第31話 試しの剣

 扉の先は薄暗い狭い通路になっていた。

 カトレアが先陣をきって、アリスと私が続く。

 後ろからついてきたラパンは、兵士と何やらこそこそ話をしていた。


「……いいんですか? 手続きの書類とかは……」

「構わん、そんなものは後でどうとでもなる」

「それに予約が……。ご子息が勇者の方々と一緒にいらっしゃるということで、今日は空けていたはずですが……」

「すぐ済ませる。多少は待たせても問題はない」


 ラパンはどうしてもアリスに測定を受けさせたいようだ。

 カトレア同様、不正を暴きたい、という意図があってのことなのだろうか。


 けれどこの男の言葉の節々からは、アリスに対する嫌悪感、あるいは見下した感じがにじみ出ている。


 個人的な恨みでもあるのだろうか。

 いずれにせよなんだか面倒なことになった。


 通路を抜けると、急に視界が開けた。あたり一面が平らな土だ。

 この建物、何かに似ていると思ったらファンタジーでよく見かけるコロシアムみたいな作りをしている。規模はそんな大掛かりなものではないけども。


 中央には台座があった。

 そこに立てかけられるようにして、一振りの剣が置いてある。


「ではすぐに準備をさせますので、しばしお待ちを」


 ラパンがあごをしゃくると、兵士が小走りで台座に近づいていく。

 待ち時間の間、カトレアは再びラパンのおべんちゃらを聞かされていた。

 アリスは準備をする兵士の邪魔をしては、困った顔をされている。


 私は「イリスはボケボケだからこれ読んだほうがいいよ」とアリスに渡されたパンフレットに目を通す。

 いろいろ書かれているけども、要約すると内容はこんなところだ。


 試しの剣は魔力を明確に数値化するための神器。

 試験場はここ以外にもいくつかある。

 試しの剣以外にも魔力を測る手段はあるが、数値は公的に認められない。


 とまあ、ここまでは前置きの部分だ。

 そこから先はイラスト付きだ。カラフルでなかなか手がこっている。。



 こんかいマリョクがひくかったキミ。

 ねぶそくじゃないかな? ゴハンはちゃんと食べているかな? つかれていないかな? 

 ちゃんと休まないと、マリョクはカイフクしないぞ。

 マリョクはそのときのタイチョウによってかわってくるんだ。

 つぎはチョウシをととのえて、ふたたびトライだ! 

 ただしマリョクが百以下だったキミは、サイノウがありません。さっさとあきらめましょう。

 


 

 アリスのやつめ、子供向けのを渡してきたな……。

 でも一見子供向けに見えて、最後は辛らつだ。

 かわいらしいタヌキのキャラクターが、ニコニコしながらこんなことを言っているのが怖い。

 



 マリョクは、つかえばつかうほどどんどん強くなっていくよ。 

 だけどトレーニングは、ぶっちゃけ地味だし、つまらないよね。

 そこでマリョクをつよくするのに、いちばんてっとり早いのは、マモノをやっつけることなんだ。

 マモノはマリョクのかたまりだから、やっつけたり、キズをあたえるだけでも、マリョクをそのままうばえるんだ。

 いっぱいマモノをたおして、マリョクを強くして、みんなをみかえしてやろう!

 さらに運がよければ、マモノをたおしたときにマセキをゲットできるぞ! 

 マセキをいっぱいあつめて、みんなでヘブンズアイランドへ行こう!

 マセキをたくさんグネスにこうかんすれば、おいしい食べものも、ほしかったあのジンギも、みんな手に入るよ!


 


 なんか、全体にうさんくさい……。

 よくわからない単語もあるけど、まず感じたのはそれだった。

 魔物と戦うことを、やたら煽っているように見える。


 子供向けに書くなら、当然ありそうな「魔物は危険です」というような文言がない。

 まあこの世界の一般的な認識とはずれているのかもだけど……。


 もはや笑顔のタヌキ風キャラクターが不気味にすら見えてきた。

 流し読みしていくと、最後にこんな注意書きがあった。

  


 保護者の方へ

 試しの剣は神の使いから提供された神器であると共に国宝です。お取り扱いにはご注意ください。

 なお、お子様が乱暴な扱いで傷をつけたり等、破損をした場合は厳罰の対象になります。


 

 げっ、国宝……。

 さっきから兵士の邪魔をしているアリスが、なにかやらかしはしないかと不安になる。

 パンフレットから剣に視線を移すと、アリスが私たちの方に戻ってきた。

 

