第15話 馬鹿らしくねぇ?
時は、少しだけ遡る。それは、小春が事務所までの道を歩いていた時の事。
「あれ……?このあたりだったはずなんだけどな……」
などということを呟きながら、顔をハンカチで拭きながら、フラフラとあたりを歩いている人影を見つけたのだ。
そういった挙動に、小春は大いに見覚えがある。いや、まさに。何日か前に自分がしていた行動そのもの。
そう、どう見てもその人物は、道に迷っているではないか。
「あの、すみませーん」
「うわっ、何!?」
振り向いた人影は、白い帽子を目深に被り、髪を二つ結びにした女性だった。
小春は彼女に見覚えこそなかったが、明らかに道に迷っているというその状況に、どうにもデジャブのようなものを覚えてしまい、こうして声をかけたのだ。
「お言葉ですが、もしかして道に迷ってらっしゃったりはしていないでしょうか?」
「…あー。あー、なるほど。声かけてくれた感じ?君優しいね」
顔立ちから受ける印象よりは少しだけ低い声で、彼女は小春に向けて感謝を告げる。デバイスで地図を見ながら歩いてはいるものの、その足取りはどうにも頼りない。
「んじゃさ、探偵事務所『KRONUS』って所知らない?そんな有名なとこじゃなさそうだからわかんないかもしんないけど、もしあれだったら教えてよ」
「KRONUSでしたら…私そこの職員です」
「マジ?」
「マジです!」
妙にまっすぐな小春の視線に、女性は少しだけ困惑した顔を浮かべる。
「そりゃ丁度良かった。いや~俺ってば運がいいのかもな。んじゃ、俺の身分も明かしときますかね。
相良広夢。こう見えても警察官ってやつです。いやまあ、ちょっと事務所の方に用あったんだけどね。御覧の通り迷っちまったんだわ」
「広夢さん……ですね。なんか、ちょっと変わった人ですね」
発せられる雰囲気から、明らかに彼女が只者ではないことが、小春に感じられた。いや、むしろ「KRONUS」の職員たちにも匹敵するほどの個性のようなものを、感じ取ってしまったと言うべきだろうか。
「俺さ、『KRONUS』については何度か調査の対象にしてるんだけど、君のことは初めて見たんだよね。もしかして新入り?」
「はい。もしかしなくてもそうです…。先週から入りました」
「先週!?そりゃまた随分と最近だねぇ。道理で知らんわけだわ。大変でしょ?ぶっちゃけ探偵ってよくわからん仕事だし」
これまで小春は、別に探偵らしい仕事をしたというわけではない。何なら、ほとんど依頼も来なければ職員も暇そうにしているくらいだ。正直、ちゃんと稼ぎが入るのかどうかすら、小春にとっては少しだけ怪しいと思うほどだった。
「は。はぁ…でも、皆優しいですよ。きっと広夢さんにもよくしてくれると思います」
「いやぁ…どうだか。というか別にオレここに入りたいとかそういうわけじゃないんだけどね」
「あ、もうすぐ着きますよ!」
「マジ?意外と近かったなぁ」
道案内を終えて、小春はそっと胸を撫で下ろす。
どうにも、この相良広夢という人物からは、妙なパーソナルスペースの狭さというか、こちらの懐に無理やり転がりこんでくるような、そのような妙な雰囲気を覚えて、小春は会話に緊張してしまっていたのだ。
「ありがとね。つーかここさっき通ったじゃん。マジ見逃してたわ」
「あの、もしかして広夢さんも方向音痴で……?」
「そうなんだよ。つーか方向音痴の俺ほっぽいて一人で向かったやついてさ。マジありえねぇ」
不意に愚痴をこぼす広夢に、小春は苦笑いで応対する。
そうして、事務所のドアが開かれる。そこでは、既に職員たちが警察側と話し合いを進めている最中だった。
「すみませーん、遅くなっちゃいました」
「悪ぃ京太郎、道迷っちったわ」
道案内をしていた上に、広夢とそれなりに話し込んでしまったのもあり、小春は少しだけ遅刻をしてしまっていたのだ。時刻にして、約5分。
「いい加減あなたは地図を読む練習くらいしてくださいよ。こっちは喧嘩売られるわ大変ですよ全く」
「うわぁ物騒。までもいいじゃんそんなめちゃくちゃ遅れたわけでもあるめーに。それにここの職員の子に道案内までしてもらったし、悪い奴ばっかじゃなさそうだぜ?」
「色々大変なことになってるけど、簡単に事情説明するね。警察が例の連続殺人事件で協力しないかって話になってた所」
「…あー。それでそんなことになってたんだね。それに、この間の人もいる……」
「おや。あなたはこの間の新入りじゃないですか。広夢のやつの道案内ありがとうございます。こいつ、いつまで経っても方向音痴なので大変だったでしょう」
小春の姿を見るや否や、中川の側が接触してくる。小春は少しだけ緊張を覚えるも、話の内容は単なる世間話だったので、出来るだけ平常心で応えることにした。
「そうですね。でも、あんまりそんなこと言っちゃダメですよ。それに、方向音痴って体質らしいですから、治らない人は治らないらしいです」
方向音痴があくまで一朝一夕で治るものではないのは、小春自身が一番痛感している。
広夢に対しての対応に、少しだけ思うところがあったのだ。
「それで?追加で来たそっちの人は何者?見たところ、その中川さんって人の上司には見えないけど。服だって思いっきり私服だし」
「上司っつーか部下に近い立場だけどねオレ。というか来客に思いっきりタメ口きくねキミ」
「彼はそういうやつなんで気にしないでください…ほら一哉、いくらなんでもさっきから失礼だよ」
「…くっ、僕はとにかく反対だよ。こんな相手と手組むなんて」
一哉はそのまま、紬の注意を受けて黙ってしまった。
「久遠寺紬さんだっけ?そっちの男の子からの反応は芳しくないようだけど、君としてはどうなのかな」
「ああ。私達の名前ももう知られてるんですね。私としては賛成です。このまま私達だけの力では、この事件を解決に導くことは難しいと思います。そちらとしてもその認識なんですよね?」
「うん。そうだよ、京太郎から聞いた。そうだ。こっちの身分明かしてなかったね。オレ、こういう者だから」
広夢はそのまま、警察手帳を紬の方へと見せる。現在の印象とは全く違う警察手帳の写真に、紬は一瞬戸惑うが、そのまま自身も名刺を返す。
「それで、相良さん。念のためですが、あなた自身のスタンスも聞いておきたいです。警察としての立場だけではなく、相良さんとしてです」
「あんまり相良さんとか堅い呼び方されるの慣れねー。まあいいや、オレとしてはさ」
「わざわざ歪みあってんの、馬鹿らしくねぇ?って思うんだよね」
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