勘違いで翻弄される異世界転移~神様も勇者も魔王も悪役令嬢もどいつもこいつ勘違いで俺を追い込んでくる~
羽戸省吾
第1話
俺、
エリート志向の家庭で育った俺は受験戦争をストレートで通過し、難関大学にもそう苦労する事なく進学できた。
成績を見れば卒業の見通しも十分あり、多分この調子なら就活だって困る事もないだろう。
一見すれば誰もが羨むこと間違いなしの人生だ。
だがそんな人生を送れる事の代償なのか、俺は対人運が果てしなく悪かった。
ガラの悪い暴走族のような奴らに気に入られてはチームに入れと付き纏われたり、女子に告白されたかと思えば財布やスマホといった俺の私物にさえ嫉妬するヤバい奴だったり、ちょっと相談に乗っただけのアルバイトの後輩には宗教の宗主として奉られて欲しいとお願いされたり。
とにかく、俺は変人を呼び寄せてしまう星の下に生まれたかのような迷惑極まりない体質を持っていたのだ。
『個性豊かな人物と出会う機会に恵まれた生活』と言えば聞こえはいいが、『変人に日常を侵食された生活』となれば心が安らかないのは言うまでもない。
しかし、俺にはそんな多大なるストレスを解消する方法があった。
それは小説、漫画、漫才と言ったような娯楽を満喫する趣味だ。
取り分け俺の好きなジャンルは『勘違い』をテーマにしたもので、誤解や思い込みによって破茶滅茶にストーリーが動かされていく作品には数多く笑わされ、俺の心は何度も救われた。
この趣味に出会えたからこそ、俺は変人たちとの奇怪な
だから目を覚ました時、目の前に突如不審な人物が現れていてもそこまで強い動揺はなく、『またやべー奴が来たよ……』くらいにしか思わなかった。
この前、カーテンを開けた時にベランダで壺に入った蛇と、ターバンを巻いて笛を吹いている蛇使いが胡座をかいてこっちを見ていたことに比べればなんてことはない。
「
「ほらね、ヤバイ奴だわ」
唐突に現れた神を名乗る男は女子がキャーキャー騒ぎそうな絵に描いたイケメンで、今にも軽薄な言葉が飛び出そうな顔だったが、その男は見た目にそぐわず厳かな雰囲気の喋り口調だった。
「……って、新しい世界に招待?」
異世界系の小説は知ってるが、俺自身が転生や転移するような事件に巻き込まれたような心当たりはない。
覚えてる限りでは事故にあった記憶もないし、持病だってない。
大学卒業の目通しがついてこれからの就活に意気込みを入れていたところだし、最近は学費の為にバイトを入れる日も多かったが、過労死するような環境でもなかった。むしろ要領の良い俺はバイトたちの中でもそこそこ手を抜いて楽をしてたくらいだ。
「ん? あれ? そう言えばここって俺の部屋じゃねぇな……。え、もしかしてマジで異世界に行くのか……」
そんな言葉を口にしながらも、俺は内心で“流石に夢だろう”と高を括っていた。
だが……。
「夢ではない。だが、君がそれを深く知る必要もない。ただ一つ望むことを言うがいい」
目の前の男は言葉にしていない俺の内心を見事言い当て、言葉を返していた。
「お、おぉ〜。すげぇ……。当たってやがる……。いや、でも俺の夢なら俺の心の中を当ててもおかしくなくねぇ……のか?」
一瞬驚くが、夢ならそう変な事でもないかと冷静になる。
「えっと……。じゃあこの自称神様は俺の妄想から生まれた存在ってことか……」
「私を妄想と定義するか。確かに今の私は君の頭に直接干渉している存在とも言える。鋭い観察眼だ」
どうやら中々に人間くさい神様を俺は妄想してしまったようだ。
とは言え、これが夢だと言うなら気が楽だ。夢なんてのは流れに身を任せてなるようになるものだろう。
