第15話 玲瓏の罅
前半戦が終了し、休憩を取っていた観客らが続々と戻ってきた。運営陣も活発に動き出し、試合開始が迫っている。各神界の専用観戦室にも顔ぶれが集まってきた。
「かなり集まってきてますし、始めましょう」
司会サイドの部屋でヒヤルムスリムルが急かすように、ヘイムダルに尋ねた。巨大な端末をフル稼働させて、各方面で動いている天使や
「だめだ」
「ちっ…堅物め」
提案を断られたヒヤルムスリムルは悪態をつく。それを見たヘイムダルは説明した。
「まだ、フィールドの試運転調整が終わってねえんだよ。選手の安全とか、景観も重要なエンタメになってくる。それに後半戦は全部野外フィールドを採用してんだから、残りの試合数の会場も異なるから入念な対策と準備がいるんだ。他の神界の領域だから荒らすのも後々面倒になる。それになあ…」
ヘイムダルが話していると、彼の肩を天使がつつく。
「なんだ?」
振り返ったヘイムダルが、天使の指差した方向を見る。そこにはヒヤルムスリムルがもういなかった。驚いたヘイムダルは急いで部屋を出て、闘技場を見渡す。すると、マイクを持って歩くヒヤルムスリムルを捉えた。急いで止めようとするも、ヒヤルムスリムルはマイクの電源を入れて、視界を始めてしまう。
『大変お待たせしました! これより
調整が終わっていないと伝えたはずなのに、勝手に試合の開会宣言をしたヒヤルムスリムルを見て、ヘイムダルは頭を抱える。
「ヘイムダル様、どう致しましょうか?」
彼の背後に立つ天使が尋ねる。彼は少し渋った後、天使に告げる。
「言っちまったもんはしょうがねえ。次のフィールドは優先的に使えるようにしてある。予定通りいくぞ」
運営陣がざわつくが、観客らはそれに気づいていないようだ。ヒヤルムスリムルは司会を続ける。
『闘志の紹介の前に後半戦の試合会場の案内をさせていただきます。第1ラウンド前半戦は小手試しという概念がおありでしたでしょう。しかし、我々の予想を遥かに超える規模の戦いがなされました。それを考慮しまして、後半戦4試合全て野外フィールドを採用しました!
それでは、スクリーンをご覧ください!』
ヒヤルムスリムルの合図とともに、闘技場の中心に設置された巨大なスクリーンが起動する。スクリーンに映る湖と、それに形成される島。植物などに恵まれ、神獣などが生息している。
『次なる舞台はギリシャの神域に属するヴィストニダ湖。この湖は独自の生態系が確立された神ならではの未開の地とでもご紹介しておきましょう。
全神界の神域を管理するエレボス神及び、ギリシャ神界の支配権を有するゼウス神のご協力の元、野外フィールドとして実現しました。次の闘志らは自然界に関わる能力であるということで、当舞台をご用意させていただきました。
それでは、闘志の紹介に移らせていただきます!
