第16話

アシアスに合わせ、ファラトゥールもゆっくりお茶を飲む。

そしてホロホロと涙を流しながらお菓子を三つほど食べると、恥ずかしそうに涙をぬぐった。

「失礼しました・・・お恥ずかしい姿を見せてしまって」

「気にしないで。お口にあったのなら何より。それより、もういいのかしら?」

「あ・・・あの、大変お恥ずかしい事を頼むのですが・・・このお菓子を頂いていってもいいでしょうか?」

「かまわないけど。もしかして、妹さんに?」

「はい。俺だけこんな美味しいものを食べるのは・・・妹は甘いお菓子が大好きなので」

「ふふふ・・・妹さんにはちゃんとお土産をあげるから、これはあなたが全部食べていいのよ。あ、あなたはお菓子よりこれがいいかしら」

またもパチンと指を鳴らすと、具たっぷりのホットサンドがアシアスの目の前に現れた。

新鮮な野菜は勿論、ハムやチーズ、肉がふんだんに挟まれており、キツネ色に焼けているパンは見た目にも食欲をそそり、アシアスの喉がごくりとなった。

「これはパンを焼いて具材を挟んだものよ。普通のサンドイッチもいいけれど、私はこちらが好みなの」

当然、ファラトゥールの前にもホッとサンドがあり、おいしそうにほおばった。

「あ、妹さんには焼いていないほうの普通のサンドイッチを用意しているわ。具合が良くないのであれば、パン粥の方がいいかしら?」

「・・・・有難うございます」

そう言ったきり、ジッと膝の上できつく握った己の手を見つめている。

「食べないの?」

「・・・・俺だけ、こんなご馳走を食べていいのかと。この国は貧しくて、食べる事に困っている人達が多いのに・・・」


あぁ、こういう所が彼の美徳でもあるけど、短所でもあるな・・・・・

清濁併せ吞む事ができてこそ、この状況を打破できると思うんだけど。

ステータスにあった、まさに清廉潔白みたいなのだけじゃ、人に上に立つのは厳しいね。精神的にやられちゃうし。


自分だけという罪悪感を抱くのはわかる。だが、だからと言って自分も食べなければ共倒れである。

この国を良い方へ導きたいと思うなら、出来るだけ健康でいなくてはいけない。

今の彼の姿を見て、この国の未来が明るいかと問われれば、皆首を傾げるだろう。

仕立ての良いものを着ていても、栄養不足の状態でやせ細りくたびれていれば、威厳も何もないのだから。


「あのね、あなたがこの国の未来を真面目に考えるのなら、ちゃんと食べなくては駄目だ。こうして食べる機会があるんだったら、それを逃しては駄目。現状を何とかしようという気持ちがあるのなら、あなたは健康で力強さを見せなくてはいけない」

「この国の、未来・・・・・」

アシアスはファラトゥールの言葉をなぞり、「本当に、この国に未来はあるのかな・・・」と小さく呟いた。

その小さな呟きに答える様に、ファラトゥールは「あるわよ。だってここは私の土地なんだもの」と笑う。

「私はね、この土地を取戻しに来たの。力ずくでとも考えたんだけど、国として機能しちゃってるから、住んでる人たちを追い出すわけにいかないでしょ?でも、私にはガルーラ国に味方もいないし。どうしようか悩んでたら、ここに王太子がいたってわけ」

アシアスは目を見開く。

「この土地を取り戻す手伝いをしてくれないかな?悪いようにはしない・・・と思う。まぁ、最悪国名が変わっちゃうかもしれないけど、そこら辺問答無用で了承してもらうわよ。それに、この土地が正当な持ち主に帰れば、呪いは解けるはずだし」


アシアスは、王太子という立場に固執している訳ではない。この国の状況を少しでも良くできるのであれば、という気持ちで動いてきた。

正直この立場を手放す事で、この国が少しでも良い方へと進むのであれば、喜んで立場を退く覚悟もある。

だが、今以上にこの状況を悪くするだろう人間達が控えている。だから、意地でも此処にしがみ付いていなくてはならなかった。

そして、妹を守るためにも。

そんな自分に手を貸せと言ってくれる人が、目の前にいる。

細くて柔らかで美しくしいのに、とても強い人が。

張りつめたようなアシアスの身体から、あからさまに力が抜けていくのがわかった。


この人に頼っても、いいんだ・・・俺を助けてくれるんだ・・・

ならば国名なんて、この王太子という立場だって無くなったってかまわない。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

これまでとは違う、まるで憑き物でも落ちたかのような、すっきりとした綺麗な笑顔で頭を下げた。

そして、大きな口を開けてホッとサンドにかぶりついたのだった。

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