第12話 カイル王子
激しく空気を切り裂くような音がして、赤く光る物体が空を飛んできた。
赤い光は、斧を振り下ろそうとした鎧騎士の兜に落ちた。
その瞬間、魔物の体は斧もろとも青い霧となって蒸発した。
……今のは、なに?
息をつくまもなく、頭上で稲光が走った。
間髪入れずに、空から一筋の稲妻が降り注いだ。
私はあまりのまぶしさに目を閉じていた。
バチバチバチ、と耳障りな音があたりに響く。
目を開くと、接近していた2つの骸骨の姿はなかった。
たちこめる青い煙の中に、剣を携えた影が着地の姿勢を取っていた。
人だ。人が、雷とともに空から落ちてきた。
「いきなり呼び出し食らったと思ったら、なーんか大ピンチみたいだねぇ。緊急レベルAなんて、初めてじゃなかったっけ」
まだそれほど年もいかない少年のようだった。
緊張感のない声を発して、立ち上がった。無造作に跳ねたブロンドの髪をかきながら、近づいてくる。
なにかの正装なのか、白を基調にした装束を身にまとっていた。その上に、紋章のついた金の胸当てをつけている。
彼に気づくやいなや、カトレアはあわてていずまいをただした。
慇懃に頭を下げる。
「カ、カイル王子! ありがとうございます、危ないところを助けていただいて」
「助けたっていうか、たまたまオレが降りたところにいたから。さっきのヤツら運悪かったね」
「その前の一撃もお見事でした。見るからに手ごわそうなあの鎧の魔物を、一撃で葬ってしまうなんて。あの赤く光る剣は、神器かなにかなのでしょうか?」
「……赤い光の剣? は知らないな、オレの武器はこいつだし。ところであんたは何者?」
「ああ、失礼、申し遅れました。わたくしカトレア・レインフォールと申します。本日、勇者にご任命いただきまして……」
「ああ、勇者ね」
カイル王子とやらは勇者、と聞くなり興味なさげに視線を外した。
その先で、地べたに這いつくばったライナスが媚びた笑みを浮かべる。
「お、王子……」
「ん? 誰」
「ゆ、勇者です、勇者ライナス……」
「ま~た勇者か。つーかあんた、そんな風に這いつくばって……なにやっての?」
「は、はは……ほ、ほんのわずか、油断した隙にやられまして……。あ、あの、できればヒールかなにかを……」
「うん? 今セルフヒールは?」
「それがちょっと……」
ライナスはきまりの悪そうな顔をする。
なんだか見てるこっちが恥ずかしくなってきた。
いっぽうで王子さんは、まるでゴミでも見るような目をする。
「勇者なら、自分でなんとかできるでしょ? オレが助ける必要あるのかな。まぁ、あんたが勇者じゃなくて、オルランド王国の民として助けて欲しいっていうなら話は別だけど」
「も、もちろん勇者である前に、じっ、自分はこの、オルランドの国民であることに、そ、相違はありません!」
カイルは呆れたようにため息を吐くと、ライナスに向かって手をかざす。
手にはめた指輪から、緑の光がほとばしった。光はゆっくりとライナスの体を包み込む。
「応急処置的なもんだけどさ。これで死にはしないと思うよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「うん、いいよいいよ。ここであんまり余計な魔力は使いたくなかったけど」
「このご恩は忘れず、このライナス、これから勇者として精進してまいります!」
「うん、いいからさ、早くどっか消えなよ」
「へ?」
ライナスが間抜け顔で固まった。
そのとき私の背後から、何者かの声が聞こえてきた。
「イリスーっ!!」
暗がりの中を、手を振りながらやってきたのはアリスだった。
走ってきたままの勢いで私に抱きついてくる。
「もう、イリスのばか! なんで勝手にいなくなるの!」
「あ、あぁごめん、いろいろあって……」
「ごめんじゃすまないよ! イリスのばか! ばか! 貧乳!」
「いや貧乳は関係ないでしょ!」
どさくさに紛れて何をいうか。
これで本人は結構ある、のが腹立つ。
でもこうやってアリスと会えて、ほっと気が緩む。
なんていうかさっきからずっと、空気重ため?
思った以上にシリアスな展開になってきてドキドキだった。
「あれ? アリス、目が赤く……」
顔の輪郭がはっきり見えないほどにあたりは薄暗くなっていたが、アリスの両目は不思議に光って見えた。それも赤く。
「ん? なにが?」
「あれ? 戻った?」
アリスがぱちくりとまばたきをすると、目の光は消えていた。
首をかしげていると、近づいてきた影が親しそうにアリスの肩をたたいた。
「おぉっ、アリスじゃ~ん。おひさ」
「あ、カイルだ」
「アリスまたかわいくなったねぇ。今度デートしよっか」
「きやすく触んないでね」
アリスは腕を振って手をのけた。
よくわからないけどその人は偉い人……王子じゃないのか。塩対応にヒヤヒヤする。
苦笑した王子は私を見た。
目を細めながら顔を近づけてくる。
「あれ、君はどこかで……? 勇者? じゃないよな。名前は?」
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