それでは、ローマ選抜人類をご紹介いたします!』
観客の目が一斉にモニターに移る。自然界には珍しい金色の髪を靡かせる女が一人。
『人類の技術”魔法”。その存在は一般的に広まっていますが、魔法使いとして名を馳せることは神が人間に与えし試練と揶揄されるほど…
始まりの賢者に始まり、魔法の開祖らによって魔法が進化し、さらには魔法使いを束ねる組織”魔塔”の発足以来、長らく新参者の魔法使いの活躍はありませんでした。魔法世界に不穏さが蔓延った時代、かの者は現れました。
古代魔法の進化。高難易度迷宮の単独踏破。魔法使いの育成など、様々な功績を実現し、魔法界に旋風を巻き起こした人間。魔塔No,2にして、魔塔主の右腕の肩書を持ちます
紹介に預かったカトレアだが、会場の声は聞こえていないので、無反応である。燃え盛る太陽を彷彿とさせる蝶を瞳孔に宿す赤い瞳。彼女自慢の金髪。誰もが見惚れる美貌を持つまさに絶世の美女に、神々の反応は好印象だ。彼女は湖から少し離れた森の入り口で待機している。
『続きまして、アステカ選抜人類のご紹介です』
観客の目がスクリーンに集まり続ける。湖に浮かぶ島に一つの影が見える。その影はカトレアにも見えたようで、目を細めた。
『人類種族の頂点”七大一族”。人類には数多くの種族が共存しています。その存在は、強く気高く、種族の中心に位置する。人類最強と尊ばれる
七大一族の一翼”海族”初代族長の正妻、そして初代
エバーグリーンの髪をハーフアップでまとめ、ところどころ三つ編みで装飾している人魚。下半身の鉄鋼の鱗が煌く。半透明の紫のエラ耳。クリムソンの光は宿らずとも、つぶらな瞳の少女に近い人魚。
彼女こそが、ゼーユングファーである。人類の観客らは、彼女に傾倒した。それだけ偉大なる者だからである。
儚げで、少し触れてしまえば海の泡と化してしまいそうなゼーユングファー。それに対する煌びやかで、全てを圧倒する光を纏うカトレア。系統の違う美女二人に、神も人類も釘付けになる。
統治神5柱専用観戦室
『うふふ、ヒヤルムスリムル。かなり我慢しているわね』
前半戦の躍動感のある司会から、打って変わっての慎ましやかな言葉遣いに、ガイアは思わず笑ってしまった。だが、この闘志らの紹介や後半戦の司会は、かなりヒヤルムスリムルの私欲で予定を早めたことを知っているタナトスは目線を逸らして、気まずそうに黙る。
『…かなり、奇抜な対戦相手じゃのう』
扇子で口元を隠しながら、ニュクスが言った。そして、事前に発表された選抜人類の一覧を見る。枠には”魔法の海エリア代表”と”星の海エリア代表”に、カトレアとゼーユングファーの名が載っている。
『人類の居住区
そして、魔法の海にある魔法最大帝国ヴェスタで、魔法の中枢を担う近代の女傑カトレア。どちらも、その時代に旋風を巻き起こし、当時は異端だと揶揄された。似た者同士だとは思うがな』
軽快に笑いつつも、二人の情報を的確に説明するタルタロス。だが、その顔はどこか険しい。
「ヘイムダルから情報が来ましたよ~」
ヒュプノスが対戦表とは異なる端末を持って、部屋に入ってきた。
「報告しますね〜。
『なぜ?』
「失態です。初代
ヒュプノスは、試すような口調で言う。その態度にタルタロスは鼻で笑い、当然だと言う。そして、続くように統治神5柱の望むことに踏み出した。
「ご所望の人間ではありませんでした」
『そう、残念』
ガイアは反応するが、あまり残念がってはいない。口を閉ざしていたカオスが向かいの観戦室を見た。観戦室にはギリシャの神々がいて、ゼウスもカオスの方を見ていた。カオスは口角を上げて、
『大丈夫さ。この
ヴィストニダ湖の湖に浮かぶ島に立つゼーユングファーは三叉戟を構え、森の入り口でその行動を見ていたカトレアは杖を取り出す。両者ともに武器を取り、戦闘準備を整える。
『両者整ったようです。それでは、
後半戦の開始が告げられた。前半戦の流れでいくと、開戦が告げられた瞬間に闘志らは斬りかかっている。だが、今回の闘志らはそれぞれに属する組織の中でも異質な存在であるのが関係してか、その常識を真っ向から拒絶した。
『…う、動かない?』
中継を見ている司会のヒヤルムスリムルは観客らの声を代弁した。それもそのはず、彼女らは一切動かず、ただただ睨み合っているだけなのだ。闘いの素人からすればつまらない絵面。だが、彼女らがどう動くのか、それがこの闘いの要となっていることをこの場に集う猛者らは理解していた。
「…」
敵を前にして、カトレアは冷静であった。目を眇め、小さく呪文を唱える。それは魔法の展開に必要な工程であるが、カトレアはどの呪文も直前でやめて、攻撃を中断する。
