第一章 世界樹の写し木 第11話
螺旋階段を抜け、嬢王の間と呼ばれる広い空間に出ると、ソラは視界に映ったものが何かを認識して顔を歪めた。
壁、床、天井問わず、小さいものでも30cm、大きいものだと2mほどの大きさの白い卵が、空間を埋め尽くすように張り付いており、床を二分するような形で人が1人が通れる細さの道が先に続いている。
空間を埋め尽くすように卵が存在するため、その場は薄暗く、やけに湿度が高いため、よりこの場の気味悪さを増幅させるのだった。
「申し訳ないけど、率直に言って気持ち悪い。」
「右手に同意。」
「まあ、ここで生まれた私が言うのもあれですが、気持ちのいい光景ではないですよね。道の奥にいるのが嬢王様です。」
声に従い細道の先へ一行は視線を向ける。ソラ達から30mほど先にいるのは全身をバラのような真っ赤な甲殻で包まれたハングリーアントであるが、体色のほかに身体のバランスとサイズ感が異なっていた。上半身は通常のハングリーアントと同様だが、下腹部のサイズが、およそ2m程度の上半身に対して6~7mはあり、黒い血管と思わしきものが隆起している。
「嬢王様のお腹凄いことになってるけど、あれ通常時なの?」
「俺が魔物図鑑で見たハングリーアントの嬢王様とは大分違うんだけど。」
「……私の記憶にある嬢王様とも異なりますね。」
通常ハングリーアントの嬢王蟻の体色は赤黒く、どちらかと言うと黒の要素が強いのが一般的である。また下腹部が大きいのも特徴だがそのサイズは2mほどであり、ダンジョンボスである嬢王蟻が規格外に大きいことが分かる。
「なんか怖いし、幸いにも食事中みたいだからバレない内に終わらせようぜ。」
右手からの声に同意を込めてうなずき、ソラは右手にゴエティアを召喚する。
ソラが瞳を閉じ、詠唱を始めると周囲が青い光に包まれ、魔導書のページが自然に風で煽られるようにめくられていく。魔力の圧により空間が歪んでいくのか、硬い物がひび割れるような音が発すると、ソラを中心とした円状に次々と卵が割れていった。
雰囲気の変化を察した嬢王蟻がソラ達の方へ顔を向けるも、そのころにはソラの準備は完成していた。
「無明の智慧 死相の息吹 虚空
盟約より顕現せよ 第29の柱 アスタロト」
ソラの手から離れた魔導書が頭上に浮いていくと、ガラスが割れるような音共に上部の空間に亀裂が入り、周囲を黒く歪ませていった。魔導書が歪みに巻き込まれると、耐えられなくなったように空間が砕け、赤い魔力と共に異形の存在がその場に顕現した。
その姿は、人型の上半身とドラゴンの下半身をもっており、下半身は青い鱗に覆われた巨躯に、赤く鋭い眼光に似合う牙と爪を携えている。
ドラゴンの背にある3mほどの大きな翼の間から人型の上半身が確認できる。一見すると爽やかな美青年のようだが、背後には鳥の羽毛のような優しい翼をもち、対照的にその右手は、口に入りきらないほどの大きな牙を覗かせた凶悪な蛇の姿をしている。
異形の存在はソラを一瞥すると、左手で下半身のドラゴンの背を撫でる。するとその意を組んだかのように、ドラゴンは口を大きく開き緑色をした息吹を周囲へと吹き付けていった。
ドラゴンが息吹を吐くのを満足そうに確認すると、次は右手の蛇の頭を左手で撫でる。すると瞬きをするかのような一瞬の間で、蛇の胴体が伸び、嬢王蟻までの距離30mを埋めた。急接近に驚いた嬢王蟻が反応する間もなく、口を大きく開いた蛇が頭部を丸のみにする。さすがに腹部は大きかったのか、上半身のみを噛みちぎると、元の位置へと戻っていった。
その間もドラゴンによる緑の息吹は止まらず、嬢王の間を満たしたかと思うと、それだけでは収まらず、ソラが入ってきた螺旋階段を下るように広がっていった。
あまりの展開の変化と、アスタロトの存在から口を開けずにいたスカーだが、緑の息吹に触れた兵隊蟻達が倒れている事に気づくと、動揺したようにソラへ目を向ける。それに気づいたソラが返事をする。
「この緑のやつ? これは毒だね。」
笑顔で緑の息吹を指さして答えるソラにスカーは背筋を震わせるのだった。
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