第17話 出て来いやーっ!(2)


 ジリジリと照り付ける太陽。青い空には白く大きな雲が浮かんでいた。

 この時期の雲は、横に広がる『層状そうじょううん』と上へ向かう『対流たいりゅううん』に分けられる。


 入道雲や積乱雲は危険だが、今はその心配もなさそうだ。

 風が無いのは少し気になるが――


(特に不審な点はないか……)


 湿度が高いため、汗が乾かず不快だが、霊が出現する際に感じる『特有のからみつくような空気』ではない。いや、それよりも――


(今は俺の方が不審者かもな……)


 踏切の中央に立って周囲の様子を注意深くうかがい、頭の上には猫を乗せている。

 その姿はさぞ間抜けに見えることだろう。


 このまま、ここに立っていてもなにも起こりそうにない――俺はそう判断する。

 やはり、怨霊おんりょうは夕方にならないと出てこないようだ。


 電車も来るため、いつまでも踏切の中央で突っ立っているワケにもいかない。

 一度『呪い屋』たちのもとまで戻ろうと思い、茶々ちゃちゃに声を掛けようとした時だった。


「ミャーオ!」(そこね!)


 茶々は一声鳴いて、俺の頭から飛び降りる。

 流石さすがは猫といった所か、綺麗きれいな着地だ。


 同時になにもない場所へ向かって「シャーッ!」と威嚇いかくをする。

 本来、猫は臆病おくびょうな生き物なので、好戦的な態度たいどを取るのは珍しい。


 どうやら、そこに怨霊おんりょうがいるようだ。

 俺には見えないが、探す手間がはぶけた。


「ミャーッ!」(おんどりゃー!)


 と飛び掛かる茶々。

 先程から、ちょくちょく使う河内かわち弁が気になるのだが――


(いったい、何処どこで覚えたのやら……)


 気合が入るのだろうか?

 茶々は線路の上で、なにもない空中へ向かって、何度なんども飛び掛かる。


 一方で攻撃されることにはれていないらしい。怨霊とおぼしき白い光が――フヨフヨとただよいながら逃げている様が――俺の目にも見えた。


 うらみやねたみなど、悪さをする霊特有の情念のようなモノは感じられない。

 情報通り、夕暮れの時間帯でなければ、力を発揮できないようだ。


 三毛猫が虚空こくうへ向かって何度なんども飛びねる様は、動画で配信すると再生回数をかせぐことが出来そうだが――


(今はどころじゃないか……)


 俺は白く光る霊の動きを読んで、先回りする。茶々が執拗しつように攻めるため、標的にされている霊は、こちらの動きにまで気が回らないらしい。


 飛び掛かる茶々に対し、怨霊は攻撃をけようと動く。

 その動作は単調なようだ。


 なので、俺はタイミングを合わせるだけでいい。

 怨霊が避けるであろう場所に右手を伸ばす。


 バスケやサッカーでいう、インターセプトの要領だ。

 読み通り、簡単に捕まえることが出来た。


 霊なので「冷たいのか」と思ったが、そういうワケではないようだ。

 実体化はしていないので、重さも弾力もなく、空気のかたまりに近い感じがする。


 いや、本来なら、そもそも触れることは出来ない。「手でつかんでいる」と表現したが、実際は「俺の【呪い】で捕まえている」と説明した方が正しい。


 また、捕まえた霊の姿を凝視ぎょうしすると「真っ白な子供の手」といった形状をしていた。自転車のハンドルをにぎるのは得意でも、自分が握られるのは苦手らしい。


 俺の手から必死(?)に逃げようとしているようだが、抵抗する力は弱かった。

 大方おおかた「一人はさびしいから仲間が欲しい」というのが理由だろう。


 仲間になってくれる存在を探して彷徨さまよい出てきた――と考えるのが妥当である。

 生前の自分と同じ位の年齢の子供を探し、向こう側へ連れて行こうとした。


(そんな所か……)


 『海や川でおぼれた』『誰にも見付けてもらえず息絶えた』『交通事故で亡くなった』など、この手の子供の霊が起こす霊障れいしょうとしては良くある部類だ。


 被害が出ている以上、このままにぎつぶしてもいいのだが、それをすると『呪い屋』に文句を言われそうだ。怨霊は彼女にとっての『商品』である。


 一方、俺の足許あしもとでは、まだ興奮こうふん状態が続いているのか、茶々が「フーッ、フーッ」と息を荒くしていた。


 取りえず、これでハゲにされることはなさそうだ。

 俺が「戻るぞ」と言おうとした時だった。


 突如とつじょとして、背後に――暗くて重たい――陰湿な気配を感じる。

 からみつくような憎悪の感覚。


 間違いなく、俺の右肩の辺りに別の霊が居る。

 予想していなかったとはいえ、おどろいてしまった。


 一瞬、固まってしまったが、ここは落ち着くべきだろう。右手でつかんだ子供の霊を視界へ入れたまま、俺はゆっくりと振り向くように身体からだを動かす。


 だが、90度も動く必要はなかった。丁度、俺の顔の位置。

 その真横にあったのは、真っ白な怨霊の顔だ。


 性別はハッキリしないが、目と鼻、口の位置にくぼみがある。

 実際に存在する人間の顔というよりも「美術の時間に粘土ねんどで作った失敗作」と言った方が伝わるかもしれない。


 周囲の空気は黒くよどんでいるのに、っすらとだが、そこだけ白くなっている。

 俺が子供の霊をつかんでいる右手を動かすと、顔だけの霊も反応した。


 同時に右手へ違和感を覚える。

 いつの間にか、俺の右手には長い髪の毛の束が巻き付いていた。


(子供の霊を取り戻そうとしているのか……)




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 👻(*ฅ•̀ω•́ฅ*)ニャー 茶々の活躍により、

 霊を捕まえることは出来ましたが、

 別の霊が出てきてしまいました。👻

 もうひと踏ん張り、必要なようです。

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