カトレアはシミュレーションしているのだ。どうすれば、ゼーユングファーを、格上の相手を倒せるか。悩み、構成を練ること僅か2分。その間にカトレアが想像した数多くの展開は100通り以上。展開し中断した魔法の総数は200以上。
そして、辿り着いた結論は全力解放であった。
「紡ぎて軋轢の根幹に、破壊の架け橋となりて、乖離を喚ぶであろう。
カトレアを中心に地面に魔法陣が展開され、そこから蔦のような形状の白く輝く糸が出現する。一本一本が途轍もなく細いが、それらが束になり、白筋をつくる。微量な糸からは想像もできないほどの密度で魔力がこめられている。カトレアが選んだ魔法は、彼女の十八番ではなく、彼女の本気の魔法。小手調べなどの小細工なしで、始めから全力で攻めていくつもりなのだ。本気の魔法は、飽和攻撃魔法。破壊力に富んだ魔法である。
「は?」
カトレアの初手の行動を中継で見ていたキルケは思わず腑抜けた声を上げる。それは彼だけでなく、メルキゼデクとソロモンも驚いている。
「…何を、そんなに…驚いているの?」
3人の反応がピンと来ないアグネスは白い目で3人を見た。3人も同様にしらけた目でアグネスを見るが、彼女の魔法の性質を理解して、その反応に納得した。
「飽和攻撃というのは、相手の攻撃力を自動的に上回るものだ。高度な技術を要するし、肉体への負荷も大きい」
「常時飽和攻撃を扱う
ソロモンとメルキゼデクが飽和攻撃について解説するが、アグネスはその凄さを理解できていない。
「とりあえず、深く考えんな」
「…そう」
「にしても、飽和攻撃を魔法に転用したことも驚きだぜ。どんな魔法術式を書いたのかも気になるが、一発逆転の盤面で使う飽和攻撃を初手で選ぶ判断。ったく、どんな教育したらそんな弟子に育つんだ? ウェルテクス」
会場が騒然とした空気に包まれるが、カトレア達にその声も反応も届かない。観客の目を無視して、思う存分戦える。カトレアは杖を動かして、糸を湖に浮かぶ島へと飛ばす。太陽の光を反射して煌く糸の集合体”飽和攻撃魔法”がゼーユングファーを襲う。退路を塞ぐように何本もの飽和攻撃魔法が高速で動く。だが、その魔法攻撃をゼーユングファーは軽々と避け、そのまま一直線に突進してくる。
「…」
それを見たカトレアは僅かに口角を上げて、杖を逸らす。すると、避けたはずの飽和攻撃魔法が奇妙な軌道を描き、背後からゼーユングファーを猛追する。驚いたゼーユングファーだが、突進を止め、三叉戟を構える。猛追してくる魔法を受け流して、無理やり軌道を変える。そして、もう一本の魔法攻撃もいなし、二つの飽和攻撃魔法を衝突させた。
(飽和攻撃同士を衝突させて、無力化された。でも、妾の全力はこれからよ)
カトレアはそう思い、杖を天に掲げる。次の瞬間には、天を覆いつくす数多の魔法陣が展開された。
「一点解放…
―
天に構成される鮮やかな無数の真球。鮮やかだが、色は深く濃い。真球がどのような魔法なのかはまだ解明されない。だが、次に構築される氷の礫。それだけでなく、操作系統で、湖を操り、水面下での闘いを壊した。これによって、ゼーユングファーの得意な盤面が塞がれた。だが、まだカトレアの攻撃は終わらない。炎が群となり、飽和攻撃魔法に纏い、新たな魔法を作り出した。炎の熱気から伝わる威力が増幅された飽和攻撃の次に構築される雨雲。黒雲が晴天を覆い、雷を落とす。天に展開された魔法術式は未だ輝きを失わない。その輝きも計算ずくであるのか、カトレアは輝きの源である光を支配下に置き、散弾を作って見せる。
待ったなしの氷の礫と、炎飽和攻撃魔法、落雷、光速の散弾がゼーユングファーに襲い掛かる。
「…っ」
ゼーユングファーは攻撃をいなすという方向性で戦っているが、その方向性を選んでも全てを回避することが不可能なほどの攻撃量に圧倒される。初っ端の動向には驚きの怒涛の攻めに、会場のボルテージが上がる。
メソポタミア専用観戦室
「へえ~、あの魔法使い言葉だけじゃなかったのか」
闘技場には向かわず、内部に陣取った部屋に設置された大きなモニターで観戦するマルドゥクは感心する。
「佳境ではないのか?」
いつの間にか現れ、堂々と座るエンリル神。長いソファーに大きな図体のエンリル神とマルドゥク神に挟まれて座る木聯。その向かいにはアプスー神とティアマト神が座っている。
(いやいやいやいや、なんでうちがこんなことなってんねん!? メソポタミア神界の序列高い神と、支配権握ってる神に挟まれるなんて嫌やで!)
