第42話 神の力

銃弾は全て、由良が作り出した炎の壁によって防がれ、焼け焦げた弾丸が、いくつも道に転がっていった。

やがて、その銃弾も、トリガーをいくら引いても、発射されることはなくなってしまった。

「…それで終わりかしら?」

涙で視界が滲む。目の前の女性は、今すぐにでも自分を焼き尽くすだろう。だが、小春の未来視はいつまでも、自分を焼き殺す予知を告げてはこなかった。


「あなた、もしかして自分が何で殺されないのかって、疑問に思ってる?それとも、安心しきっちゃってる?」

「………」

小春は答えない。未だに、空の銃を突きつけたまま立ち尽くしたままだ。

「それはね、あなたのこと……」

由良の言葉は、途中で渇いた銃声と共にかき消された。


小春が音の方に振り返れば、そこには銃を持った一哉の姿があった。

「小春さんさ、わかるでしょ?この状況。あんた舐められてるんだよ。絶対自分を殺せはしないだろうって、殺せるわけないだろうって、油断しきってる」

「……あなた、人が会話している最中に撃つなんて、行儀がなってないんじゃなぁい?」

怒りに震えた顔で、由良は一哉を睨みつける。だが、一哉はそれに対し、表情一つ変えることはなかった。

「それを言うなら行儀通り越して法律すら守れてないアンタにごちゃごちゃ注意される道理はないけどね。勝ち誇ってる最中に不意打ち食らって、さぞや機嫌が悪そうだね」


「だったらあんたをこの場で焼き殺してあげる。今彼女は動けない。彼女が未来視の力を持っていることはよくわかった。あんな風に"心を折った"のだもの」

話を続けながら、由良は火の玉を一哉に向けていくつも射出する。見る人間が見れば、ただそれはデタラメな軌道を描くだけの攻撃に見えるだろう。

だが、火というものはもっとも原始的でありながら、それは全てを焼き焦がす。

デタラメな攻撃であったとしても、一つでも当たってしまえば……。


いや、炎が一哉に当たることはなかった。

一哉はそれらを全て『自力で回避した』。

由良がデタラメに放った火が、アスファルトの道路をいくつも燃やし、草が燃える匂いが、あたりに立ち込める。

「さっき予備動作を見切ったから、その炎は当たらないよ」

そのまま、無慈悲に一哉はトリガーに手をかける。

銃弾は正確に由良の右腕を撃ち抜き、遂に由良は膝をつく。


「才能<ギフト>があるからって人は万能じゃない。才能<ギフト>に驕ったアンタの負けだよ」

銃を未だに手にかけていた小春は、既にリロードを終えていた。

由良を追い詰める一哉の姿を見て安心したのか、あるいは自分の中で何とか決着をつけたのか。自身も驚くほどに、冷静に弾丸を込め直すことに成功したのだ。

由良を殺すわけにはいかない。だったならば、無力化して、警察にでも引き渡す。それが、この数瞬のうちに考えた小春のプランだった。

だが、それはある予知によって崩壊する。


「一哉君、離れて!!」

小春の呼びかけに、一哉の反応は……遅れた。

突如由良の周囲の空気が爆発し、周囲一帯が爆風に包まれたのだ。

「一哉君!!」

「カズ!!!」

煙が晴れる。そこには、身体のあちこちが焼け焦げた一哉と、同じようにあちこちが焼け焦げた姿になった由良の姿があった。

「クソ……やられた……勝ち誇った時ほど油断しちゃいけないのは、オレもそうだった……!」

銃を持つ腕に力が入らず、遂に銃をその場に落としてしまう。それは、もう一哉がこれ以上戦うことが出来ないというサインに他ならなかった。


「本当にふざけるんじゃないわよ。…こっちにだって痛み分けなのだから」

由良の方もだいぶ限界に近いらしく、立っているのがやっとのようだった。ただでさえ、銃で二発も撃たれて血を流しているような状態だ。

だが、一哉はほぼ戦闘不能、悠希も近づくタイミングをほぼ見計らっているだけの状態。明らかにこちらに打てる手は、残っていなかった。


「ほう、なかなかどうして、現実味があって困るな」

「ところで、……あの未来視の能力、噂に聞いたことがあります。数ある才能<ギフト>の中でも、かなり最上位に位置する能力だとか」

「才能<ギフト>に上下関係が存在するとは聞いたことがないが、昔は才能<ギフト>は神の力だとか言い出すやつもいたな。大方怪しい宗教で金を巻き上げるようなやつばかりだったから廃れた言説だが、君は神を信じるかい?中川君」


中川は少し黙り込む。

彼にとって、神の存在などは実はどうでもよかった。昔からこの国では八百万に神が宿るといった神話が存在するが、中川からすればそんなことはまるで実感できないことだった。

何せ、神は直接己に干渉してくるわけではないからだ。

己に触れてこないものが、本当に存在するものなのだと、彼に信じることは出来なかったのだ。


「まあ、信じていないか信じているかで言えば、信じていない、の方になるのでしょうかね」

「…そうか。紬はどうだ?」

「今は正直それどころじゃないんですけど…そうですね。私も信じてはいません。というか、話が見えてこないんですが…」

紬の表情は焦りの影が見えていたことに、中川も華月もとうに気づいていた。早く話を切り上げようと、中川が話を切り出す。


「世の中にはある種の運命とでもいうべきでしょうか、決まった流れのようなものがあるそうです。ところが、才能<ギフト>の中にはそういった運命に干渉、あるいは操作してしまうものがあるそうです」

中川はわざとらしくコホンと咳払いをしてから、表情を真剣なものへと変える。

「もうおわかりですね?白川小春さん、彼女の能力が、それにあたる可能性があります。そして……」


「それだけ凄まじい能力を持っている彼女は、何かとんでもないものを引き寄せてしまっている可能性がある」

「つまり、小春の不幸体質だって、それによるものの可能性があると?」

「必ずしもそうだとは言いません。ですが、可能性はあります」

何やら話が見えなかったが、それでも、小春の能力に何か重大な可能性があると、まるで中川は確信しているかのような口ぶりだった。


それがとてつもなく、紬は気に入らなかった。

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