第6話 僕の心も見透かして

 授業が終わった後、残るように言われた少年は、1人教室で机に突っ伏していた。ガラガラと扉の開く音がして、少年は机から顔を持ち上げる。


 「久しぶりだな」


 「......おっさん」


 ボヤける目に、久しぶりに映る人物を見て、少年の目の霧が晴れる。


 「こっちに居たんだね」


 「ああ、今日はお前にある仕事を、こなして貰おうと思ってな」


 「仕事?どう考えても、そんな気分じゃないんだけど」


 少年の気分は最高潮に沈んでいた。花の少女は消え、透視の少年は死んだ。誰かと話す気分にすらならなかった。


 「報酬、ご褒美も豪華だぞ」


 男は椅子を引きずり出し、少年の机の正面に座る。少年の父親に家族を殺され、少年の父親を嫌っていた男。会うのは久しぶりで、緊張からか、少年の体に力が入る。


 「仕事内容は単純だ。お前以外のギフトを発現してない奴、全員殺せ」


 「は?」


 男の言葉を理解しても、少年の声は出ない。そんな少年にお構いなしに、男は話し続ける。


 「この仕事には前任者がいた。2人死んだの覚えてるだろ?でも、そいつは途中で投げ出したんだ。自殺の仕方なんて、教えた覚えはないってのにな」


 少年は男の発言に、何か引っかかる物を感じる。男はけたたましくニヤける。薄っすら分かっていても、聞かずにはいられなくて、少年は言葉を出す。


 「...前任者って誰?」


 「お前のルームメイトだよ」


 男はニヤケ顔で、少年の心を踏み躙るように即答する。


 「あいつは仕事熱心だったぜ。お前たちの中でも、飛び抜けて優秀だった。将来が楽しみな男の1人だったが、精神面が弱くちゃ仕方ないな」


 「何で死んじゃったの?」


 「アイツには、殺す人物を毎回指定していた。良かったな。お前はアイツにとって、自分の命より大切だったらしい」


 透視の少年は、少年を殺すことを命じられて、それを断念して、自らの命を捨てたようだ。

 少年の頭は、ゆっくりと机に沈んで行く。真っ暗になっても、耳に明かりを入れるのは止めない。


 「体の使い方も頭も冴える男が、絶望的な立ち位置に着いた時、どんな風に切り抜けるのかと思ったら、自分の命捨てるとはな。お前らに友情なんて、くだらないものは不要だってのに」


 「くだらなくねーよ」


 少年は机に突っ伏したまま、ボヤけた声で応戦する。


 「それに比べて、あの女は最後まで見事だったな」


 「...あの女って」


 少年は、ねっとりと机から顔を起こす。


 「今朝、姿を見ない奴がいたろ?」


 そう言って男が話すのは、今朝見当たらなかった花の少女。


 「アイツは派手にやってくれた。4歳から9歳のガキが生活する敷地に入り込んで、ギフトを発現していない奴を攫っていった。それも、足手纏いにならないような使える奴を」


 「え?え?ええ!ど、どうやって壁を越えたの?」


 少年は驚きに包まれ、大量に浮かぶ疑問の中から、ひとつを吐き出す。


 「アイツのギフトだ。花を増やしたり、生やしたり、大したことのないギフトだと思ってたんだがな。訓練では必要以上に、ギフトを見せびらかすことなく、隠してたんだろう。かなり前から、逃げることを考えてたのかもな」


 少年の中に置いてかれた、見捨てられたと言う気持ちが湧き上がる。でも、危険を冒してでも自分を助けようとしてくれていた、花の少女の提案を断ったのも自分。それを理解していても、心に穴を開けた寂しさは埋まらない。


 「さっ!大人しく自分の仕事を済ませろ。もしビビって逃げ出したらしたら、お前の大切な命貰うぞ。豪華なご褒美はお前の友達の、くだらない未来だよ」


 「くだらない未来?」


 「そうだよ」


 皆の将来を馬鹿にする男の発言に、少年は口を開く。


 「俺と違って、みんなは外の世界に出るために努力をしてるし、立派な夢もある。もし、みんなが外の世界に出たなら、必ずその夢を達成して見せるはずだよ」


 「ほお。何にも知らないから、お気楽な言葉を並べられるんだよ。お前たちは何になるために、毎日頑張ってるんだ?」


 「クズハキだろ?」


 「違う。まあ、クズハキとしての仕事もしてもらうが、あくまで副業みたいなもんだ」


 「はぁ?じゃあ、本業は?」


 「人殺し。ここは0から、人殺しを育てる施設だからな」


 「...人殺し?」


 「お前はー、5歳だったか?ここに来たのは?」


 少年は頷くこともなく、ペラペラと口を動かす男を見つめる。


 「外の世界ではな、ギフトを悪用する犯罪者がいるんだ。そいつらを捕まえるのには、苦労する。というか、こんな奴らを相手してる暇はない」


 「だから、僕たちに相手させるって?」


 「まあ、そうだな」


 「人を殺すのは怖いか?安心しろ。全員間違って生まれて来た命だ。殺しても誰も傷付かない」


 「なんだそりゃ。何にも安心出来ないよ」


 「それを克服するために、お前に仕事を与えてやってるんだろ?俺はお前に話したよな?命の優先順位付けろって。虐殺出来るほど、ギフトを使う犯罪者たちは緩い相手じゃない。当然、同行した仲間も何人かは死ぬだろうな。それに、今から慣れてもらおうってことさ」


 男はそう言って、ポケットから何かを取り出して机の上に置く。


 「使い方は分かるよな?これで殺せ。終わったら、死体の近くにでも隠しとけ。死体と一緒に回収する」


 男が机に置いた物は星石。クズハキがダストを、駆除する際に使用する。見た目は完全に石。これを握って頭の中で何かを連想すると、思い描いた物が出来上がる。


 「僕は仕事引き受けるなんて、一言も言ってないんだけど。第一、顔見知りを殺すなんて無理」


 「あれ、伝わってなかったか?この仕事引き受けないなら、お前がよく一緒にいる、仲の良いお友達殺すから。ギフトを発現してない奴の中には、そこまで親しい奴はいないだろ?ちゃんと調べといた」


 少年の曇り切った顔に、汗が降り始める。


 「ほら、とっと受け取れ。逃げたお前の友達は、上手に使いこなしてたな。警備が3人も殺された。何で星石を持ってたのかは、分かんないけどな」


 「...殺したんだ」


 少年は、笑顔の花の少女を思い浮かべる。あんなに優しい子が人を殺せるんだ。なら自分も、そうやって思い込めば苦しくない。

 少年は自分に言い聞かせ震える手で、机の上の星石に手を伸ばす。


 「ほらほら。絶望を乗り越えた先に、美しい未来が待ってるぜ。俺もそうだった。お前の父親に、家族全員殺された時は泣いたよ。泣いて泣いて泣いて泣いて、今の気分は最高だ。俺の家族を殺した男の息子に、こんなに惨めで哀れな姿で、葛藤させてるんだからな」


 男は立ち上がり、少年を見下ろしながら言う。


 「猶予は3日だ。ギフトを発現していない奴なら、誰でもいいから殺せ。お前の大切な、友達のためにも頑張れよ。友達よりは、ただの知り合いを殺す方が楽だろ?」


 男が教室から去る。取り残された少年は、歯を食いしばり、星石を強く握り締める。

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