紫の呪石に誓う

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紫の呪石に誓う

 放課後。

 学校の廊下は人影もなく静まり返っていた。

 夕方の柔らかな日差しが窓から差し込んでいるものの、廊下の隅々には薄暗い影が漂い、静けさが広がっている。遠くからは運動部の活動の音が微かに聞こえるが、その響きはこの場所まで届かず、ただ沈黙が支配していた。

 それは特別教室のある別館。理科準備室にまで及んでいた。

 部屋の中は薄暗く、化学薬品の微かな匂いが漂っていた。壁際には、高い棚が幾つも立ち並び、ガラス瓶や薬品の入った試薬瓶が整然と並べられている。

 そんな理科準備室に、二つの人影があった。

 一人は、セーラー服の女子生徒だ。

 日差しが強くなった気がする。

 そう感じてしまうものが、少女にはあった。

 見ているだけで明るく元気な気分になるような気がするのは、少女の持つ豪快な情緒からであった。

 ポニーテールの髪をオレンジのリボンで結い、頬にかかる左の後れ毛を長めに、右の後れ毛を少し短めにすることで、アンバランスに見せる髪型をしている。

 健康的な肌の色をした腕や脚は細く引き締まり、スレンダーでありながらメリハリがあった。身長は高くはないが、スタイルの良いモデル体型の少女だ。

 名前を葛原くずはら加代かよと言った。

 もう一人は、若い男性教師だ。

 メガネをかけた、スーツ姿の男性だった。

 髪はきちんと整えられており、理知的な雰囲気を漂わせていた。

 年齢は20代後半くらい。真面目そうな印象だが、同時に優しそうな雰囲気も感じさせた。

 名前を海藤かいどう智久ともひさといった。

 彼は、この中学校に勤務する理科の教師兼・生徒指導員でもあった。

 加代はパイプ椅子に深く腰掛け、挑発的に脚を組んでいた。

 校則で定められているスカートの丈を意図的に短くしていたため、白く滑らかな太ももがあらわになっていた。その太ももは、柔らかな曲線を描き、まるで絹のような肌が艶やかに輝いている。彼女が少しでも動けばスカートの端が揺れ、下着が見えてしまいそうだ。

 机の向かい側に座っていた智久は、疲れたように鼻から息を抜いた。

 そして、手元の書類に目を落とすと、ゆっくりとした口調で話しかけた。

「葛原。中学生なのに化粧をするのはどうかと思うぞ」

 すると、加代は机に頬杖つく。

 不満そうに頬を膨らませると、口を尖らせて反論を始める。

「海藤先生、ファッション誌を見たことある? メイクくらい小学生でもすんのよ」

 加代は、さも当然という表情でそう言った。

 確かに、彼女の言う通りである。

 だが、それはナチュラルメイクといったものであり、加代がしているような派手な化粧とは違う。今の彼女は、娼婦のように色気を強調し、男を誘惑するものになっている。

 口元に引かれた紅は、深紅の絹のように艶やかで、その蠱惑的な輝きは彼女の美しさを一層際立たせていた。その紅い唇が微かに動くたびに、見る者の視線を強引に引きつけ、心を奪うような魅力を放っていた。まるで甘い毒を含んだようなその色は、触れれば危険だと分かっていながらも、どうしても目を離せない。

 さらに、アイラインで強調された大きな瞳は、黒曜石のように深く澄んでおり、見る者の心を鋭く鷲掴みにする力を持っていた。彼女のまつげは長く、まるで羽ばたく蝶のように優雅に動き、その瞳の魅力を一層引き立てていた。

 その視線が一瞬こちらに向けられると、まるで魂を覗かれるような錯覚に陥り、全身が震えるほどの衝撃を覚える。

 加代は中学生であるにも関わらず、大人の女性以上の魅惑を誇っていたのだ。

 智久は自分の股間が無意識に反応する。

 放課後の人気のない別館の一室に二人きりであり、しかも相手は教え子なのだから背徳的であった。

 自身の中に生じる黒い欲望は、無視できないほどに大きくなっていくのが分かる。

(いかん……)

