは分からないが、最善だと確信している自分がいた。


 いつもだったら止められたのだろう。

 だが、白鷺女史自身も「無理だ」とは思っていたようだ。


「ええ、お願いね」


 そう言って、あっさりと引いてしまった。

 ここは止めて欲しかった場面なんだが――


(仕方がない……)


 白鷺女史の代わりに、俺は前へと出る。

 死んだように眠る綺華を観察した後、八月朔日を見た。


勿論もちろん、力を貸しますぞ!」


 人間臭い八月朔日のことだ。体があれば、自分の胸でもポンと叩いたのだろう。




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 ฅ(๑*д*๑)ฅ!! まだまだ、油断ならない

 状況です。タクシーの運ちゃん、安全運転

 でお願いします。


 ฅ( ᵕ ω ᵕ ) 所長には出て行ってもらい

 ました。やはり、最後は猫森くんが

 何とかするしかありません。

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