2話 思いがけない求婚
ヘザーは、体は大きいが、顔つきは10歳だ。
だからこうして近づいて顔をつき合わせれば、余計にその不自然さが際立つ。
「すみません、お目汚しを……」
慌てて、頭を下げたヘザーだったが、アルフォンソはそれを遮った。
「ねえ、お名前は何て言うの? 僕はアルフォンソだよ」
「オルコット王国のヘザーです」
「ヘザーはとても背が高いねえ! 僕、大人の人だと思っていたよ。オルコット王国の人は、みんなそうなの?」
「いえ、大きいのは私だけです。王族に流れるオーガの血が、色濃く出たので……」
「オーガの血? ……カッコいいねえ!」
お利口にしているウルバーノと同じくらいに目をきらめかせ、アルフォンソは感動したようにヘザーを見つめる。
そして頬を紅潮させると、途端に早口になった。
「僕はね、大きいものが好きなんだ。ウルバーノだって、騎士団長だって、大きくてカッコいいでしょ? だから大好きなんだ!」
どうやらアルフォンソの後ろに控えている体格のいい騎士は、騎士団長だったようだ。
そしてヘザーの前で舌をペロンと出しているウルバーノも、大型犬と言い張るには無理があるほど大きい。
「確かに、ウルバーノは大きいですね。フェンリルの血の影響ですか?」
「フェンリルを知ってるの?」
アルフォンソは顔をぱああっと輝かせ、立ち上がるとヘザーへ一歩近づいた。
フェンリルは、オルコット王国のオーガの恋物語に、力強い味方として登場する。
オルコット王国では絵本にもなっているので、子どもでもフェンリルを知っているのだが、アルフォンソの周囲にそういう者は少ないようだ。
フェンリル愛好家のひとりと見なされたヘザーは、グイグイ来るアルフォンソの距離感に戸惑う。
だが、すっかり嬉しくなっているアルフォンソは、ウルバーノの頭を愛おしそうに撫でながら、さらにヘザーとの間合いをつめてきた。
「ウルバーノは大きく見えるけど、まだ1歳なんだ。これから、もっと大きくなるんだよ!」
ヘザーはだんだん分かってきた。
アルフォンソは好きなものを語るとき、自然と早口になる。
そんな豆知識を得ていたら、目の前のアルフォンソが目元を赤らめ、もじもじし始めた。
「あの……ヘザーも大きくて、とてもカッコいいよ。だから……その」
アルフォンソの態度に、背後に控えていた騎士団長や側近たちが、ザワつき始める。
「まさか――」
「ここで王子の性癖が出るのか――」
「しかしオーガの血とは――」
「早急に調査を――」
がやがやする後ろを気にせず、アルフォンソは思いの丈を言い切る。
「ヘザー、僕のお嫁さんになってくれる?」
「……は?」
この時点で、このお茶会の目的が、アルフォンソと婚約者候補たちの顔合わせだと知らないヘザーは、本気でアルフォンソの思考回路を心配した。
(愛玩動物や護衛騎士を決める基準で選ばれるお嫁さんとは?)