 智久は、それを悟られないよう、努めて冷静な態度で接する。

 だが、目の前の少女はそんなことなどお構いなしに悪戯っぽい笑みを浮かべながら、上目遣いでこちらを見上げてきた。

 無邪気な笑顔の中にも、どことなく大人びた妖艶さを感じさせる表情だ。それがまた可愛らしくもあり、小悪魔的な魅力を放っているのだった。

 まるで智久の反応を窺っているかのように、加代のじっと見つめてくる視線に耐えられず、彼は思わず顔を背けてしまったのは、自分の本当の顔を見られたくなかったからだ。

 智久の口元に、淫らさを備えたような笑みが浮かぶ。

 彼の脳裏に浮かぶ言葉はただ一つ──”征服欲”だ。目の前にいる少女を支配したいという思いが込み上げてきた。

 智久は椅子を立つと、無言で室内を歩き始める。

 窓の外を確かめ、人の姿を見えないことを確認すると、静かにカーテンを引く。

 カーテンレールを走る音が大きく感じた。

 窓から差し込む夕日の光が、部屋の一部を薄暗く照らし出していた。カーテンは半ば閉じられたことで、外の景色はぼんやりとしか見えなかった。その光が薬品棚のガラスに反射し、奇妙な影を壁に投げかけていた。

 それは智久の影であった。

 加代は微動だにしない。

 その様子を見て智久は、廊下側の扉を開けて人気が無いことを確認する。

 再び扉を閉める。

 加代の背後で、金属が噛み合う音がした。

 鍵がかかる音は異様に響くように思えたのは気のせいだろうか。智久は加代の反応を確かめる為に、ゆっくりと振り返るが加代は何の反応も見せなかった。

(なるほど、そういうことか……)

 智久は心の中でほくそ笑む。

 どうやらこの子は全てを理解した上で行動しているようだと理解したのである。ならば遠慮する必要は無いだろうと判断した彼は、おもむろに歩みを進め加代のパーソナルスペースに侵入する。

 パーソナルスペースとは、他人に近づかれると不快に感じてしまう空間のこと。0cm〜45cmだと、身体的距離を許せるのは家族や恋人だけとなる。

 智久は、一歩ずつ確実に距離を縮めていくと、加代の背中側に立った。

 しかし、加代は表情を変えなかった。

 智久は見抜いた。

 加代に対し、ゆっくりと智久は右手を伸ばす。

 そして、その手が加代の右肩に触れた瞬間、彼女の肩が小さく震えたのが分かった。

 それでもなお抵抗する様子は無く、ただ今起きることに無反応でいた。

 智久の行動はエスカレートし、加代の左腕を取ると、その細さと柔らかさを堪能しながら、徐々に手首へと移動させていく。セーラー服の裾まで到達すると、そこに紫色の玉を繋いだブレスレットがあるのを見つけた。

 天然石らしく、一つ一つ色合いや模様が違うことから安物のような気がした。

 だが、その価値を知る由もない智久にとってはどうでも良いことだった。

「安物だね」

 智久は加代のブレスレットの玉を左手の人差し指と親指の先で、いじっていると繋いであると思われた一個があっけなく取れる。予期しなかったことに彼は驚くが、ブレスレットはバラバラにならない。

 なぜなら、玉には切り込みが入っており、ブレスレット用テグスに噛み込む構造になっていたからだ。どうしてこんな不都合な構造になっているのかと、智久は疑問に思ったが深くは考えなかった。

「ごめん。取れちゃったね。先生がもっと良いものを買ってあげるよ」

 智久は、加代に耳打ちする。

 欲望に歪んだ教師の顔は、その位置で加代の胸元を覗く。まだ未成熟な印象を受けるものの、しっかりと膨らんだ二つの膨みがある。襟元からは淡いピンクのブラジャーが見え、下半身を覆うショーツの色とデザインまでも想像できた。

 このまま襲うのもありだが、力ずくというのは智久の好みではなかった。どうせならお互い合意の上で楽しみたいというのが本音である。

 だが、加代はそれを否定した。

「臭い息を吐かないでくれる。気持ち悪いから」

 加代は肩越しに睨みつけた。

 そこには軽蔑の色が浮かんでいた。

 まるで汚らしいものでも見るかのような眼差しに、智久は予想外の出来事に驚く。

「なに!?」

 智久は狼狽した声を上げることしかできなかった。

(どうしてだ。さっきまであんなに従順だったのに……)