「要するに、“無人島に行くなら何を持ってくか”みたいなことだよな。あっ、だったら神様は『勘違いもの』って分かる? 小説とか漫画とかでよくあるテーマの一つなんだけど。俺、そういう物語がめちゃくちゃ好きなんだよね。新しい世界ってのに招待してくれるなら、そんな感じの物語を間近で見てみたいかなって。面白そうじゃん?」
神様に望むものを聞かれた俺は、思いつきで“『勘違い』というテーマジャンルの物語が身近に感じられるような世界を見てみたい”なんて願いを口にしていた。
「ふむ……。君はなかなかに難儀な奴だな。世界を欲するとは……だがそれも面白い。
「いや、別に世界が欲しいとかそういう訳じゃ──」
神の言葉にどこか違うニュアンスを感じた俺は否定の言葉が直ぐそこまで出かけるのだが……。
「君の運命に僅かながら私の力を通した。未来は不確定だがおおよそ君が望む運命に導かれるだろう。行くがいい」
「え、嘘……全然話聞いてくれないじゃん。……まぁ、流石に夢ってところか」
神様は俺の言葉を聞き届ける前に何やら一仕事を終え、俺に手を振る。
すると、
「………………は? あ?」
瞬きした後には神様の姿は消えていた。
そして見渡す限りに異世界としか形容できない街並みが広がっている。
また、街には竜人、獣人と呼ぶ他ない外見の二足歩行の生命があちこちを往来していた。
「いや、そろそろ目を覚ませって……」
だが、呼吸で感じる新鮮な空気や露出した肌に当たる風の質感がこの状況を夢じゃないと訴えている。
「そ、そうだよな。夢ってのはこういう時に覚めたりしねぇもんだ……。ここは冷静になって……。何だ……? なんかみんなして俺を見てるような……」
肌に当たるのは太陽光や風だけじゃなかった。街ゆく大勢の人の視線も俺の肌を指している。それは好機な視線というより、どちらかと言えば不審者を見る目だった。
「…………あっ⁉ こ、こりゃ⁉ 夢にしたってふざけんなよ⁉」
それもそうだろう。今の俺は間違いなく不審者でしかなかった。
何故なら今の俺はアダムとイヴよろしく生まれたての姿に葉っぱ一枚という狂気の初期装備状態だったのだ。
「流石に股間に葉っぱ一枚の装備はねぇだろうが⁉ 悪意だろ⁉」
だが様々なネット小説を嗜んできた俺にとってこの程度の誤解による展開は幾度となく知っている。先ずは敵意がないと笑顔で両手を上げてアピールだ。
「ま……まぁ皆さん落ち着いてください。先ずは話し合いましょう……! 一見して不審者に見えるかもしれない俺ですけどそれはただの誤解で──」
俺を危険人物として警戒する人々に向け、俺は低い物腰で丁寧な口調を意識しながらゆっくりと説明をしようとする。
しかし、
「露出狂の変態だああ!」
「この状況を笑顔で楽しんでやがんのか⁉」
「妙な動きで近寄って来るわー⁉」
「ママ~、あの人何で裸なの~? そういう種族なの〜?」
「しっ! 見ちゃいけません‼」
「魔王軍残党の奇襲だああ!」
裸の男がいきなり落ち着いて話そうと近づけば、それはやはり不審者でしかない。
少なくとも俺が逆の立場でもそいつを不審者と判断するだろう。
「待って⁉」
恐らくこれは神の野郎が
俺は『誰かの勘違いストーリー』を神目線で楽しみたかっただけなのに……。
「俺が勘違いされたかった訳じゃねぇぞ⁉」
◇◆◇
「誤解なんだって! 濡れ衣なんだよ! 頼む聞いてくれ‼」
よく知る異世界系の物語なら、見たことのないファンタジー世界を目の当たりにして感動に打ち震えたりする場面だったりするのだろう。