大きいものが好きなのは、男の子によくある「長い木の棒は剣」と同じ原理だろう。
そう理解したヘザーは、アルフォンソの求婚を真に受けたりはしなかった。
「もっと慎重に選んだ方がいいですよ」
「僕、ヘザーがいいなあ!」
アルフォンソはヘザーの遠回しな辞退にもめげなかった。
恥ずかし気に赤らんだ頬が、苺キャンディの瞳と相まって、可愛らしい。
さすが、あれだけの令嬢や姫に囲まれても、見劣りしない麗しさだ。
そして相変わらずアルフォンソの背後では、側近たちが真剣な顔で話し合いをしている。
「王子に比べて常識人だ――」
「これは考慮に入れても――」
「最終選考に残るかどうか――」
「王子推薦枠は、これで決まったか――」
ヘザーにとっては、よく分からない話すぎる。
そして自己肯定感が高かった数刻前ならば、うっかりときめいたかもしれない申し出に、再度「これは無いな」と結論を出した。
「……ありがたいですが、私には務まりそうにありません」
美麗なアルフォンソの隣に立つのに、頭ひとつ分も大きな長身と騎士並みに逞しい体躯では映えない。
蝶よ花よと育てられたが、ヘザーは先ほど真理を突きつけられたばかりだ。
(大女は悪目立ちする存在で、決して可愛くないってね)
ショックを受けている最中に、勘違いなどしない。
ヘザーの後ろのテーブルに並べられた、美しいお菓子たちのような令嬢や姫が、アルフォンソにはお似合いだ。
「僕が選んでいいって、聞いてたんだけど……」
二度もヘザーに断られて、アルフォンソは自信がなくなったのか、側近たちを見る。
合ってるよね? と首をかしげるアルフォンソに、側近たちはぶんぶんと縦に首を振る。
「数名選ぶ候補者の内、お一人は王子の指名で決まります」
「おそらく、そちらのお嬢さまは、このお茶会の趣旨をご存じないのでは?」
「ご本人に告げるより、親御さんへお願いした方が――」
「王子も、あまりにも手順をすっ飛ばしすぎですよ――」
側近たちに説明を受けているアルフォンソをよそに、ヘザーは左手に持っていたお皿をテーブルへ戻した。
なんだかもう、お菓子を食べる気が無くなってしまったのだ。
両手が空いたヘザーに、撫でてもらおうとウルバーノが近づいてくる。
アルフォンソとウルバーノの主従は、どうもヘザーに対して好感度が高すぎる。
「よーしよしよし。……将来、どれだけ大きくなるのかしらね」
しゃがみこんでウルバーノの太い前足を握りながら、ヘザーは呟いた。
大国の王太子に娘が見初められるとは思っていなかった両親により、お茶会の目的を知らされず観光気分でメンブラード王国へ来てしまったヘザーは、この状況にどう対応していいのか分からない。
自分抜きで話が進んでいる気がするが、そろそろ暇乞いしてもいいだろうか。
そこまで考えたとき、ヘザーはアルフォンソに誕生日のお祝いを言っていなかったと思い到る。
まだ何やら側近たちと打ち合わせているらしいアルフォンソに向かって、ヘザーは遠慮がちに声をかけた。
「あの……お誕生日おめでとうございます」
唐突に贈られた言葉に、アルフォンソはきょとんとして、それから噴き出した。
「あはは、ありがとう! 出来れば、これから毎年、ヘザーにお祝いしてもらいたいな」
笑顔を見せるアルフォンソに気まずい思いをしながら、一緒について来ようとするウルバーノを会場に押し留め、ヘザーはなんとかお茶会から退席した。
◇◆◇
これまで国を出たことがなかったヘザーにとって、今回のお茶会への参加はいい勉強になった。
可愛いという誉め言葉が、ヘザーのような大女には当てはまらず、小柄で華奢な令嬢や姫にこそ相応しいのだと判明した。
ヘザーに興味津々だったアルフォンソも、ヘザーを可愛いではなくカッコいいと評した。
つまりヘザーは、女の子としての魅力が乏しいのだ。
「井の中の蛙にならなくて、良かったわ。国に戻っても、可愛いと言われて誤解しないように、自分の認識を軌道修正し続けなくちゃ」
ヘザーに求婚してきたアルフォンソのことは、若気の至りだったのだと忘れよう。
まだ少年のアルフォンソだって、思春期を迎えれば、可愛い女の子へ眼が吸い寄せられるはずだ。
今は大きいものが好きな男の子の贔屓目によって、ちょっとヘザーが良く見えているだけだろう。
「お菓子は美味しかったし、ウルバーノはもふもふしてたし、悪いことばかりでもなかったわね。でも……オーガの血が顕現していることを、喜ばれる雰囲気ではなかったのは確かだわ。もう私は、国外に出ない方がいいのかも」
ふうっと溜め息をついて、来たときよりも大人になったヘザーは帰路についた。
◇◆◇
一方、メンブラード王国内では、お嫁さんはヘザーじゃないと嫌だとごねるアルフォンソを宥めるために、国王や王妃までが駆り出され、婚約者候補を選ぶ話は一旦保留となった。
大人たちの話し合いにより、もう少しアルフォンソが成長してから決定するのがいいのではないか、と結論が出たからだ。
しかし、それから何年経っても、アルフォンソはヘザーを一途に推し続ける。
高貴な令嬢たちを城へ招き、何度か顔合わせをさせたが、その意志は変わらなかったのだった。
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