第5話 番長は弟くんを溺愛している②

『妖怪食堂』は、一昨年に開店した怪異・霊能力者専門の食事処。

 そしてそこの店長は、『包丁師』。

『包丁師』は、食事を持って怪異たちの気のよどみや幽霊の成仏を行う霊能力者のこと。私はその見習いだ。


 それを聞いた冬夜くんは、シュッとした顎に手を当てて言った。


「もしかして、庖丁ほうちょう式みたいなものか?」

「ホントによく知ってるね!?」


 庖丁式とは、平安時代から続いている、貴人や神仏に料理を捧げるときに、魚鳥を切りわけて見せる儀式のこと。私たち『包丁師』の祖は、まさにそれを行う『庖丁師』だ。


「冬弥くん、なんでそんなに詳しいの?」

「……一応、オカルト研究会の会長だから」


 ふと、冬夜くんの目が夏樹くんに注がれていることに気づいた。

 私たち二人に見つめられた夏樹くんは、不思議そうにこちらを見ていた。



 ■



 すごく眠い。

 昨日は急な依頼で大蛇を倒すために深夜まで起きてたから、今日は早く寝よう。

 スマホを枕元に置いた瞬間、スマホのバイブ音が鳴る。

 通知画面には、『冬夜』と書かれていた。


【昨夜は、助けてくれてありがとう】

【それと、夏樹のことも】 


 その一言だけ、書かれていた。

 大蛇から助けたことだろう。律儀だな、と思って、私も『問題なし』とキャラクターが言うスタンプを送る。


【私、今日はふつーに寝るから】

【君も深夜に歩かないで、ちゃんと寝なよ】


 私がそう返すと、タヌキが布団に入ったかわいらしいスタンプが送られてきた。

 ふは、と私は笑いをこぼす。狸寝入りかい。

 私はスマホをおいて、仰向けになる。

 古田冬夜。勉強も喧嘩もできて、イケメンで人望もある完璧人間。

 ちーちゃんには「ステータスで見ない」なんてカッコつけたけど、本当のところ、完璧すぎてあまり興味を惹かれるタイプじゃなかったのだ。でも話してみると、意外と親しみやすい人間だった。何より、夏樹くんの前じゃ兄バカそのものだ。最初は呆気にとられたけど、その温度差に思わず笑いそうになった。

 あの視線の意味を、私は考える。

 ……冬夜くんは、弟を守るために勉強したんだ。

 自分には視えない世界を視る弟が、どんなコトに巻き込まれるかわからない。だからオカルト研究会に入って、マイナーな妖怪や儀式まで勉強したのか。

 冬夜くんが転校生の私に話しかけたのは、視える夏樹くんの助けになるなら、って思ったからなんだろうな。

 あんな弟想いのお兄ちゃんも、この世に存在するんだな。そう思った時、つんざくような声が頭に響く。


 ――アンタのせいよ! あたしの人生返してよ!!


 もう何年も会ってないのに、今もあの憎悪の声を思い出せる。

 ……血の繋がりがあるからと言って、仲良くなれるわけじゃない。冬夜くんと夏樹くんだからなんだ。

 痛む胸に気付かないふりをして、目を閉じた。

 


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