ゲームの自機が現実世界にやってきた

屍モドキ

第1話 自機が現実世界にやってきた


「あ」

 

 間抜けな声が口をついた。

 時刻は深夜、俺は広くもない暗い自室で、モニターの明かりだけを頼りにゲームに勤しんでいた。

 画面には「COMPLETE!」と表示されたトロフィー項目が表示され、俺はめでたくこのゲーム『ドラゴンナイトハンター』を完全クリアまで遊んだらしい。

 

 龍や獣が空を飛び地をかける広い大陸を駆け巡り、様々な国や仕事等を自分で選び、それを各々の人生として遊ぶ広大なアクションRPG。

 

 それが今、全ての項目を達成し、完全クリアされた。

 俺のゲームの冒険は終わった。終わったのだ。

 

「はぁ〜……」

 

 これだけが生きがいだった。

 嫌な現実を忘れ、夢と希望に満ち溢れるファンタジーの世界。この世界に浸る為、寝食も忘れて画面にかじりついて遊ぶ事さえあった。

 

 だが遊び終わったゲームにもはや知らないギミックもクエストも存在しない。もうこのゲームは完結してしまった。

 

「もう終わり、か……はは」

 

 渇いた笑いが溢れ、コントローラーを握る手が緩む。

 疲れた目を擦り、ゲームを終了させようとしたその時、画面の向こうにいる俺の自機が振り向いた。

 

 

 穴が空くほど見てきた画面の向こうにいる、白い衣装に身を包む小柄な女性剣士。

 

 身の丈ほどありそうな剣と盾を担ぎ、竜や獣相手に果敢に挑む姿は勇敢で、可憐で、凛々しかった。

 

 狩場と拠点を何度も往復し、身支度してはクエストに出掛けて目標を狩猟して帰還する。この繰り返しを幾度となく続けてはや今日が終りそうになっていた。

 

 そして彼女は画面の向こう、つまりは俺の事を見ている……気がした。

 

「なんだ……?」

 

 隠しギミック?

 でもそんなはずはない。俺はこのゲームをここまでやり込んできたが、こんなアクションはついぞ見た事が無かった。勿論攻略サイト等にも目を通しているがこんな知らない。

 

 俺の自機、真っ白な装備を纏った女の子がコチラを見据え、はにかみながら微笑む。

 そして何かを口ずさんだ。

 

『今行きますね』

 

 ……いや、幻覚だろう。そんな事があるはずがない。所詮はプログラム。ただのゲーム。たまたまそんなふうに見えただけかもしれない。もしくは今まで発見されなかったアクションだったのかもしれない。

 妄想甚だしい、と想像を切り捨て、俺はついにゲームの電源を落とす。

 

 明日も学校がある。

 家のことだってしなきゃいけない。

 今日はこの辺りで切り上げて寝よう。

 

 消え入るような朦朧とした意識のなか、勝手に動いたように見えた彼女を気にかける間も無く来てほしくもない明日に備えて早々にベッドに潜り、予定と憂鬱な感情に潰されながら思考を放棄する。

 

 ◇

 

 

 

 視線が消えた。

 見られていた視線の先へ向けて手を振ってみたら、慌てたように視線は失せて身体の自由が効くようになる。

 

 連日続けてのクエストに身体は固まり、少し身体を捻れば背筋からぼきぼき音がなる。

 

「ん、んぅ~……はぁっ」

 

 ほの暗い部屋のなかで全身を伸ばし、息を吐いて背負っていた盾と剣をしまう。使い倒した武器は手に馴染んだが、如何せん巨体なので持っても背負っても取り回しに困る。

 

 一息つき、暖炉で暖めたミルクを片手に部屋のなかをさまよい、『視線の彼』が残したリストを眺める。

 

「ふふ……」

 

 色々なギルドからの依頼や各地方でのミッション。細々としたサブクエストや探しに探した隠し要素等、ありとあらゆる達成条件を満たしてきた証。

 

 達成済みで溢れたリストの束を眺めて思わず笑みをこぼす。

 

