第十五話 バレそうな場所で

「お前さ、何してんの?」

「ごめんて」


 昼休み、和哉かずや羽香わかの作ってくれた特製弁当を机の上に広げながら、牧人まきとに圧を強めて問い詰めていた。

 牧人は向かい側の椅子に座り込みながら、深々と頭を下げて謝ってくる。

 修学旅行、和哉は暗黙の了解で牧人と組む約束を交わしていたにもかかわらず、牧人は陽キャ集団からの誘いを断ることが出来ず、別のペアと組んでしまったのだ。

 その結果、和哉は亜美あみとペアを組むこととなり、男一人というなんとも気まずい班に組み込まれてしまったのだ。


「でもお前、最近米浦よねうらと仲がいいじゃねーか。だから俺なんかより本当は米浦と一緒がよかったんだろ?」

「いやいや、そんなことはないけど」


 和哉は手を横に振りながら否定するものの、実際問題、亜美とは膝枕をされつされつつの関係性になってるので、一緒の班になりたかったかと言われれば心の中ではYESと頷いている。

 ただ、牧人は和哉と亜美の関係性を知らないので、ここで素直に肯定する必要性はない。

 それに亜美のバイトの件は、二人だけの秘密なのだから。


「俺知ってるぜ。お前と米浦が授業中にイチャイチャしてたの」

「別にイチャイチャしてないっての」

「嘘つかなくたっていいんだっつーの。俺はしっかりとこの目で見たからな。お前と米浦が授業中に手を重ね合ってるの」

「は? いつだし」


 身に覚えがないといった様子で和哉は肩を竦める。


「昨日の授業中、米浦に教科書見せてた時だよ」

「そんなこと……」


“ない”と言い切ろうとしたところで、ふと思い返すと、亜美に手を掴まれ、そのまま太ももの上に手を置かれたシーンが頭の中によみがえる。


「心当たりがあったんだな」

「ち、違うっての。あれはただちょっとじゃれ合ってたというか」

「ふぅーん。授業中にじゃれ合うのか?」

「だ、だからその……」


 和哉は言い訳が思いつかず、視線を右往左往させてしまう。


「おいおいおい、言い逃れは出来ねぇですぜ兄さんよ。んで、それで、実際どうなのよ?」

「別にそう言うんじゃ――」

「またまた、はっきり言っちゃえよ。勇太ゆうたには言わねぇで置いてやるからよ」


 そう言いながら、耳に手を当てて和哉の返答を待つ牧人。

 一方の和哉は、とある方向へ顔を向けたまま茫然としていた。


「どうした?」


 その様子に気が付いた牧人が、きょとんと首を傾げて尋ねてくる。


「聞かれてるぞ」

「えっ?」


 和哉が指さした方を牧人が見れば、隣の席に座る亜美たちが鬼の形相でこちらを見つめてきていた。

 三人の間に、気まずい空気感が流れてしまう。


「あーっ……まあ、俺が悪かった。うん、ごめん」


 そんなことを言いながら、バツが悪くなって縮こまってしまう牧人。


「スゥーッ、俺、トイレ行ってくるわ。和哉は一人で弁当食ってくれ」


 そう言って、牧人は弁当を畳んで席を立ち、逃げるようにして教室を出ていく。


「トイレで飯食うのか?」

「たまにはいいだろ。一人で食う飯も一興だぜ」


 そんな訳の分からない発言をしながら、振り向くことなく教室を出て行ってしまう牧人。

 教室に取り残された和哉は、ちらりと亜美の方を見据えた。

 亜美は恥ずかしそうに頬を染め、和哉にむすっとした顔を向けている。

 和哉は手を合わせて亜美に謝罪するものの、ぷぃっと視線を逸らされてしまった。

 牧人も牧人で、隣に亜美がいることを確認してから話してほしいものである。

 結局、和哉は一人教室で羽香が作ってくれたお弁当を一人さみしく平らげていく。

 食べている間も、亜美がちらちらとこちらを見てくるので、和哉は居心地が悪くて中々食事が喉を通らず、無理やりお茶で流し込もうとして盛大にむせてせき込んでしまい、恥ずかしい姿を見られてしまうのであった。


