023.あなたのために死んだのに

 幼馴染のミツルから電話がかかってきた。昔はよく遊んだが、大学を卒業後に就職した俺とは違って、定職にもつかずフラフラとしているミツルとは、自然と距離が出来てしまっていた。

 だから、電話をするのももう数年ぶりのことだった。


『もしもし、リョウタ?』

『おう、久しぶり』

『久しぶり。で、いきなりで悪いんだけどさ、ちょっと聞いてくれる?』

『なんだよ?』

『いや、送り主不明の荷物が俺宛に届いたんだけどさ、中身がビデオテープなんだよね。お前の実家にデッキあったよな?』

『あるけど……』

『このまま捨てるのも気持ち悪くて……。一応再生して内容確認してから捨てたいなって』

『ええ……うん、まあ、わかった』

『明日の夜、良いか?』

『明日? 明日は休みだし、別に、良いけど……』

『じゃあ8時頃行くわ! 久しぶりだし飲もうぜ!』


 翌日。約束の時間にミツルはやって来た。夕食は済んでいたのだが、俺の両親も交えて何だか正月のような雰囲気の飲み会が始まってしまった。俺が実家に帰るのも半年ぶりだったが、両親がミツルに会うのはもう十数年ぶりだったのだから仕方ない。結局、ビデオを観ようとなったのは両親が寝たあと、夜中になってしまった。


「で、これなんだけどさ」

 ミツルはバッグから剥き出しのビデオテープを取り出した。

「……え、何これ、気持ち悪ぃ……」

 テープのラベルには手書きで『あなたのために死んだのに』と記されていた。

「だろ? だからさ、ちょっとこのまま捨てられなくて……」

「うわ……ちょっと、悪趣味だな……」

「悪いけどさ、付き合ってくれよ」

 不気味で嫌だったが、正直なところ好奇心もあり、俺は渋々の体で了承した。


 デッキにテープを入れる。ガチャン、という音を立てて、テープがデッキの中に飲み込まれていく。映像は静かに始まった。


 粗い映像は、薄暗い部屋の中、ひとり椅子に座る若い女性の姿を映していた。


『あなたのために死んだのに』


 女性は押し殺した声で言った。


『あなたのために死んだのに』


 ホワイトノイズと断続的なビープ音に負けないくらいの大きさで、女性はゆっくりと噛みしめるように繰り返す。


『あなたのために死んだのに』

『あなたのために死んだのに』

『あなたのために死んだのに』


 声が、まるで何かエフェクトをかけたように歪んでいく。


『あなたのために死んだのに』

『かいがない』

『あなたのために死んだのに』

『わたし』

『あなたのために』

『かいがない』

『かいが』

『わたし』

『あなたのために』

『わたし』

『わたし』


『あなたのために死んだのに』


 そこで映像は、プツンと途切れた。


 デッキからテープを取り出そうとすると、どうやら中で切れてしまっているようだった。

「なあ、これ──」どうする、とミツルに言いかけて俺は息を呑んだ。ミツルは真っ青な顔で震えていた。

「……大丈夫か?」

「母ちゃんだ」

「え?」

「このひと、俺の母ちゃんだ」

 ミツルの母親は、彼の出産の際に命を落としている。

「このひと、俺の母ちゃんだ……」


 その後、ミツルは生活を改め、定職にもついた。

『俺、昨日彼女にプロポーズしたんだ』

 そう連絡してきた彼の声は本当に幸せそうだった。


 ビデオテープの話は、あれから一度もしていない。


 そして、彼があのテープをどうしたのか、俺は聞いていない。

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