第21話 マジックコピー


「王は、体調を崩されたため面会謝絶だ」


 勇み足でお城までやってきたはいいものの、私は門の前で文字通り門前払いをうけた。


 まさかのいきなり面会謝絶。

 けど妙に納得してしまった。昨日見送った王さまは、ふらふらで今にも倒れそうな状態だった。


 けれども勢いこんやってきた手前、そうおいそれとは引き下がれない。

 

「ええっと、私、イリスです。あのぉ、異世界から来たと言ってくれればわかるはずなんですが……」

「……異世界? 何を馬鹿なことを……。君、城下の子か? 親は? 学校は?」


 怖い。門番のおじさん怖い。

 上から目線で凄まれ、早くも心が折れた。私は泣く泣くごめんなさいをして回れ右をした。


 たしかに私みたいな子供がいきなり異世界がどうたらで王様に会わせろ、なんて言ったらこんな扱いを受けるのは当然といえば当然だ。


 あの王様が私が来たら顔パスで通すように、なんて話が通っているかもしれない、という希望は甘かった。

 よくよく思うと私の存在自体を秘密にしたそうだったし、それはないか。


 やはりアリスを連れて出直さないとダメか。

 私は大きくため息をつく。アリスのことが危なっかしいと言いつつ、彼女がいないと結局何もできない。

 

「さて……」


 私はあたりを見渡す。 

 いろいろ変なアイテムはあれど、町並みはいたってファンタジーしている。


 ここにやってくる途中にも、いかにもな武器屋とか、面白そうなアイテムを並べている露天とか、わくわくするような光景があった。


 この世界にやってきてからこのかたずっとゴタゴタしていたけど、改めて異世界に来たという実感がわいてきてテンションが上がってきた。


 こんなのを見せられて、家でじっとしているなんて無理ってな具合だ。

 昨日の魔物が現れたのは本当にイレギュラーであって、そう危険なこともないだろう。


 気を取り直した私は、あたりを適当にうろつくことにした。

 手始めに、城下町のメインストリートをゆっくり進む。

 

 昨日も通った道ではあるが、まったく別の場所みたいだ。

 不気味に薄暗かった街は、一面晴れの様相。こころなしか空気も澄んでいる気がする。


 建物一つとっても、私の目には新鮮に映る。

 この辺りは見るからお金がかかってそうな家が多い。軒下にずらっと並んでいる花壇からしてそうだ。


 人通りはあまり多くなかった。

 もしかして昨日のことが尾を引いているのかも。


 けれど兵士の死体が、とか血痕が、とかそういう光景は見られない。あれはまるで夢の中の出来事だったかのようだ。

 

「おねがいしゃーっす」


 行く手にビラ配りをしている少女が目に入った。

 私と同じぐらいの背丈だ。つなぎにキャップをかぶっている。


 彼女は通行人を見かけるたびに走り寄っては、手にしたビラを配っている。

 なんとなく眺めていると目があった。私に近づいてきて、元気よく声をかけてくる。


「こんちゃー、おねがいしゃーす」

「あ、どうも……」


 受け取ったのは、A4サイズほどの平べったい紙のようなものだ。

 例えるなら下敷きをさらに薄っぺらくしたような感じ。


 半透明のビラには何も写っていない。

 裏返してみるが、同じくまっさらだった。


「あの、これ何も写ってないだけど……」

「ん? それマジックコピーやで」


 ……マジックコピー? なんやねんそれ。

 理解不能のまま固まっていると、愛想のいい少女の顔が、急に嫌な物でも見たかのようになる。


「なんや自分、まさかマーナかいな?」

「ま、まーな?」

「それ見れんっちゅーことはもうマーナやろ。まさかマジックコピー見たの初めてか?」

「は、初めてですが……」

「今時珍しいやつやなー、箱入り娘かなんかか? ええからそれに魔力流してみい」


 そんなこと言われても無理だ。

 そもそも魔力がどんなものかすらわかってないのに。


 ダメもとで手に力を込めて、念じてみる。

 が、やはり何も起こらない。


「本当にマーナかい! なら返しいや」

 

 ばっと半透明の紙を取り上げられた。

 彼女はそれを手元の束に戻すと、忌々しそうに口を開く。


「まったく、なんでマーナがこんなとこおるん? あんまりこのへん、うろつかんほうがええで。そのほうが身のためや」


 そう言い残すと、彼女は忙しそうに身を翻した。

 マーナという単語、なんどか耳にしたことがあるけども、あまりいい意味では使われないようだ。

 おそらく魔力が使えないとか、そういう人のことを指すのだろうけど……。

 

 もやもやしながら歩いていると、道の隅にさっきのビラらしきものが落ちているのを見つけた。

 気になって拾い上げる。

 こちらは両面とも色付きで文字が印字がされていた。


 まず飛び込んでくるのが、でかでかと「勇者制度反対!」の文字。 

 その下に丸くカイルの決め顔が切り抜かれている。


『魔物の手から城下を救ったのは勇者ではなく、インペリアルガード隊長カイル王子!』と小見出しの後に、昨日の事件の詳細が書かれているようだ。

 

 結構な勢いで勇者が非難、というか小バカにされている。

 『城下にいたはずなのになぜか現れなかった勇者様一覧』や、『勢いよく現れたはいいがチビって逃げた勇者の方々』といった見出しの下に、名前がわかりやすい伏字で羅列されている。


 そして隅っこに番外編と題して、『なぜかウェデングドレスを着てきてしまったかわいそうな勇者』の文字と一緒に、アリスが笑顔でダブルピースをしている姿が載っていた。思わず吹き出しかける。


 しばらくビラを眺めていると、急に文字が薄くなり始めた。

 端から青い炎のようなものがくすぶり出て、ビラを焦がし始める。

 

「わっ」


 驚いて手を離すと、ビラは青い光に包まれて、跡形も消えてなくなった。

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