「はぁ……」


 お弁当を食べていただけなのに、和哉はどっと疲労感がのしかかる。

 牧人のせいで変な空気感が亜美との間に生まれてしまったことが原因だろう。


「和哉君、ちょっといい?」


 すると、京子や真央たちと食事を終えて一人になった亜美が、和哉に声を掛けてくる。


「ん、どうしたの亜美?」

「ちょっとついてきてくれる?」


 亜美が席を立ち、ついてくるよう促してくる。

 和哉も椅子から立ち上がり、教室を出ていく亜美の後を追っていく。

 亜美は和哉と一定の距離感を保ちながら廊下を歩いて行ってしまう。

 昼休みということもあり、廊下には多くの生徒の姿が見受けられる。

 休憩時間のひと時を楽しむように、友人と雑談に興じる者、何やら鬼ごっこに似たような遊びをして遊んでいる者などそれぞれの楽しみ方をしていた。

 そんな雑踏を避けるようにして、亜美はぐんぐん階段を上層階へと昇っていく。

 亜美がこうして昼休みに和哉を呼び出してきたのは初めてかもしれない。

 和哉はそんな感想を抱きながらついていくと、ふと亜美を見上げて気づいてしまった。

 今亜美は、無防備な状態で太ももを晒していることに……。

 和哉は思わず視線が靡くスカートへと向いてしまう。

 ヒラヒラ揺れるスカートから伸びる亜美のムチっとした太もも。

 一段、 一段段差を上がっていくたびに角度が付き、太ももの絶対領域が見え隠れする。

 だがしかし、付け根までは見せそうで見えなくて、じれったい時間が続く。

 和哉が亜美の太ももを堪能しながら階段を上っていき辿り着いたのは、屋上へと続く階段の踊り場。

 普段屋上へ立ち入ることは出来ないため、屋上へと続く階段まで上がってくる生徒はほとんどいないのだ。


「よしっ、ここなら問題ないかな」

「えっと、ここまで来て何か話したいことでもあった?」

「それはその……練習に付き合ってほしいなって」


 そう言って、亜美は後ろ手から取り出した耳かき用具を見せてくる。


「えっ、学校でするの!?」

「少しでも時間を無駄にしたくないの! それに放課後は、和哉君も生徒会活動があるでしょ? 家の予定だってあるだろうし、あんまり時間を拘束しちゃうのはよくないかなって」