平然を装う木聯だが、内心ではツッコミが渋滞している。だが、エンリル神の言葉に反応して、モニターに目を向ける。こんな状況にいても闘いは進められている。闘志紹介でもあったように
「姐さん、魔力切れ起こしそうな勢いやな」
『そんなに魔力少ないの? あの魔法使い』
「
「魔法術式ねえ。神の魔法はそんなのいらないんだけどねぇ。適当にイメージするだけだし」
「羨ましい限りやな。古代魔法は複雑な魔法術式や。一つの魔法を展開するだけでも、1分は欲しい」
『…余と共闘したときにそんな時間あったか?』
「いや、それはうちが武器を造るだけの魔法やから、すんなりできただけで。話戻るけど、姐さんみたいに魔法でごり押すんは中盤辺りからや。しかも、奥の手中の奥の手”飽和攻撃魔法”を初っ端に選択したんも攻めた構成や。自然魔法への解像度は魔法の開祖を押さえるくらい実力はあるんやけど、うちと違って、武闘専門の魔法使いやないのが杞憂や」
『…接近戦には疎いのか。ということは、このまま遠距離でごり押すつもりか』
アプスー神の考え通りに、カトレアは遠距離攻撃を仕掛け、魔法の質量で決着を決める予定だ。その予定通り、カトレアは更なる魔法を展開し、ゼーユングファーを襲う。現状、カトレアが優勢を極めているが、それは一瞬の油断と隙で崩れ去るということは重々に理解している。だから、カトレアは油断しない。
(魔力消費が思ったよりも早いわね。でも、
天に滞空していた鮮やかな真球が動き出す。正体不明の魔法をカトレア自身が開示させる。
「吹かせろ」
カトレアの言葉を皮切りに真球は火を伴わない爆発を起こし、ヴェストニダ湖に暴風を吹かせる。すると、ゼーユングファーを襲っていた魔法は消滅する。それを受け、ゼーユングファーは回避の構えを解き、カトレアに近づいていく。接近戦を仕掛けるようだ。急接近してくる彼女に、カトレアは冷や汗を浮かべるが、それも作戦の内だ。彼女は接近してくるゼーユングファーに杖を向けて、呪文を唱える。
カトレア自らが生み出した暴風が、彼女のもとに集う。一点に集まった風の中に混じる極小の刃が構築される。刃が蝶を形どる。無機物の刃から成った蝶だが、生物のように羽ばたく。一度羽ばたけば、竜巻が発生する。
「…」
ゼーユングファーは突進する体を止めて、羽ばたく蝶を見た。蝶の進路に自分が含まれていることを、彼女はようやく理解した。
「
カトレアは蝶をぶっ放す。防御が追いつくわけもない広範囲の物量にゼーユングファーは言葉なき悲鳴を上げる。
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