だが、知らない世界の街中で葉っぱ一枚の装備という状況にさしもの俺も平静ではいられなかった。
「いいから投降しろ! 濡れ衣だと⁉ 鏡を見てもう一度言ってみろ! この変態野郎!」
「そうだよな⁉ そう見えちゃうよな⁉ けど誤解なんだって‼ ……ってか顔怖っ⁉」
この場に駆けつけて俺に投降しろと口にしたのは、屈強な鱗肌を持つ二足歩行のトカゲだ。
口調や声質から恐らく若い男性だと窺えるが、その顔面はトカゲそのもの。爬虫類が綺麗な二足歩行で歩く姿は俺の取り乱した心に強い衝撃を与え、正気を取り戻すのに一役買ってくれていた。
「さぁ! 大人しくしろ! 露出狂! 趣味とは言えやりすぎだ!」
「しゅ、趣味⁉ 違ぇよ⁉ こっちだって好きで露出してんじゃねぇ‼」
しかし、平常心を取り戻してよく観察して見ればトカゲの兄ちゃんも両手で構えた武器以外は案外腰巻き程度しか身に着けているような物は見られない。
「つ、つーか……あんたも俺とどっこいじゃねぇか! 下半身こそ腰巻きで隠れてるけど、上半身はほぼ素肌っつーか? ……なぁ、頼むよ。俺も何が何だか分かんねぇんだって。ここは穏便に済ませてくれねぇかな?」
もしかするとパンツ一丁のスタイルだってこの世界では普通なのかもしれない、そんな思いでトカゲの兄ちゃんに説得を試みる。
「…………」
「…………」
そうして俺とトカゲの兄ちゃんの視線が交差し、分かった。
────これは友好の瞳だ……!
そんな雰囲気を感じ取った俺は相好を崩し、口を開こうとしたその瞬間……。
「これは鱗だが?」
トカゲの兄ちゃんが真顔で答えた。
「え?」
「素肌じゃなく、鱗なんだが?」
「はぁ……。鱗、ですか……」
だから何なんだと思わずムッとした気持ちが湧いてくるが……。
「鱗だって言ってるだろうがぁああああ!」
何かがトカゲの兄ちゃんの
トカゲの兄ちゃんは張り裂けんばかりの怒号を飛ばしていた。
「うわぁっ⁉ ごめんなさいごめんなさい⁉ 鱗スッゴいカッコいいっすね⁉ マジ尊敬ですよ⁉ だから暴力は止めませんかああああ⁉」
平和な世界で育った俺にはトカゲの兄ちゃんの動きなんかは目で追えず、腕を振りかぶった位しか分からなかった。俺は意味も分からず反射的に両目を瞑って腕で頭を庇うくらいしか出来ない。
だが、何時までたっても来るべきであろう衝撃はなく、俺は恐る恐るゆっくりと閉じた目を開いた。
するとそこには、はち切れんばかりの鱗を見せつけるようにポージングしているトカゲの兄ちゃんが静止していた。
「マジで意味不明なんだけど……」
気の済むまでポージングを終えたトカゲの兄ちゃんはやがて自らの職務を思い出したのか、俺を詰所に連行すると言って衛兵の証らしき物を提示してきた。
その証を見せられた所で俺に分かりっこないが、そもそも抵抗しようにもあの鱗と筋肉に抵抗できる力なんて俺にはない。
そこで俺は恐怖という感情に基づき、トカゲの兄ちゃんの指示に大人しく従う事にしたのだった。
◆◇◆
トカゲの兄ちゃんに連行され、詰所での滞在時間はおよそ三日ほどが経過していた。
これだけ日が経てば嫌でも理解するしかない。
どうやらマジでこの状況は夢じゃないらしい。
と、それで俺が三日も詰所にいた理由だが、それは俺が自分自身の身元を証明する事が出来なかったからだ。
なんでもこの辺りでは最近まで魔王という存在が幅を利かせていたらしく、俺を魔王の残党やスパイなのではないかと疑っているらしい。
しかし、その疑いも俺の無知っぷりが信用されたからなのか魔王との関係はないと判断され、厳重注意での放免が決まって今日晴れて出所する段取りとなったのだ。
