第三章 断罪パーティー
第17話 港街デート
海に面するオルトキア王国は、諸外国との交易が盛んな国だ。
魔物の毛皮を輸出したり、東方から仕入れた珍しい器を近隣諸国に売ったりして、国の経済は潤っている――らしい。
これらは全て、クレイユが教えてくれたことだ。
というのも、モントレイ辺境伯領は王都と正反対に位置するので、ローリエは遠く離れた王都のことをよく知らない。
ローリエの情報源といえば、姉が読まずに捨てた本や、レムカの町に出た際に聞く噂話くらいだ。
まともな教育は受けさせてもらえなかったので、少々常識に欠けているところがある。
初恋の人の身代わりとはいえ、このままでは、クレイユに恥をかかせてしまう。
ローリエの『やりたいこと』に、『勉強』が加わった。
何もすることがないと思っていたのに、なかなか忙しくなりそうだ。
(王都が海の側にあることは知っていたけど、海というのはこんなにも広大なのね)
ローリエは崖の上から、青い空と水の境界を見つめて感嘆の息を漏らす。
崖といっても、木の手すりや石畳みがきちんと整備されており、こうして人々が立ち止まって、景色を眺める場所のようだ。
他にもちらほら、海沿いを散歩をする男女の姿があった。
遠くには海原をゆったり進む船が見える。水面は太陽の光に煌めき、澄んだ青色が白い砂浜に映える。
目を閉じて、ザーーーッと押しては引き、押しては引き、を繰り返す波の音を聴いてみるなどした。
初めての海を十分堪能したところで、隣に立っていたクレイユが微笑みかける。
「どう? 気に入った?」
優しく目を細める彼に、ローリエは微笑み返す。
「はい。何もかもが新鮮です」
「それは良かった。この前は王城にしか立ち寄らなかったから、今日は街を案内したいと思って」
クレイユはそう言いながら、ローリエの手をとって口づける。
「というのは建前で、本当は二人で出掛けたかっただけなんだ」
「……嬉しいです」
美しい碧の目に見つめられたローリエは、自然とそう呟いていた。
「嬉しい? 本当?」
「は、はい。でも忘れてください。私なんかがそんなことを思うなんて、身の程知らずだと思うので」
自分は何て偉そうなことを言ったのだろう、と慌てるローリエだったが、クレイユはうっすら頰を染め、熱っぽい顔をしている。
「どうしよう。今すぐ抱き締めたい」
そう言われた瞬間、ローリエの顔はクレイユよりも赤く染まった。
この懇願するような、甘ったるい表情をひと目見たら、誰もが心奪われるだろう。
顔から湯気が出るのではないかと思いながら、ローリエはなんとか「人前ですので」と断りを入れる。
「誰も見てなかったらいいってことかな?」
「ええっと、それは……」
もしや、魔法でどうにかしようとしているのではないか。
そう直感したローリエは、慌てて話を逸らす。
「クレイユ様。私が貴方の初恋の人ではなかったとしたら、どうしますか」
「僕は君がそうだと確信を持っているけど、そうだね。たとえ君が初恋の人でなくとも、今こうして二人で過ごした時間はなかったことにならないよ」
クレイユは柔らかい表情で、けれど真剣な口調でローリエに告げた。
「今の僕は、目の前にいる君を愛してる」
海から吹く強い風が、ざぁっと二人の間を抜けていく。
(クレイユ様は、私が記憶を失っていると思ってるみたいだけど、どうなんだろう……)
そうだったら良いのにと思ってしまう。
しかし、もし仮に、彼の言うことが本当だとしたら――。ローリエはどうして記憶を失ってしまったのだろう。
無意識に俯いてしまったローリエに、クレイユは笑顔のまま、そっと手を差し伸べた。
「折角王都に来たんだから、買い物に行こう。レムカの町にはないような店もたくさんあるよ」
ꕥ‥ꕥ‥ꕥ
「うん。すごくいいね。どれも似合うけど、これが一番だ」
下町での買い物しか知らないローリエは、高級そうなブティックで次から次へとドレスを着せられ、困惑していた。
クレイユが一番気に入ったドレスを買うのかと思いきや、試着したものは全てお買い上げ。
それから、オーダーメイドのドレスまで数着注文し、ローリエは眩暈がしそうになる。
(そんなにたくさんドレスを買ってどうするんですか!?)
そう尋ねたかったが、クレイユは「これほど買い物を楽しいと思ったことはない」と嬉しそうにしていたので、ローリエは何も言えなかった。
それから、レムカの街とは比べものにならないくらいお洒落で、綺麗に整備された街を歩き、ローリエは恐らく――生まれて初めて果物が載ったクリームケーキを食べた。
(大道芸というのを見るのも初めて。さっき立ち寄った魔道具の店もすごく面白かった)
ローリエの目には何もかもが新鮮に映って楽しい。
けれども、こんなにいい思いをさせてもらえることが少しだけ恐縮だ。
そんな風に感じながら、クレイユの腕につかまって歩いていたローリエは、ふと、とあるショーウィンドウに目が止まる。
そこは宝石店のようだった。色とりどりの宝石が、日の光を受けてキラキラ輝いている。
中でもローリエが気になったのは、青い宝石が埋め込まれた銀細工の耳飾りだった。
(わぁ、綺麗……。クレイユ様の碧い目みたい……)
クレイユの目には物欲しそうにしているように見えたのだろうか。
「何か気になる物があった? 中に入ってみようか」
そう言って彼が宝石店の扉に手をかけた、その時だった。
「クレイユ」
背後から、誰かがクレイユを呼び止める。
「素性の知れない女を連れて、街歩きとは。随分と浮かれているようだな」
振り返ると、ローブを纏った男が立っていた。彼の側には護衛が四人もついており、後ろには黒塗りの馬車が停まっている。
明らかに高貴な身の上と分かるその男は、眉間に皺を寄せ、ひどく不機嫌そうだ。
しかし、クレイユはそんなことを気にも留めずに、飄々と返事をする。
「こんなところで出くわすなんて、兄上も随分お暇なんですね」
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