特別編(おまけ)

特別編 とある〝家族〟への願い

『―――ウウ~』


 白い猫が窓際で、何かを警戒するかのように、毛を逆立てて唸る。

 けれど、それがすぐに落ち着いた頃、一家の母親は猫を抱き上げつつ語りかけた。


ちゃん、どうかしたの? 誰かいるのかしら。こんな所にお客さんなんて、珍しいけれど……ううん、誰もいないわね?」


 少なくとも家の敷地内、そしてそれほど高くない柵越しには、何も見えない。

 何となく遠目に、モンスターのように巨大な何か――の端に似た物が、森の奥へ消えた気はしたが、母親は〝気のせいね〟と身震いしつつ結論付ける。


 もしまたモンスターの侵略でもあったら、という母親の不安を察してか、どん、と後ろから娘が抱き着いていった。


「おかーさん、どーしたの? ナニャ、何かあった?」


「あら、ナニャじゃなくて、ナナでしょ。うふふ、まだまだ舌足らずねえ……ううん、な~んにも。気のせいだったわ。……ん~、でも、ねぇ」


 過去の記憶を思い出して――けれど不思議と、辛いことではなく。

 とある、大切なの幸せな記憶を思い出し、母親は言う。


「そう、ついさっき、ね……懐かしい鳴き声が、聞こえた気がしたの。十年以上も前に、離れ離れになっちゃった、大切な家族……〝あの子〟の鳴き声が、聞こえた気がして。……モンスターの支配する世界じゃ、見つけてあげることも、出来なかったけれど……あんな小さな子猫が、無事でいられるとは、思えないけれど」


 娘を抱きしめながら、微かに俯く母親が、おとぎ話でも聞かせるような優しい口調で、願いを囁く。



「もしかすると、モンスターの侵略から逃げ延びて、どこかで生きていて……そして、。〝新しい家族〟に、迎えられて。それで、幸せに生きているかもしれない。ひとりぼっちなんかじゃない――暖かな家で、優しい誰かと一緒に、今も楽しく賑やかに。夢みたいな話だけど、そう、信じているの」



「…………?」


「ふふっ、難しいわよね。さあ、ご飯にしましょう。ナナと一緒に、お父さんを呼んできてくれる?」


「うん! いこ、ナニャ!」

『ナ~ウ』


 白い猫を連れて、仲良く家の奥へ向かう、愛娘を見送って。

 母親は、もう一度、窓の外を見つめた。



 娘に語ったことは、確かにおとぎ話のような、夢物語に過ぎない。

 あの大切な〝家族〟は、離れ離れになって、すぐに命を落としてしまったかもしれない。そうでなくとも、十年以上も前の話だ。生きている、と思う方が難しい。


 それでも。

 ああ、それでも。


 暖かな記憶は、消えない。一緒に過ごした日々が、無くなるわけではない。


 母親は、今も〝あの子〟のことを、鮮明に思い出す。

 ふわふわな三毛キャリコの毛並み、温かな体、窓際で眠るのが大好きで、抱きしめれば日向の匂いがする、〝あの子〟のことを。


 そうして。

 どうしてだか、すぐ近くにいるような、そんな気がしてならない。


 窓の向こうへと、〝あの子〟に向けて、届きますよう。

 願いをこめて、声を贈った。



「心の底から、あなたの幸せを、祈っているわ。

 たとえ、どんなに離れていても、変わらない。


 ずっとずっと、愛しているからね――ミーナ」



 きっと世界中の、誰もが、そう。


 大切な、家族アナタを想い、幸せを祈り、願う。



 愛している―――それだけは絶対に、真実ホント―――

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