 そうして時間を潰していたらリストが見辛くなってきたので窓の外に視線をやると、日は沈んですっかり夜になっていた。

 

「そろそろ寝ましょうか」

 

 ミルクを飲み干し、リストをアイテムボックスにしまって寝床に就く。

 感謝してもしつくせない思いを胸一杯に秘めて、次の朝日を待ち遠しく思いながら幸せに満ちた気持ちを抱えて夢に落ちる。

 

 いつか、逢えますよね……マスター。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 ふと気が付くと、私は知らない空間にいた。

 辺りは明るいが、霧が掛かっていて見通しが悪い。どこまで地面が続いているかもわからない。

 すぐさま芝生から飛び起きて臨戦態勢を取るが、脅威と呼べそうな相手も無ければものも無い。

 

 ただ、誰もいない真っ白な空間が広がっているだけだった。

 

「危険無し……警戒維持、でいいのかな」

 

 青々とした芝の絨毯を歩きながら、私は何かに導かれるような気がした。

 誰かの声が聞こえる。

 男の声……それも若い、男の子。

 しかも聞き慣れたような、暖かく安心する、心が惹かれるような。

 

 しかし同時にとても悲しそうで、つらそうで、助けを求めて手を伸ばしているような悲壮感すら覚えるような嘆願の声色をしていた。

 

 その声は歩く度に近くなり、そこが私の進むべき場所なのだと知覚する。

 

 やがて霧を割って現れたのは、一枚の木製の扉。

 草原のど真ん中にポツンと立ち尽くしているそれは明らかに異質なものだったが、彼の声は確かにこの扉の向こうから聞こえてくる。

 

 意を決し、私はドアノブに手を掛け、ゆっくりと戸を開く。

 そしてその先へと進んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 早朝、目覚まし時計のアラームが仕事を始めてけたたましい音量で騒ぎ出すので半ば叩く勢いでそれを止める。

 意識は覚めたが目蓋は重くへばりついて目を開けさせてくれず、カーテンの隙間から目蓋の裏を焼く日光を防ぐべく寝相を変えて窓に背を向ける。

 

 むにゅ。

 

「あっ……」

 

 手になにか当たった。

 柔らかいものだ。決して目覚まし時計のような固い無機物ではなく、握れば簡単に形を崩し、離せばすぐに元通りになるようなオブラートに包まれた液体のような、柔らかか暖かい物体。

 

 ふにっ。

 

「んっ……」

 

 掛け布団だろうか。しかしそれにしては張りがある気がする。この絶妙な感触は毛布では生み出せないだろう。

 

 くにゅ。

 

「はぅ……ん」

 

 それにしても暖かい。熱すぎず、冷たすぎず、人肌と同じくらいの温度をしたそれは触っていて安心感を覚えるほどの触り心地だった。

 

 

 ……待て。

 

 今ベッドの上にあるのはなんだ?

 マットレス、シーツ、自分、掛布団、枕。これらしか無いはずだ。マットレスは身体の下に、枕は頭の下に添えられている。掛布団はしっかり身体を覆い、目覚ましはベッドの縁に置いてあるので今手の内にあるものに当てはまらない。

 

 では今俺の手の中にあるこれはなんだ?

 

 頭痛がしだした頭を枕に抑えながら、片目を薄く開いて手を置いているところをじっと眺める。

 淡い青色の掛布団の上に、真っ白な衣装を纏った女の子が横向きに寝そべり静かな寝息を立てて胸を上下させていた。

 

 そして上下しているお山の上には自分の手が乗っており、ひしと女性の象徴を掴んでいた。

 

 パンク寸前の思考は眼前の女の子をなんと処理していいのかわからずまだ夢を見ているのかと誤認してしまう。

 

「おん……なのッ!?」

 

 無礼を働いたとすぐに手を離す。更に壁伝いに背を着けながらずりずりとベッドの上を後退り、カーテンに絡まってベッドの上から転げ落ち、床に頭を打って盛大に転げ回る。

 

「っ、いっでぇぇ……!」

 