 智久の中で様々な考えが駆け巡ると共に、左手の指先で摘んでいた玉が熱くなるのを感知する。それはまるで高熱を発しているかのようだった。

 次の瞬間、石の玉は破裂した。

 爆発音と共に、周囲に鋭い破片が飛び散る。智久は反射的に右手で顔を覆い、顔面を守ることに成功した。

 しかし、その瞬間に走った閃光と爆音の余韻が彼の耳に響き続けていた。

 恐る恐る左手を見ると、彼の瞳孔は驚愕で大きく開き、全身が凍りついた。左手の人差し指と親指が根元から消え去り、肉と骨がむき出しになった断面から鮮血が噴き出していた。彼の目の前に広がる惨状に、脳が現実を理解するのを拒んでいるかのようだった。

「ウソだ……」

 と智久は小さく呟くが、その声はほとんど聞こえない。傷口からは血が次々と滴り落ち、床に赤い斑点を作りながら広がっていく。

 呼吸が浅くなり、全身に冷たい汗が滲み出す。

 次第に、痛みが彼の意識を貫くように襲ってきた。最初は鈍い痛みだったが、瞬く間に激痛に変わり、彼の全身を痙攣させた。声にならない叫びが喉の奥でくぐもり、ついには悲鳴となって吐き出された。

 だが、それは急停止させられる。

 加代が智久の顔面に拳による突きが入った。

 少林寺拳法は相手を激しく攻撃することで大ダメージを与えるのではなく、確実に《蜂の一刺し》で反撃して動きを封じることを目的としている。故に、加代は智久の鼻を正確に打ち抜き抵抗を奪い、気絶させなかった。

 智久は鼻血を滴らせながら、パイプ椅子の向きを変えて座る加代を見た。

 加代はスカートのポケットから、手帳を取り出すと広げて朗読するように感情もなく読み上げ始める。


 今日は、びっくりすることがあった。放課後、いつも通り帰ろうとしていたら、先生に声をかけられた。

 「少し話せる?」って、先生が言ってくれた時、心臓がバクバクして息ができなかった。

 「君のこと、前から気になってたんだ。年の差があるけど、もし君さえ良ければ、もっと話してみたい」

 正直、驚きすぎて何も言えなかった。

 でも、先生の優しい眼差しを見ているうちに、不安が少しずつ消えていった。先生と話しているうちに、どんどん楽しくなっていった。


 加代は手帳を捲った。


 今日は待ちに待った先生とのデートの日。

 朝から少し緊張していたけど、先生と会うとすぐにその不安は消えた。彼はいつも通りの優しい笑顔で私を迎えてくれた。

 二人の関係がバレないよう車で、遠くにドライブに行くことになった。

 中学生の同級生じゃ、こうはいかないよね。

 海沿いを走る車の中で、私たちは色々な話をした。先生の趣味のこととか、私の好きな食べ物とか、将来の夢とか……。先生は私のことを理解しようとしてくれたし、私も精一杯答えたつもり……。

 だけど、一つだけ気になることがあるんだよね。

 私が一番聞きたかったことなんだけど、なかなか言い出せなくて……。だって、ちょっと恥ずかしいじゃない? だから勇気を出して聞いてみたんだ。そしたら先生も同じことを思ってくれてたみたいで、嬉しかった。

 でもさ、いきなりキスされるとは思わなかったよ! びっくりしたんだから!! もう。


 加代は、少し手帳を捲った。 


 今日は、先生と初めてホテルに行った。

 正直、少し緊張していたけれど、彼の優しい笑顔を見ているとその不安も少し和らいだ。

 夕食を終えた後、先生が「少し休憩しようか」と言った。

 私は、すぐにどういう意味か分かった。今まで何度も妄想してたシチュエーションだったから……。やっぱり先生も同じ気持ちだったんだって思うと、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。

