聖女の幼馴染は逃亡したいそうです。
プルプルりん
プロローグ
あと、何度繰り返せばいいのだろう。
あと、何回死ねばいいのだろう。
あと、何回あの子が死ぬのを見れば救えるのだろう。
なにをしたら良いのかが解らない。できることは全てやったと思う。
あの子の願いを叶えようとした。
あの子の願いに寄り添った。
あの子と同じ道を歩いた。
あの子の手をつなぎ、信じる道を誘導した。
楽しいことも、辛いことも、苦しいことも、余すことなく全てを選んで、選んで、選び続けて。
救おうと、手を伸ばした。
救うために、幾度となく戦場を駆け抜けた。
螺旋状に延々と続く黒夢の中……ありとあらゆる選択肢を選び、私は終わりを知らずに進み続けた。
後悔はある。けれど、あの子を救えればそれだけで私は良かった。私がどうなろうと、どうだって良かった。あの子が生きている未来さえ掴めれば、死ぬことも厭わなかった。
辛い過去も未来も現実も、いつか報われると思った……頑張ればきっと、いつの日かって。
あの子が笑う世界に辿り着けると。
───けれど、結末は変わらなかった。
何回も繰り返される現実という名の地獄。
血を流し、横たわる大切なあの子。何もできずに叫び声すら上げられずに泣くことしかできない屑で無能な私。
何回も、何回も、何カイも……擦り切れてなくなるまで地獄を見た。この眼に嫌という程焼き付けた。
その度に思う。
ああ、私はなんて無力なんだろう。何度見れば学習するのだろう……て。
私はなんのためにこんな『力』を得た?
国をも一人で滅ぼしうる『力』を得て、みんなを救う強大な『奇跡』を得て。
多くの人を救い守ってきた。数多の邪悪な魔物を滅ぼした。願い請われて国も救った。多くの人々を笑顔にしてきた。
全部、全部成し遂げたというのに。
それなのに、なぜ一番大切で救いたい人を救えない? 守れない? 失ってしまう?
元々は、あの子のために得た力。あの子を守るために得た奇跡だ。
……嫌気が差す。全てに、嫌気が差す。
私があの子のために行った行動は……救うための行動は……一体なにが間違っているというのか。
ただ、救いたい。そのための結末が、なぜこんなにも遠い。なぜ、なぜ、なぜ……。
思い振り返ると、多くの人の笑顔が見える。私が救ってきた人たちの笑顔。愉しそうな笑顔だ。これも、何回も見た。
しかし、そこにあの子の姿はない。いつも幻影のように儚く消えてしまう。笑顔が遠く、黒に漂い掴めなくなる。皆が救われる世界で、あの子は救われない。
その事実だけで、私にとってこんな世界はどうでもいい。救う価値などない。
けれど、この景色、視える世界はあの子が望み焦がれた結末……だから。
だから……私は。
けれど……私は。
まただ。また、地獄を見た。あの子が消える世界。そんな世界で、心底幸せそうに笑い続ける人々。……。
───本当に、■■■■。
教えてほしい。誰かに、教えてほしい。
どうすれば、あの子を救えるの??
◆◆◆
魔王が君臨し、悪が跋扈する時代。
世界を照らし、人々を救済する大層美しい聖女がいた。
その姿は、女神のように優美。
柔らかに靡く金髪は、太陽の光を受けてきらめき、放つ輝きは黄金にも勝るほど美しい。
全てを見通す蒼い瞳は、空のごとく澄み渡った青さを持ち、奥には深淵を垣間見せる神秘が秘められている。
白いローブに身を包み、シミ一つない美しい身体は、純真さと神聖さを象徴していた。歩き方は軽やかで優雅。それは地上の花々が彼女の足元に謙遜するほど、真っすぐかつ流麗である。
そして、何より彼女の浮かべる笑顔は、それだけで人々の心に温かな光を与え、悩みや悲しみを癒す不思議な力を持っていた。
たった一人しか授かることのない聖なる光が齎す神聖法による『奇跡』を頼らずとも、彼女の外面と内面。構成する要素の一つ一つが、『聖女』の存在を確固たるモノへと昇華し、多くの者の心へ刻んでいく。
彼女はまるで、優雅に舞い上がる花びらみたいに幻想的で、儚かった。
悪を挫き、弱気を守る強大な眩しい光。何者をも救う、温かで神秘な奇跡。
神にも等しい、神聖で夢幻的な『奇跡』。
彼女の存在は、吹けば消え去る夢のようであり、人々はその儚くも尊い眩しい美しさに見とれ、敬虔な心で彼女を崇拝した。
何時如何なる時であっても、彼女は皆を助け守護する最高の聖女。
人々の味方。国の味方。正義の味方。
それが人々が得た、変わることのない笑顔で紡がれる───聖女セラスに対する答えであった。
※宝物聖書『聖女セラス』より抜粋。
◆◆◆
繰り返される夢幻の中。ナイものねだりの日々において。
少女の記憶は尚も、ずっと過去を想い回帰する。
『いつか、一緒に旅に出たいね!』
『……旅?』
『うん! セラスと一緒にさ、色んなところを見て回りたいんだ! 世界って、きっととっても綺麗なんだよ!』
ニコニコと笑う少年の笑顔を、少女──セラスは眩しそうに見つめた。
太陽により明るく照らされる草原。心地の良い風。空気は澄み、色付いている。
否定する気はない。そのとおりだ。間違いなどない。だって、あなたはいつでもキレイだから。
『……そう、だね。フォスの言うとおりだ。私も……世界はキレイと思う』
『え、なんでボクの頬を撫でるの? く、くすぐったいんだけれどもセラス!』
『……さぁ、なんでだろうね?』
身を捩り、逃げようとする少年──フォスの頬を両の手で掴み、セラスは頬を緩める。
記憶の中のあなたは変わらない。どうしようもないほど変わらない。
真っ白な髪も、色素の薄い柔らかな肌も、自身とは違う蒼氷色の瞳も、優しい朗らかな笑顔も。
全てが、変わらない。
『……本当に、キレイだ』
想いが溢れる。きっと、フォスとの思い出を繰り返す度に、これからも大きく育ち溢れ続けるだろう。
回帰は続き、地獄は廻る。あの子の笑顔は記憶に流れ、形を失い絶望を作る。
少女は求める。幸福な結末を。
少女は願う。幸福な未来を。
そのために、例え幾つもの屍の上に立つことになろうとも、少女は最後まで抗うことだろう。
大切な人を護り救うために。
これは、少女セラスが『世界』を救済するべく、絶望に抗い戦う物語。
そして、少年フォスが、聖女セラスにビビり散らかし、セラスから逃げ出そうと奮闘する噺だ。
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