第3話 アルカナ聖歌隊

「どうぞ」


「し、失礼しますぅー……」


 放課後からしばらくした後、ついに列の最後尾のミユの順番がやってきた。用件はよくわかってないが、最高責任者である学園長との面談なら欠席はできない。

 学園長室のドアを軽くノックしてみると、中からどこか軽薄な印象を与える若い男性の声が返ってくる。恐る恐る室内に入っていくミユは歩いて三歩もしない内に鳥肌が立った。


「ウエハラ ミユ、さんね。初めまして、ボクの名前はミハラ ケイジ」


 声の主は部屋奥の席から立ち上がる。男の顔も服装も20代のように若々しく、貫禄の無さのせいで学園長には全く見えない。

 だが、ミユは目の前の胡散臭い学園長よりも気になることがある。


「……すごいね。さすがは神秘と英知を司る『女教皇』のアルカナ、人が隠れてるのわかっちゃうんだね」


「? せ、せんせい?」


 ミユは子供の頃から霊の存在を信じている。なぜなら彼女は「霊感」と呼ばれるセンサーを持っている、正確に言うとそれは秘匿された常人が感知できない存在を曖昧な感覚。

 この不可視な霊感こそ、彼女が「女教皇」に属する一種のアルカナ能力の証拠である。


 そして、入室した瞬間から彼女のセンサーは発動した。部屋の四方にいる彼らの気配に反応して。


「やれ」


 学園長がそう言うと壁際で潜伏していた大男2人は体を包んでいた光学迷彩を解除した。次の瞬間、彼らはミユが振り向く隙も与えずに背後から怪しげな首輪状の装置を取り付ける。そしてそのままミユが気絶するまで首をキツく締めた。 


「会長、もう出てきて大丈夫ですよ」


「全く、手荒いわね。かわいい教え子に暴行するなんて」


 会長と呼ばれる女性は先程の大男たちと同じように光学迷彩を解除して現れる。注意する言葉とは裏腹に彼女は上機嫌に微笑む。


「教え子? ……ハハ、ご冗談を。実験体ですよ」


 学園長の外見は若者のそれに違いないが、話し方やテンポから何となく年齢の積み重ねが漏れ出る。そこそこ付き合いの長い会長でもこの男の本当の年齢がわからない。


 ケイジは気絶して倒れたミユの額にそっと触れると、両者の双眼が青く発光し始める。


「キミたち、この『女教皇ミユ』ちゃんを地下第一実験場に連れていってくれ」


「はっ」


 護衛二人はミユを抱えて再び光学迷彩を起動して姿を隠す。未成年拉致という非日常的な光景を目の当たりにして動揺した会長に気づいたのか、学園長は柔らかい口調で話しかける。


「この距離で実際に見るのは初めて、でしたよね?」


「ま、まぁ……心のどこかでまだ信じられないと言ってるわ……アルカナを模した22種の超能力を持つ子供たちだなんて。探知用に『女教皇』の子が必要と言っていたけれど、もしかして結構貴重なアルカナなのかしら?」


「貴重と言えるアルカナ能力は二つしかありませんよ。No.00の『愚者』か、No.21の『世界』の二つだけ」


「そうなのね。貴方自身は探知といった類いの能力を持ってないの?」


「今はないですね」


「今、は?」


「ええ……日進月歩な若者と比べたら、ボクみたいな老人の力なんてもうとっくにまでたどり着いちゃったんですよ」


 一瞬だけ声色から苛立ちが滲み出るもケイジは即座に自分の醜い部分を隠す。


「さあ、ボクたちも実験場へ向かいましょうか。アルカナ聖歌隊と騎士団のみんなを集合させたので」

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