第19話 アリスの家

 王様を見送って、私達は家の扉の前で立ち止まる。

 アリスが鍵で開けるのかと思いきや、扉には鍵穴どころかドアノブすらなかった。

 これは城で見たものと同じ、魔法の扉のようだ。


「この家ね、わたしにしか開けられなかったんだ。だから最近までずっとほったらかしだったんだよ」

「え? ずっとって、ここに住んでたんじゃないの?」

「ここに住み始めたのはつい最近だよ。勇者になることが決まって、ローランがそろそろアリスも一人立ちだからって。それまではずっとお城だったから」


 一人暮らしを始めたのはつい最近らしい。

 あまり生活力がありそうな感じじゃないけど、大丈夫だろうか。

 アリスが扉中央のくぼみを指差す。


「お父さんがわたしたちに残してくれたお家だから、イリスも開けられるはずだよ。やってみて」

「えーっと、魔力を流すっていうこと? 全然やり方がわからないんだけど……」

「ううん、魔力の量じゃなくて波長に反応するから、触るだけでだいじょうぶだよ」


 言うとおりに、おそるおそる扉に触れてみる。

 まったく反応がなかった。開く気配すらない。

 やっぱり開かないんだけど、と言おうとしたとき、急に扉が横にスライドした。


「わっ、やっぱり開いた! よかった~。お父さんイリスの魔力も登録してくれてたんだ!」


 妙なタイムラグがあったのが少し気になったけども、アリスは特に気にする様子もなく中に入った。私もすぐ後に続く。

 

 私が足を踏み入れると、背後でドアが自動でしまった。なんと自動式。

 気を取られていると、ぱっと部屋の明かりがついた。


 天井には洒落たシャンデリア風の照明がつるしてあった。

 アリスが壁に手を触れていたようだが、これもまた魔力を送り込んだのだろうか。


「やっぱり閉め切ってると暑いな~」


 アリスは部屋に入ると、中央にぶら下がっていた手のひら大の球体に触れた。

 するとすぐさま、球体が音もなく乾いた涼風を送りだしはじめる。


「何だこの玉……」

「それヘブンズで買ったの。いいでしょ」

「へぶんず……?」

「見てほら、マジックビジョンもあるんだよ」


 アリスが壁を指さす。

 なんと30インチぐらいの液晶ディスプレイらしきものが壁にひっかかっていた。

 

「高かったんだけどさ、いまどきマジックビジョンもないと、流行に乗りおくれちゃうからね」


 流行もクソもあるのか。

 たしか勇者式のときのあれも、マジックビジョンの巨大版だとか言っていたような。

 

「あ、そうだ。くだものでも食べようかな~」


 アリスが鼻歌交じりに、部屋の隅に置いてある小物ダンスのようなものを手で開けた。


 後ろからのぞき込むと、ひんやりとした冷気が漂ってくる。

 もしかしてこれは……冷蔵庫的なもの?

 

 中には謎フルーツが大量に入っていた。勇者歓迎パーティのときにテーブルにあったものと一緒だ。

 

「これ特売してたから箱買いしたんだ」


 箱には『大特価ヘブンズ・フルーツ12個入り780グネス!』との記載がある。

 文字は日本語で書かれているわけではなかった。でもなぜか読めるし意味もわかる。

 この体の頭の中で勝手に翻訳されているのだろうか。不思議だ。

 

「でももう遅いし、やっぱり明日食べよう。イリスおなか減ってる? イリスはパーティのときいっぱい食べてたから大丈夫か」

 

 見られていたらしい。

 あのとき大食いとかディスってきたのはやっぱりこいつか。

 

「さてと、今日はもう疲れたし、お風呂入って寝よっか」


 風呂……? と疑問符を浮かべながらも、私はアリスに手を引かれて奥の部屋へ。 

 変な外観をしていたとおり中も変な作りだった。意外に手広く、何部屋かあるようだ。


 連れられてきたのは脱衣所らしき部屋だ。

 脱ぎっぱなしの服がかごに積まれていて、そばにはなんと洗濯機っぽい物体もある。


「冷蔵庫に洗濯機……?」

「わたしがヘブンズで買ってきたの」

「さっきからその、へぶんずって?」

「ヘブンズっていうのは略した名前で、ヘブンズ、うぇあはうす、だったっけ。なんでも売ってるんだよ。こんど一緒に行こうね」


 この謎アイテムを売っているお店のような場所があるらしいけど、アリスの説明だけではいまいち要領を得ない。


「そしてお風呂があるって……?」

「お父さんがね、作るのに全力を注いだって」


 隣の部屋はタイル張りの小部屋だった。

 なんと湯船まであって、ちょっとした広さだ。


 アリスは裸足で中に入っていくと、壁にくっついた蛇口に手を触れる。

 少しの間そうしていると、徐々に湯船に水が流れ出した。

 やがてどぼどぼどぼっと、勢いよく蛇口から熱湯が湯気を立てて落ちていく。


「お湯が……どうなってんのこれ?」

「これも神器だからね。魔力のこめ方で量とか温度も調節できるから」


 お湯を流したまま脱衣所に戻ってくると、アリスはおもむろに服を脱ぎだした。

 私はあわてて目をそらす。


「なにしてるの? イリスもほら、早く脱いで」

「え? いや、お先にどうぞ……」

「なにが? 一緒に入るに決まってるでしょ」


 さも当然と言わんばかりの言い草。

 そんな予感はしていたけど、なんていうかちょっと、心の準備が。

 ぐずっていると、下着だけになったアリスが目を伏せる。

 

「そっか、わたしと一緒なの嫌なんだ……」

「わ、わかりましたよ、入りますってば」

 

 こうなったら乗りかかった船だ。

 いや別に嫌じゃないんだけど、むしろ念願かなったりなんだけど、直接的すぎるのはちょっと……。

 できることなら二人の入浴シーンを第三者視点からこっそり覗き見たかった。


「すみませんあの、ガン見するのはちょっと……」

「イリスはちゃんとひとりで脱げるかな?」

「脱げるに決まってるでしょ」


 ちょいちょい子供扱いしてくるのは何なのだ。 

 悪いけど中の人は間違いなく年上です。


「小さいときはイリスは一人じゃ何もできなかったから、わたしがいろいろ面倒みてたんだよね」

「そ、そうだったっけ? 私って、か、変わった?」

「まあイリスおとなしかったし、あんまりしゃべらなかったからなぁ……よくわかんないかも」


 アリスの記憶を改ざんしたとかなんとか言っていたけど、イリスに関していったいどんな記憶を入れたのか。


 でも私の予想通り、イリスはクールな無口キャラという感じらしい。

 それなら案外楽かもしれない。ビッチギャルみたいなキャラだったとか言われたらどうしようかと思った。

 

「だから今はいっぱいしゃべってくれて、うれしいな」


 あどけない笑顔を向けられて、いま改めて気づいた。あんな無茶な頼みを、すんなり引き受けた理由。


 なんだかんだいって結局、私は……。

 アリスのこの笑顔に、魅せられてしまっていたのだと。

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