 亜美はとても気配りのできる女の子なのだ。

 ただ、和哉は放課後むしろ生徒会の疲れを癒しに亜美の耳かきを堪能している節があったので、別に時間を無駄にしてしまっているという認識はまるでない。


「分かったよ。でも、放課後もいつも通りお店に行くよ。亜美が上達できるよう少しでも役に立ちたいから」

「本当に邪魔にならない?」

「平気だよ。俺にとってはその……ご褒美みたいなものだから」

「そっか……ご褒美なんだ」


 言葉のチョイスを間違えてしまったのだろうか、亜美がモジモジと太ももをすり合わせている。

 太もも同士がくっつきあい、ムチっとした感触がより視覚的に分かり、和哉はじぃっと亜美の太ももを見つめてしまう。

 それに気が付いた亜美が、もう片方の手で持っていたひざ掛けでバっと太ももを隠してしまった。


「和哉君のエッチ」

「ごめんなさい」

「もう、今から耳かきの練習するのにそんなに見つけられたら恥ずかしいじゃん……あぁもう、ジャージ履いてくればよかった」


 生足で着てしまったことを後悔する亜美。

 しかし、今から教室に戻って更衣室でズボンを履いてきていたら昼休みの時間が終わってしまう。


「ひざ掛けの上からだからね」


 そう言って、亜美は辺りを確認してから踊り場の地べたにへたり込むと、その上からひざ掛けをして耳かき用具を用意していく。


「はい、こっち着て」


 そして準備を終えると、ポンポンと自身の太ももを叩いて和哉を促してくる。


「し、失礼します」


 いつもとは違う緊張感を纏いながら、和哉は亜美の横に座り込み、着地点を確認しながら体を寝転がらせていく。

 そして――

 ポフッ、ムチ。

 着物越しとは違う生々しい太ももの感触が和哉の後頭部全体に伝わっていく。


「おぉっ……」

「へ、変な声出さないでよ」


 亜美は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。

「それじゃ、耳かきしていくから向こう向いて」

「分かった」


 和哉は大人しく亜美の身体とは反対方向へと身体を向けて、左耳を上にする。

 すると、亜美は口元を近づけてきて――


「和哉君のバーカ」


 と、吐息多めの声で囁いてくる。


「うぅっ……だから耳元で囁くの反則」

「ふふっ、和哉君可愛い。普段はあんなにエッチなのに、私に膝枕されながら吐息を吹きかけられるだけでヨワヨワになっちゃうんだから。もう私をどれだけ悶えさせえたら気が済むの?」


