2国:第10話 家族

「フーッ……ふう、ふう……ホントに逃げ切れた、ニャ?」


 前を走る銀髪メイドの先導、上空からの魔女娘の誘導、それらの甲斐もあって、何度目かの裏道を抜けて――ワー・キャットの少女は、とうとう猫又の兵隊たちから逃げおおせることに成功した。


 ちなみに銀髪メイドことロゼは、先導……をとっくにやめ、ミーニャの背後に回っている。


「――耳は滑らか、尻尾はモフモフ、非常に良い毛艶、とロゼは分析します。即ち、とても満足、と解します。モフモフ、モフモフ」


「オイコラ、ニャにしとんニャ。誰も触っていいと言ってニャいだろ」


「……? 先ほど〝後にしろ〟と申されたはず。ゆえに、おります次第。そして行為を中断するという選択肢を、ロゼは持ちません。続けます。モフモフ」


「ニャんだコイツ……猫より自由じゃニャいか……ヤベーヤツだニャア……」


 無表情ながら、割と縦横無尽に欲求を完遂しようとする美貌のメイドに、ワー・キャットのミーニャといえど恐れるしかない。


 そんな折、空中からは箒に乗った魔女娘――トゥーナが降下し、軽やかに地面に立った。


「よいしょ――っと。ふうっ、上手く逃げられたわね、よかったよかった。……ん? あら、ロゼと……ミーニャ、でいいのよね? 見ない間に、何だか仲良くなったわねー」


「これが仲良しに見えるニャら、オマエの目は節穴と言わざるを得ニャい」


「あら、そお? あっと、自己紹介してなかったから仕方ないけど……オマエじゃないわ、アタシはハロウィン・タウンの魔女娘、トゥーナ=スクウォッシュ=ウィッチ・ガール! まっ、よろしくねっ♪」


 箒を持っていない右手でピースサインを作り、茶目っ気たっぷりにトゥーナが自己紹介する。

 続き、いまだにモフり続ける銀髪メイドが、行為を一切中断することなく美声を紡いだ。


「ロゼは、ロゼ。マスター・アインの、忠実なるメイドです」


「コイツ、マジでやめねーニャア……で、メイドのロゼと、ハロウィン・タウンの魔女娘トゥー、ニ、ァ……ああもー、呼びにくいから、トゥトゥって呼ぶニャ。……一体、何が目的ニャ? オマエらからお団子を盗んだ、ミーニャを助けるニャんて……それに、マスター……アインって?」


 警戒は決して解かず、探るように視線を動かすミーニャに、トゥーナはむしろ胸を張って堂々と言った。


「あら、いきなり愛称で呼んでくれるなんて、仲良くしたいみたいじゃない? なーんて、冗談だからイチイチ怒らないでよね。んふふ、お団子を盗んだことくらい、アタシ達の誰も気にしないわ。だっていつも……アタシの絶品カボチャ料理を食べさせてあげてるんだから! ね、ロゼ?」


「はい全てロゼ様の仰る通りです。ごっつぁんです」


「なんか妙に早口だった気がするし、ロゼらしからぬ言葉遣いが飛び出した気もするけど……そうなっちゃうくらいアタシのカボチャ料理が馴染んじゃってる、ってコトかしら。全く、仕方ないわね! っと……それよりも」


 改めてミーニャと向き合ったトゥーナが、警戒をほぐすようにと、出来る限り落ち着いた声色で語りかける。


「安心なさい、きっと悪いようにはしないわ。事情なら、猫又女王から聞いたし……アタシはね、ミーニャの望みを叶えてあげたいの」


「! ミーニャの、望み……それ、って」


「ええ。……ほら、言い出しっぺが来たわよ。その話は、本人の口から聞きなさい? うふふ、きっと驚くわよ~?」


 トゥーナが視線を動かした方向に、ミーニャも目を向けると――そこには隠しようもないほどの巨大な棺桶を、軽々と担ぐ白髪の青年がいた。


 ミーニャにしてみれば、つい先ほど団子を盗むという行為を働いた相手。だがロゼやトゥーナ同様、そんなことは微塵も気にしていないとばかりに、彼は口を開く。


「やあ、また会ったな。俺はアイン、ただの人間で、ただの旅人だ」


「ぁ、み、ミーニャは……ミーニャ=ワー・キャット。っ、それでっ、ミーニャの望みを叶えるって、どういうっ……!」


 自己紹介もそこそこに、待ちきれないのか、ミーニャが話の続きを促す。


 猫又国の、人目どころか猫目にもつかぬ、静かな隠場かくればにて。

 期待に金色の瞳を輝かせるミーニャと、得意げに笑みを浮かべるトゥーナの前で。


 とうとう、アインが言い放ったのは――




「ミーニャ―――キミも、にならないか?」



「………………ニャ?」

「フフフ…………ん?」


「ん? ……んニャ? ??」

「あれ? ん……ん? ??」


 アインが言い放った言葉に、ミーニャとトゥーナが、暫く目をぱちくりとさせる。

 そして、暫く冗談のような空気が流れてから――


「――いやどーゆーことニャ!!?」

「――いやどーゆーコトなの!!?」


 ミーニャとトゥーナのツッコミが、同時に夜の闇に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る