「ねえ、カトレア。準備終わったって」

「なにその他人事のような口ぶりは。あなたがやるのよ?」

「え~、ホントに~? どうしよっかな~」

「どうしようじゃなくて、あなたに選択権はないのよ! まったく……この期に及んで見苦しいわよアリス」

「だってぇ、なんか恥ずかしいなぁ~みんな見てるし」


 二人の話に業を煮やしたのか、横からラパンが口を挟む。


「カトレア殿、アリス殿は自分だけやるのがフェアではない、とおっしゃっているのではないでしょうか。まずここは一つ、カトレア殿が……」

「……人を疑うのであれば、まずは自らの潔白を証明しろということかしら? わかったわ、私が最初にやってみせるわ、これで文句ないでしょう?」


 カトレアはそう言うと、返事も待たず大またに剣のもとへ近づいていく。

 途中兵士が差し出した手桶で手を洗った後、台座に置かれた剣を手に取った。


 柄の部分に青い宝玉が埋まっている以外は、なんの変哲もない長剣だ。

 カトレアは両手で剣を持つと、ゆっくり剣先を頭上に持ち上げた。


 とたんに刀身が青白い光を帯びはじめた。

 剣幅が倍ほどに広がり、剣先はぐんぐん上空へと伸びていく。


 伸びた剣はさらに途中で枝分かれを始め、二つ、三つとその先端が割れていく。

 まるで大樹が成長していく様を早回しで見ているようだ。


 かたわらには数字の表示された半透明のウィンドウが浮いていた。例のマジックビジョンというやつか。


 剣が大きくなるにつれ、ぐるぐるとカウンターを回すように、数字が変化していく。二桁、三桁、四桁……とすごいスピードだ。

 

 やがてぴたりと剣の成長が止まった。

 それと同時にカウンターの数字も停止した。


 剣は相当な大きさにまで膨れ上がっていた。

 ざっと見てカトレアの背丈の五倍はありそうだ。


 さらに枝分かれが横にも大きく広がりを見せている。

 剣はもはや巨大なオブジェと化していた。これだけ広いスペースを取っている理由がわかった。

 

「わぁ、なんかきれい……」


 アリスが感嘆の声を上げる。

 剣は西日の逆光にも負けず青白く光っていて、下手なイルミネーションなんかよりよほど迫力がある。

 

「では測定を終了します」


 兵士が手元の端末を操作すると、剣は一瞬で元の状態に戻った。

 カウンターの数値はそのままだ。ラパンが膝を打って大声を張り上げる。

 

「なんと十五万越えとは素晴らしい! さすがはカトレア殿。勇者試験の最低ボーダー三万というのは、あってないようなものですな」

「十五万六千……?」


 表示された数字を見て、カトレア本人も驚いているようだ。

 剣を置いて戻ってくるカトレアに、ラパンがすり寄る。

 

「どうかされましたかな? 今回は相当調子がよかったように思いますが」

「いえ、調子がいいというか……。ついこのあいだ……十日ぐらい前よ? その時は十二万ほどだったはずなのに……」

「それは……体調による誤差の範囲をはるかに超えてますな」

「まさか昨日のあの魔物との戦いと、そこから得た魔力で……? あの時は本当に、死に物狂いだったから……」

「いやぁ、末恐ろしい。これからもレインフォール家には頭が上がりませんな」


 ハッハッハと楽しそうだ。

 カトレアが出したのは、相当すごい数字らしい。

 感心していると、アリスがひじでつついてくる。


「ねえイリス見て、枝分かれ型は、親分タイプだって。で、枝が真っ直ぐの場合は、生真面目で融通が利かないところも……。ぶふーっ、当たってる~」


 アリスは「試しの剣で見る性格診断」の小冊子のほうに夢中だ。勝手に持ってきたらしい。カトレアの出した数値よりそっちが気になるようだ。

 カトレアがアリスに声をかける。

 

「さあアリス、次はあなたの番よ」

「いよっ、親分!」

「はぁ? 誰が親分よ、ふざけてないでさっさとしなさい」

「誤解を受けやすいが、根は真面目で優しい……。ふ~んおもしろーい。ねえねえ、次イリスやってみなよ」

「いやいやなんで私がやるのおかしいでしょ」


 いきなり水を向けられて否定する。

 口ではそういったけど、実はすごくやってみたかった。

 今までさんざんマーナだなんださんざん言われてきたけど、魔力の使い方がわからないだけで、もしかしたらすごい力を秘めているかもしれないのだ。

 

「でもまあ、どうしてもって言うんなら……」

「そうだよ、やりなよやりなよ」

「あなたたちいい度胸してるわね、私を無視して勝手に話を進めるなんて。まあイリスがアリスと血を分けた姉妹と言うなら、興味がなくはないけど……」


 カトレアの許しが出たようだ。

 ラパンは少し手元の時計を気にするそぶりを見せたが、異論を口にしてくることはなかった。


 私はカトレアがしたように手を洗い、台座に近づいて剣を取った。

 見た目よりもずっと軽い。私の力でも持ち上げるのはたやすかった。

 見よう見まねで、剣を高く掲げる。

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