 両頬に手を当てて、ふにゃふにゃとした顔で悶絶する亜美。

 和哉だって、自身の耳が敏感だなんて知らなかったのだ。

 亜美に吐息を吹きかけられてこそばゆくて勝手に身体がビクンとしてしまうのだから仕方ないのである。


「それじゃ、耳かきしていきますねー」


 和哉が吐息を吹きかけると抵抗できずに大人しくなることを知っているからか、亜美は安心した様子でジョリジョリと外側から耳かきをしていく。

 流石に二回目ということもあり、多少のぎこちなさはあるものの、耳に刺激を与えることに対しての抵抗はなく、リズミカルに掃除を初めて行く。

 クルクルッ、シュルシュル、ジョリジョリ。

 綿棒で耳の外側を丁寧に掃除していく亜美。


「はーい、もうこんなに汚れが付きましたよ」


 汚れた綿棒を眺めながらうっとりとした表情を浮かべる亜美。


「てか、昨日掃除してあげたばかりなのにもうこんなに汚れてるって、和哉君のお耳はどうなってるのかな?」

「それは俺も知らん」

「ふぅーん。まあでも、こんなにすぐ汚くなっちゃうなら、アーシがちゃんと毎日綺麗になるまでお掃除してあげないとね」


 そう言って、亜美は再び綿棒を耳元へと押し当てると、今度は耳穴の中へと突っ込んでいく。


 ゴリゴリゴリ、カリカリカリ。


 上下に綿棒を動かして、リズミカルに耳の穴の中に溜まったごみを取り除いていく亜美。


「あっ……そこいい」

「んー? ここが気持ちいいの?」

「うん、そこ好き」

「ここがいいんだぁー。じゃあ、擦りすぎて肌を痛めない程度に重点的にしてあげるね」


 ジョリ、ジョリ、ジョリ。


 丁度良い加減で、和哉が気持ちいといった部分を重点的に攻めてくる亜美。


「あぁーっ、最高」

「ふふっ、和哉君の顔、トロトロになってきてるよ」


 和哉がリラックスしてくれているのが嬉しいのか、亜美も嬉しそうな声を上げながら耳かきを続けてくれる。


 カツッ、カツッ、カツッ、カツッ。


 とそこで、誰かが階段を上り下りする音が聞こえてきて、和哉と亜美はビクっと身体を震わせて固まってしまう。

 ここはお店ではなく学校の中なのだ。

 登ってくる生徒はいないと分かっていても、足音が聞こえてきたら身構えてしまうのは当然のこと。

 しばらく耳を傾けて様子を窺っていると、階段を上り下りしている足音が遠ざかっていく。

 和哉はふぅっと安堵の息をついた。


「危ない、危ない。私たちの秘密、ばれちゃうところだったね」


 耳元でそんなことをささやいてくる亜美。


「学校でこんなことしてる時点で、ばれてもいいって思ってるだろ?」

「さぁ、どうでしょう?」


 肩を竦めて見せる亜美だが、声色に嫌な素振りは全くない。

 これは、いつかバレてしまってもいいわけが出来ないだろう。


「でも、和哉君だって一回は考えたことあるんでしょ? 学校の人気のない場所で、アーシにこうして耳かきしてもらうの」

「それはその……」

「正直に言ってくれたら、ひざ掛け取ってあげてもいいよ?」

「してました。めちゃくちゃ想像しました。亜美とこういうシチュエーションでドキドキした体験をしたいなって思ってました」

「うっわ。太ももにガッつきすぎ。和哉君は現金なんだからぁ」

「だって、亜美がそんなこと聞いてくるのが悪いんだよ」


 和哉は半ば強引に責任転嫁をする。


「はいはい、でも流石にまだ生太ももはアーシが恥ずかしいから。今度は右耳をこっちに向けてくれるかな? そしたら、アーシが和哉君を安心させてあげるから」

「安心?」

「そう、あ・ん・し・ん♡」


 そんな魅惑的な言葉をささやかれてしまったら、反対側へ身体を寝転がらせるしか選択肢はない。

 和哉はくるりと身体を反転させて、亜美の制服側へと身体を向ける。


「はい、よくできました。むぎゅー」

「なっ!?」


 刹那、亜美が和哉の頭を抱きかかえるようにて身体を倒してきたのだ。

 亜美のフローラルな香りが鼻腔をくすぐり、何より亜美の柔らかい部分が顔に触れてしまう。

 思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまい、身動きが取れなくなる和哉。


「ふふっ、大人しくなったね。それじゃあ今度は右耳を掃除していくよ」


 前屈みの状態のまま、亜美が右耳の外耳へ綿棒を押し当てていく。


「おっ、こっちの姿勢の方がお耳の穴がよく見えてやりやすいかも。でも流石にこの体制はお客さんの前では出来ないから、和哉君限定だね」


 和哉は亜美に包み込まれているため反応すらできない。

 ただ息を吸い込み、亜美の甘い香りを堪能する機械へと成り果てている。


「大丈夫だよ。もし誰かに見つかったとしても、和哉君だっていうのは顔が見えなくて分からないから。安心してアーシに身を任せちゃっていいからね」


 ふぅー。


「うっ……!?」

「もーっ、身体ガチガチだよ。もっと体の力抜いてリラックスして?」

「んなこと言われましても……」

「平気だから。ねっ?」


 亜美が和哉の頭を優しくポンポン撫でてくれる。

 まるで母が我が子をいたわるように……。

 そうされていると、緊張して昂っていた感情も次第に落ち着いてくるから不思議である。

 和哉の身体から力が抜けていき、亜美に身を委ねてしまうのだから。


「ふふっ、やっとリラックスしてきたね。それじゃあ今度は右耳も綺麗にしていくね」


 ふぅーっ。

 亜美に再度と息を吹きかけられて、和哉はまたビクンと身体を震わせてしまう。

 結局、和哉は亜美に翻弄されっぱなしのまま、学校でドキドキな耳かき特訓をこれでもかと堪能してしまうのであった。

 耳かきを終えて、ヘトヘトになった和哉を満足そうに見据える亜美。


「私の耳かき、上達したかな?」

「それはもうめちゃくちゃ成長したと思うよ」

「本当に? やったぁ」


 嬉しそうに握り拳を作る亜美。


「これで私もお店デビュー出来る日が近いかも! やっとお姉ちゃんに貢献できる日が近くなってきた!」

「そうだね、美紀さんに喜んでもらえるといいね」

「うん! ありがとうね、和哉君!」


 顔を綻ばせて、満面の笑みを浮かべる亜美。

 美紀の仕事も手伝えて、和哉も練習台として亜美の膝枕を堪能させてもらって嬉しいはずなのに、なぜか心の底から喜べない自分がいる。

 そのモヤモヤとした感情は、考えれば考えるほど、和哉の心の中を蝕んでいく。


「どうしたの和哉君。そんな真剣な顔して?」


 和哉の様子に気が付いた亜美が、きょとんとした表情で尋ねてくる。


「いや、何でもないよ。早くお店に貢献できるといいね」

「うん! アーシ、もっと頑張る!」


 どうしてだろうか。

 亜美が成長出来て、お店に貢献できてうれしいはずなのに……。

 和哉の心の中にあるモヤモヤがすっきりと晴れることはなく、チクチクと突き刺さっていた。

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