 寝起き早々に騒ぎ立てて早くも貧血気味になった。

 部屋の揺れと窓からの日差しを受けてようやく目が覚めたらしい謎の白い女の子は、ゆっくりと上体を起こしてのんきに背伸びをしていた。

 

「ん、んんぅぅぅ~~~~~……はぁっ」

 

 窓際の日陰から朝陽を浴びる彼女を見上げる。

 既視感の感じる格好をした彼女は辺りを見回して首を傾げていたが、俺を見つけると寝ぼけ眼をすぅー、と見開いて開眼し、血色の良い笑顔を浮かべてベッドの上から飛び付いてきた。

 

「はじめまして、マスターっ!」

 

 成す術なく、逃げることも叶わず、冷や汗にまみれて呆然としている俺のことなぞ露知らずに白い女の子は何が嬉しいのかぎゅうと力強く抱き締めてくる。

 

 

 謎の女の子はまるで生き別れた恋人のような熱烈な抱擁をしてくるが、何分こんな容姿の優れた女の子と接点がまるで無い自分にはこの娘が誰なのか、更に言えば何故この娘は自分の事をマスターと呼んだのかもわからなかった。

 

「ま、待っ……誰だお前は!」

 

 抱きついてきた彼女を引き剥がし、しかし肩を掴まれたまま完全に引き剥がすことはできず両手で踏ん張りながら全身が密着しないように心掛ける。

 

「そんな、私のことが分からないんですか、マスター……」

「お前みたいなやつは俺の知り合いにはいない!」

「私の格好を見ても分かりませんかっ!?」

 

 そういいながら彼女はその場に立ち上がり、両手を広げて全身を見せつけてくる。

 尻餅を着いている状態なので足元から見上げる姿勢になってしまい、意図せず彼女のミニスタートとも言えないような獣の毛皮のような、馬のたてがみを巻き付けたような腰巻きから純白の逆三角形が覗いており、思わず目を背ける。

 

「ちゃんと見てください!」

「見えちゃってんだよバカ!」

 

 何がと聞きたそうに訝しい顔で首を傾げた彼女は真下を見て下着が覗いている事に気づき、遅れて赤面しながらその場にへたりこんだ。

 

「ご、ごごっ、ごめんなさいっ!」

「俺も見ちゃって悪かっ……いや待て、だからお前は誰なんだ」

 

 話が逸れはじめた。

 本題に戻って彼女が何者なのかを問い詰める。

 問われた彼女はむすぅっと頬を膨らませ、唇を尖らせながら此方を睨んでくるが不法侵入してくる美少女という謎のジャンルに怒るべきか嗜めるべきか悩んでしまう。

 

「ラヴィナ、ラヴィナ・ホワイトです。貴方のナイトですよ」

「……はァー?」

 

 素頓狂な声が漏れてしまったが俺は悪くない。

 言動も謎だし、そう言い張る理由も理解ができない。

 

「ナイトてお前、頭大丈夫、か……」

 

 頭の先から足の爪先までまじまじと眺めながら、否定しようとした言葉を飲み込んでしまった。

 真っ白な衣装はよく見れば毛皮や鱗のような意匠があり、オレンジの紐で各部を結わえた服は『装備』と呼んでも差し支えがないほどに頑丈な作りをしており、目を凝らせば使い込んだような後が各部に見受けられた。

 

 

 額にあてられた蒼い角飾りに、爬虫類の皮を思わせる真っ白な胸当や手甲、脛当には雷を思わせる黒い模様がが入っている。

 腰回りや装備品の端には白いたてがみのような獣の毛があしらわれてあり、腰からは馬の尾を模したような長いものが伸びていてしなやかに揺れていた。

 

 その見た目は確かに、昨日まで自分が遊んでいたゲーム『ドラゴンナイトハンター』で自分が作った装備と同じ物だった。

 

「ら、ラヴィナ、なのか……?」

「はい、私は貴方のラヴィナです!」

 

 彼女は生き写しとでも言っていいほど、自分がゲームで作ったキャラクターにとても酷似していた。

 

 

 あぁ……もしも夢なら、覚めてくれ。

 

 頭痛のする頭を押さえて俺はその場に踞ってしまった。

 

 

 

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