 部屋に入ると抱きしめられ、いつのまにか服を脱がされていた。

 下着姿になると、恥ずかしくてたまらなかった。

 それでも、先生ならきっと受け入れてくれると思ったし、何よりも彼と一つになれることが嬉しくて仕方なかった。

 痛かったけど、幸せでした。


 加代は、そこから数十ページを飛ばした。


 最近、体調が優れなくて、何となくおかしいと感じていた。ネットで妊娠検査薬を買ってみると陽性だった。先生と子供ができたなんて、信じられなかったけど嬉しかった。幸福の絶頂だった。

 でも、その喜びも長くは続かなかった。嬉しくて先生に伝えたけど、彼の反応は予想外だった。彼は一瞬驚いた表情を見せた後、険しい顔つきになった。

「このことは誰にも言うな。君が学生で、僕が教師だということを忘れないでくれ。何か問題が起きれば、君も困るだろう」と言われた。

 家に帰ってからも、彼の冷たい言葉が頭から離れない。どうすればいいのか、全く分からない。先生を愛していたのに、この現実にどう向き合えばいいのか、誰にも相談できず、ただただ涙が止まらない。


 加代は手帳を閉じると共に、瞼も静かに閉じた。目尻に光るものがあった。再び目を開けた時には、彼女の瞳は氷のように冷たくなっていた。

「この内容に覚えがあるわね?」

 加代に詰問され、智久は怯える。

 それは智久が、この学校に赴任する前の学校での伏せたい出来事だったからだ。その件から逃げたのだ。

 智久は慌てて口を挟む。

「……し、知らん」

 その言葉を聞いた瞬間、加代の目に怒りの色が宿る。

「この娘の名前は吉村七恵。日記には、はっきりと先生の名前も書いてあるわ。海藤智久先生ってね」

 加代の言葉に、智久の表情は青ざめていく。額からは脂汗が滲み、呼吸が浅くなる。心臓は激しく鼓動し、今にも肋骨を突き破って飛び出しそうだ。

「彼女は、ショックで流産したわ。そして……自殺した」

 加代は静かに告げた。

「……僕が悪いんじゃない。考えてもみろよ、教師と中学生だぞ。最初からゲームだって分かるだろ」

 智久の勝手な言い草に加代は全身の血液が沸騰するような激しい怒りが込み上げてくるのを感じた。目の前が真っ赤に染まり、頭の中で何かが切れる音がしたような気がした。

 次の瞬間、加代はブレスレットの玉を一個千切ると指で弾く。

 玉は智久の右目にめり込む。

 次の瞬間、玉は爆弾のように破裂した。

 猛烈な衝撃と共に、智久の視界は真っ赤に染まり、痛みが頭蓋骨全体に響いた。玉の破片は赤熱化した火山弾のように刺さり、肉を焼き、眼球を破壊した。

 大量の血液が噴き出し、彼は咄嗟に右手で顔を覆ったが、止まらない血が指の隙間から滲み出た。床に落ちる血の音がやけに大きく感じられ、絶望と恐怖が智久の心を一瞬で覆い尽くした。


【地雷石】

 1965年1月12日。

 スペイン、サラゴサの遺跡にて少年達は、珍しい色の石を探しては旅行客相手に石を売っていた。呪いの石で焼き殺されるという伝承があるにも関わらず。

 少年達の一人、マロは、そこで長さ20cm程の楕円形した、紫色の石を発見する。

 だが、その石は大きな音と共に破裂し飛び散った。石は小さく砕け、マロの身体に食い込むように突き刺さった。

 仲間の少年達は、その凄まじい様子に立ちすくんでしまう。

 なぜなら、マロの体に突き刺さった石はまるで真っ赤に焼けた鉄のように、ジュウジュウと鈍い不気味な音を立てて、マロの肉を焼いていたからだ。

 全身を謎の石に焼かれ、血だるまになったマロは、鼻を突く悪臭に包まれながら、苦しそうにもがき回った。

 マロは病院に搬送されるものの亡くなった。

 少年は、言い伝えられている呪いの石にやられたのか、それとも地球上では、まだ発見されていない特殊な石だったのかは不明となっている。


 智久は苦痛にうめき声を上げ、床にひざまずく。

 顔を覆いながらも、手から滲み出る血液を止めることはできなかった。血の温もりと痛みが混ざり合い、意識がだんだんと遠のいていく感覚が彼を襲った。頭がクラクラとする中、彼はただ呻きながら苦しむしかなかった。