とは言え、俺だって拘留されている間に何もしていなかった訳じゃない。
トカゲの兄ちゃん──名前はリザイアスというのだが、俺は彼と友好を深めてこの世界の常識をある程度教えてもらうことに成功していた。
先ずリザイアスは竜人族という種族で、更に詳しく区分するならリザード族という一族の出身との事だ。
リザード族にとっては特に鱗の話はデリケートな部分であり、鱗の話題になると決まって互いの肉体美を自慢しようとポージング大会になるのだとか。
取り敢えず、金輪際リザード族に鱗の話題は振らないようにしようという教訓は得られた。
「あっはっは! それにしてももう出所するのか! もっと寛いで行ってもいいんだぞ?」
「い、いや。俺はもう結構なんで……。はい、大丈夫です……」
「ふっ、出会い頭で変態野郎なんて決め付けて済まなかったなイチジク!」
「いえ、分かっていただけたなら……」
「だがそういう趣味は他人に迷惑をかけないようにしてくれよ!」
「ええ。俺も葉っぱ一丁なんて非常識なことしたなって…………え? 別に趣味じゃないんですけど?」
「気にするな気にするな! 誰が何と言おうとこの鱗の良さが分かる奴に悪いやつはそういない!」
「え? 趣味じゃないですけど? あれ? 伝わってる? 言葉通じてる?」
「どうした? もう拘留は解かれたんだ。初対面の時みたく砕けた口調で構わんぞ? ……それとも友人だと思っていたのは俺だけだったか?」
「ひっ⁉ わ、分かった! 最初みたいに話すからその怖い顔つき止めろって⁉ あんた、感情の起伏がいちいち恐ぇんだよ……⁉ つーか、趣味じゃないって言ったの聞こえてるよな……?」
「あっはっは‼」
「聞けよ‼」
リザイアスは顔こそ怖い男だが、実際のところ俺がリザイアスと出会えたことは不幸中の幸いだったように今なら思える。
────諸々の事情を話しても『鱗の良さを分かってくれる良いやつ』ってレッテルのお陰で色々と便宜を図ってくれたしな。
特に衣服と今後数日分の宿代の融通、簡単な常識面について知ることが出来たのは非常に大きい。
「リザイアス、服と宿代はマジで助かるよ。絶対この恩は忘れねぇから」
「なぁに! 気にするな! 服は囚人服、数日分の宿代なんて鱗の良さが分かるお前にやるくらい俺にとっちゃはした金よ! だが恩には期待しておこう!」
「囚人服……? え……? 俺、脱走犯とかって勘違いされねぇよな……?」
「この辺りの魔王は随分前に勇者によって倒されたからな! 街から出てもそう危険はないだろう! そのせいで魔物退治を職にする奴等は困っているようだが、なに平和が一番だ! まぁ俺は役人だからあまり大声では言えないがな! あっはっは!」
「リザイアス⁉ 話が通じてない上に声がでけぇ! それとも俺が街から脱走する前提でそれ喋ってるわけ⁉ どっちにしろあんたやっぱ性格に難ありだわ!」
◇◆◇
無事に誤解を解いて詰所から出ることとなった俺は改めてこの街を散策していた。
「最初見渡したときは感動しかけたんだけどな……」
だがやはり最初が肝心だったのか、今更街を行き交う色々な種族を目にしても感動は薄い。
「でも文句ばっか言っても仕方ねぇ。今はリザイアスのオススメ宿って所に寄って、そこからは身分証作るために何処かのギルドってのに行かなくちゃだな」
そんな風に気を取り直して宿に向かった俺だったが、囚人服を着て歩くその姿は紛うことなき脱走犯で、俺は宿に到着するまで幾度となく通報されかけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます