十話 いつもと違う病

 これまでは数日で回復していたセオドアさまだったが、専属医の予想に反して長く床に臥せったままとなる。




「今日で十日目、これまでと一体何が違うのかしら」




 専属医は毎日、朝と夕に診察をしてくれる。


 状態については、これまでと何ら変わりはないようだ。


 ソフィアは数人の看護師と手分けをして、セオドアさまの看病を続けた。


 看病しているソフィアがそろそろ疲れでふらついてきている。


 こんなことではいけないのに。


 セオドアさまの力になれない自分が情けなくて悔しい。


 ディランシア王国に対する抗議については、国王陛下が代わりに請け負ってくださることになった。


 ことを大きくしたくはないから、ブルーベル王女に求める罰も軽微になるだろうが許してくれと言われた。


 もちろん、これがきっかけとなって両国間に争いでも起きてはいけない。


 ソフィアはブルーベル王女が反省さえしてくれれば、それでいいと思っていた。


 逆に国内の高位貴族たちには、厳しい罰を求めるともおっしゃっていた。


 王子の決めた妃にケチをつけるなど、とんでもないと憤慨されていた。


 国王陛下はお年を召されてほとんど隠居していたのだが、セオドアさまが久々に倒れたと聞いて政務に戻ってくださった。


 ありがたいことだ。


 ソフィアは助けてくれる方々に感謝をし、今日もセオドアさまのベッドの傍に腰かけている。


 じっと見ていても治るものではないと分かっているが、ここに居たい。


 少しでもセオドアさまが覚醒したときは、声をかけて手を握って、大丈夫だと言いたい。


 看護師たちが体を起こして水を飲ませたり、食べられそうなものを用意したりするのを、隣で手伝わせてもらっている。


 セオドアさまはそれを嬉しそうに見ているときもあれば、ボーっとされているときもある。


 意識が混濁しているせいだと先生は言う。


 いつもなら、だんだん意識がはっきりしてきて、三日もすれば元に戻っていたのだとか。


 どうしたらいいんだろう。


 ほとほと困ってたソフィアのもとへ、シンデレラがやってきた。




「ねえ? 今、困ってるでしょ?」




 出会い頭、シンデレラがソフィアにそんなことを聞いてきた。


 ソフィアは素直に頷く。




「ええ、とても困っているわ。シンデレラが私にそんなことを聞いてくれるなんて。心配してくれてるの?」


「レオがね、ソフィアのことを心配しているのよ。やつれてしまってフラフラしてるって。見に来てみればその通りじゃない? 王子さま、まだ目が覚めないの?」




 セオドアさまが倒れたことは、あの会場に残っていた貴族たちに知られてしまっている。


 ただ、今もなお、回復していないということは関係者以外には伏せられていた。




「うん、まだ起きたり寝たりを繰り返していて、本調子じゃないの。私もつきっきりで看病しているから、生活がどうしても不規則になってしまって」




 ソフィアはこっそり目の下の隈を隠すように押さえる。


 シンデレラに余計な心配をかけないように、食事が喉を通らなくて不眠であることは曖昧にした。




「そっか、やっぱりね! それ、魔法使いの試練だよ。間違いないわ!」


「え? 魔法使い?」




 懐かしい言葉が飛び出した。


 それはまだソフィアが、ここがシンデレラの世界だと信じていたころ、すべてをハッピーエンドに導いてくれる存在だと確信していたものだ。


 だが実際は、七色に光るゲーミングドレスを無理やり作らされ、余力もなくなりかぼちゃの馬車すら作れなかった、ちょっと情けない存在だ。


 どうしてそれが今になって登場するのか。




「言ったでしょ、魔法使いは心のきれいな令嬢の願いを叶えるんだって。そしてその令嬢こそが、お妃さまにふさわしいのだって」


「確かに言っていたわ、そんなことを」




 道場破りならぬお城破りで、門前に座り込みを始めたシンデレラと交わした会話を思い出す。




「魔法使いがどうやって心のきれいな令嬢を見つけると思う? 苦難にありながらも諦めず、役目をまっとうしようと頑張る令嬢を陰からこっそり見ているんだよ。そしてその試練を乗り越えた令嬢がいよいよ困ったとき、ここぞという場面で駆けつけ、魔法で助けるの!」