 周囲には血の匂いが充満し、鋭い痛みが身体を支配した。

 そんな中、加代は戸棚から試薬や薬品の瓶を次々と取り出し始めた。

 最後に机の上に横幅が60cmの水槽を荒々しく置くと、もがきまわる智久に言った。

「先生、さあ理科の実験ですよ。この水槽に鉄粉やスチールウールを入れます」

 加代は、雑な料理でもするように鉄粉の入った瓶を傾けて全投入し、スチールウールを野菜のようにブチ込んだ。

 次に透明な液体の入った瓶を手にした。

「続いて、塩酸を入れます~」

 加代は楽しそうに言いながら、蓋を開けると中身をドボドボと水槽に入れた。すると水槽内に細かい気泡が発生し、時間と共に沸騰したようにボコボコと音を立てて沸き立ち始める。

 これは金属を塩酸で溶かすことで、水素を発生させる実験作業だ。

 その様子を見て加代は嬉しそうに微笑んだ。

「大変。この実験をする時は、希硫酸を使わないといけないのに、間違って塩酸のまま入れちゃいました。塩酸は塩化水素の蒸気圧が高く、さらに泡がはじけるとき飛沫から塩化水素が大量に大気中に流れ出ちゃうから希硫酸を使わないといけないんですよね」

 加代は、ぶりっ子にでもなったように口調を変え、わざとらしいジェスチャーを交えて言う。

 智久の顔は真っ青になり、言葉にならない悲鳴をあげている。通常試験管サイズで行っている実験を、水槽レベルで行っていたからだ。

「という訳で、アタシは危険なので退出しまーす。あとは、よろしくね。先生」

 加代は通りすがりに、落とし物のように理科準備室に何かを転がした。

 地雷石だ。

 智久は今までの経験から、それが爆発をもたらすものであることを身を以て知っているだけに怯え、慌てて薬品棚が倒れるかのような勢いで飛び退く。

「ま、待ってくれ!」

 智久は退出していく加代に懇願したが、彼女には届かなかったようだ。無情にも扉は閉められ、智久は一人残された。

 智久は痛む身体を引きずりつつ、何とか逃げようとするが思うように身体が動かない。その間にも、地雷石は色を変えていく。

 顔が恐怖と絶望で引きつった。


 ◆


 加代は涼しい顔をして廊下を歩いていた。

 ハンカチで口紅を拭い、スカートのポケットに仕舞う。その表情には、先程までの冷酷さはなく、いつも通りの清楚な雰囲気に戻っていた。

 そんな中、加代は胸の内でカウントダウンを行っていた。息を吸い込む音が耳に響き、覚悟を決めるように彼女は深呼吸を繰り返した。

(……3・2・1)

 ゼロになると同時に足を止めた。

 その瞬間、背後にある理科準備室のドアが吹き飛び、廊下全体が閃光に包まれたかと思うと、鼓膜が破れそうなほどの轟音と共に、大爆発が起こった。

 爆炎と爆風が吹き荒れ、突風が廊下に吹き込まれる。まるで台風のような強風により加代は身を縮める。髪が乱れ飛び、制服の裾が激しくひるがえる。

 しかし、それは一瞬のことであった。

 放課後とはいえ、周囲が騒がしくなってくる。

 本校舎から教師や生徒が出てくる様子が目に映った。彼らは一様に驚きの表情を見せていた。

 そして、野次馬が集まり始め、大騒ぎになっていく中で、加代は何事もなかったかのように歩き出した。

 その姿は、普段と変わらない優雅なものであった。彼女の心は喜びに満ち溢れていた。

「仇はとったよ」

 そう言って彼女は空を見上げた。

 夕陽が血のように赤く輝いて見えたのは、流された血を血によって洗い流したかもしれない。そう思えたのだった。

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