1-3.

「はじめまして。今日はよろしくお願いします」


「えっとユカちゃん、今日はよろしくね」


 小柄で可愛らしい子だったけど、すれたような雰囲気がどこか年齢を感じさせる子だった。


「お仕事帰りですか?」


「そう、今日も残業してさ、やんなっちゃうよね」


 シャワーを浴びるため、服を脱ぎながら適当な会話を繋げる。


「大変ですね、お疲れ様です」


「俺はここに楽しみに来てるけど、ユカちゃんはこれが仕事だもんね。やっぱ大変でしょ?」


「そんなことないですよ。いいお客さんも多いですし、ここでちょっとでも元気になってくれたら嬉しいですし」


「わ~、ユカちゃんはいい子だなぁ。けど、全然、俺には愚痴とか言っていいからね」


「あはは、ありがとうございます。優しいんですね」


 人肌くらいのぬるいシャワーを浴びながら、手早く身体を洗ってくれた。


「ユカちゃんはこの仕事、長いの? あ、嫌だったら答えなくてもいいんだけど。なんだか慣れてるなぁと思って」


「そんなに長くはないですけど、慣れてきた頃かもですね」


「そうなんだ。仕事ってさ、慣れてきた頃が一番やばいよね。油断っていうか、でかいミスしたりしてさ」


「そういうの怖いですよね」


「怖いよなー。まあ、俺はそれはないんだけどさ」


「すごいですね。お仕事できる人なんだぁ」


「そこまででもないけど、縁の下の力持ちっていうの? ああいう感じかな、俺は。周りを引っ張っていくっていうより、陰で頑張るみたいなさ」


「かっこいいですね~」


「やっぱ人には適材適所があるからね、俺もその歯車のひとつってわけ」


「私も頑張ります」


「あ、誰かのコピーじゃだめだよ。最初は真似でもいいかもしれないけど、やっぱ自分らしさって出していかなくちゃいけないしさ」


 歯磨きをして、口をゆすいだ。スーパーミントの痛いくらいの清涼感を感じながら、見るともなく彼女を見た。


「というか男は年食ってもどうにでもなるけどさ、女の子って若い内が華だよな」


「えー、なんですか急に」


「や、別にユカちゃんにそう思ってるってわけじゃないんだけど、ふと思ったわけ。ちやほやされるのなんて一瞬だけって世界に、女の子って生きてるよなぁって」


「もう、難しい話はいいじゃないですか。こっちに集中してくださいよ」


 導かれたベッドの上で優しい唇が、俺の唇に重なった。


「お仕事のコトや、難しいコトは忘れてください」


 ちゅっちゅっとリップ音を立てながら、彼女の顔はゆっくり下がっていった。


 何故か妙に白けた頭で、それとは裏腹の俺を掴む彼女を眺めていた。



―――――



「ありがとうございました。また来てくださいね」


 送り出された外は、入ってきた時とそれほど変わらない夜だった。気怠い有象無象を、昼間のように明るいギラついた光がまざまざと照らしている。


 悪くはなかった。が、最近はルーティーン化してきて、マンネリを感じる。一人の女をずっと抱いてるわけじゃないのに、毎回別の女のはずなのに、全員同じに見えてきた。


 物足りない。遊び足りない。もっと刺激が欲しい。が、財布は寂しい。


 こういう時、有馬や佐野の顔が浮かぶ。あいつらみたいに昇進していれば。あいつらみたいにそこそこの女と結婚していれば。あいつらみたいに家庭を持っていれば。そうすれば、今みたいな虚無感を味わうこともなかったんだろうか。


 同期なのに。俺の方が仕事ができたはずなのに。


 あっちが普通で、幸せな人生設計。


 じゃあ俺の人生は……?


「はぁ~……」


 わざと大きな溜め息を吐いた。何を馬鹿なことを考えているんだ。そんなことを考えたって今更どうしようもないじゃないか。何を間違ったかなんて、何を選ばなかったかなんて、そんなことは無意味だ。


 ふと視線を上げると、そこは公園の一角で女の子がずらりと等間隔で並んでいた。まるでフィギュアの陳列棚だ。若いのも年増も、貧乳も巨乳も、ショートカットもロングも、けばけばしいのもおとなしそうなのも、なんでも揃ってた。


「ああ、ここがあの公園か」


 足を止めてよく見ると、男達が彼女たちのことを舐めるように見ている。彼女たちの前を何度もうろつきながら物色している。男達の年齢や背格好、金持ちかそうじゃないか、そういうことも彼女達に劣らずバラエティ豊かだった。


 物色が終わると声をかけて一言二言会話して、腕を組んで去って行く。そしてその女の子が抜けたところには、また別の女の子が立つ。そして同じ光景が延々と続けられていく。


「可愛いね」


「じゃあ行こうか」


「もうちょっとだけ」


 彼女達が良く見える場所で煙草を吸っていると、欲望にまみれた言葉の数々がいやというほど聞こえてきた。甘ったるい声、ヒステリックに叫ぶ声、怠さを隠そうともしない声、キンキンと耳障りな声、大袈裟な大道芸人のような芝居がかった声。


 そういう雑踏の中に居ると自分は真っ当な人間であるという感覚が、歪んで薄れていく。だいたい仕事のできなかった同期に抜かされた俺が真っ当な人間か? 今更そんなところにしがみついていてなんになる?


 一抹の常識を手放すのになんの抵抗もない程、淀んで饐えた煌びやかな夜だ。


「ねえ、行ける?」


 俺は手近の女の子に声をかけた。ツインテールにした長い黒髪はところどころ艶がなく、等身大の人形のような質感だった。


 毎回別の女でも同じ女に見えてくるのは、きっとそういう枠組みが俺を捉えているから。どうせ気持ちよくなるなら若い方がいい。ルールのない無法地帯で、金を出す側がルールなら……。


「いいよ」


 俺より頭一個半も低い彼女は、まだ幼さの残る声でハッキリと言った。


 有馬や佐野、小沢や高木には、きっとこんな遊び方ができるはずない。楽しいことも気持ちいいことも頭打ちで、飼い慣らされた会社の一員ではきっとできるはずがない。


 酒の席ぐらいなら話してやろうか。


 華やかで賑やかでまがいものの夜の中、有象無象のひとつとなって俺はホテルを目指した。

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