「……皿を洗わせれば割る、窓を拭かせれば割る、シーツを洗わせれば破る、箒で掃かせれば折る。これが、苦難にありながらも諦めず、役目をまっとうしようと頑張っていたシンデレラの姿だったというのね?」


「なによ、私かなり頑張ったじゃない? あんなに嫌いな家事を手伝ったのよ? もっと褒められるべきだわ」




 シンデレラは唇を尖らせ、いじけてしまった。




「どうして私にその話をしようと思ったの? 魔法使いがお妃さまにふさわしいと選んだのはシンデレラだったのでしょう?」


「それがそうじゃなかったでしょ? 私はお妃さまになってないでしょ? つまり魔法使いは人選を間違えたのよ。だから今、それをやり直しているんじゃないかと思ったの」


「え? 間違えるとか、あるの?」


「あるんじゃない? だって新人ですって言っていたもの」




 魔法使いが新人?


 私の知っている魔法使いは、バリバリの現役っぽいお婆さんとして描かれていたけど?




「その、魔法使いと会ったのよね、シンデレラは?」


「そうよ、ドレスも靴も用意してもらったわ」


「なんていうか、容姿っていうの? 魔法使いってどんな感じ?」


「ん~、頭がキノコみたいで、緑色で、小さい男の子よ」




 全然違うじゃない!


 私の知ってる魔法使いと!


 代替わりしたの!?


 いつ!?




「えっと、新人だから間違えたかもしれないってこと? それで今、私が魔法使いの試練の最中だってこと?」


「そうよ! ソフィアは今、すごく困ってるでしょ? なるべく早く魔法使いに会いたいんじゃないかと思ってさ、私これ持ってきたんだ!」




 そう言って自慢げにシンデレラが騎士団の制服の胸ポケットから取り出したのはガラスの靴だった。


 シンデレラって手品師なの?


 ガラスの靴って、そんなに小さかった?


 その制服の胸ポケット、またしても特注品なの?




「これは私も知らなかったんだけど、このガラスの靴は魔法使いが代々引き継ぐ貴重なアイテムなんですって。だから最終的には返さないといけないの」


「……私がこのガラスの靴を持っていれば、返してもらいに魔法使いがやってくるってこと?」


「違う違う! そんなのんきなこと、言ってられない状況でしょ? 目の下の隈、スゴイよ?」




 あ、シンデレラから両手でガラスの靴を受け取ったから、目の下の隈を見られてしまった。




「そんなに大事なものだって知らなくてさ、私これを割ろうとしたことがあるんだよね」




 シンデレラからは衝撃しか飛び出さない。




「ソフィアがお妃さまになるってお城に連れていかれた日よ。魔法使いに嘘をつかれたんだと思って、腹が立ってこれをこう、大きく振りかぶったわけよ」




 シンデレラがゼスチャーを交えて説明する。




「そうしたら息も絶え絶えの魔法使いが現れてさ、『どうか割らないでください』ってお願いしてくるわけよ。そこからはけっこう話し込んだわ。そのときは魔力切れで何もできない状態だから見逃したけど、今は急を要するでしょ? 割り時よ!」




 え?


 割るの?


 割るふりでよくない?


 割ったら願い事を叶えてくれなさそうな気がする。




「さっさと呼び出して、ソフィアの願いを叶えてもらいましょ! こんなにヨロヨロになるくらい耐えたんだから、もういいわよ、きっと!」




 シンデレラからバチンと特大のウインクが送られる。


 え~?


 割るの?


 本当に?




「こうよ! こう!」




 シンデレラは先ほどのジェスチャーを繰り返す。


 床に叩きつけるように割るらしい。


 ためらったけど、背に腹は代えられない。


 これもセオドアさまのため、代々の魔法使いに恨まれようと、ソフィアがやるしかない。




「やるわ!」


「待って!」




 叩きつけようと思っていた床に、緑色のマッシュルームみたいな髪型をした男の子が現れた。

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