第32話 戦い終わって

 俺を止めさせたのはロゼッタの声だった。

 しかし、ここでおかしな光景が目に入ってくる。

 毒の影響で幻覚でも見たのかと思ったほどだ。

 これは全く予想していなかった。


「パパ、大人しくして! ロミナちゃんがどうなってもいいの?」

「おじ様! わたくしに構わず、どうか本懐をっ!」

「リヴェル様、そのまま動かぬよう、お願いします」


 はは……これは一体なんだ。

 月明かりで照らされて姿を現したのは囚われのロミナ。拘束しているのはカトラ。首に突きつけられているのは……兎の脚?

 ロゼッタはもう一つ兎の脚でロミナの頬を突きながら悪ぶっている。


「話は全部聞いたよ……パパが悪者にならなくてもいいの。だから――」

「ふ……はははははっ!」


 あぁ、おかしい。なにもかもが可笑しい。

 なんでこんな事を思いつくんだよ。

 賊から一歩離れて左手で顔を覆う。


「パパ……?」

「シモン! ミト! こっちへ来い! 賊を縛り上げろ。決してロゼッタを近づけるな!」

「はっ!」

「了解です!」


 俺の命令にシモンは嬉しそうに、ミトは唯々諾々に従う。

 賊の上半身を起こさせ、後ろ手に縛り、近くの木に身体を縛りつける。

 ぐったりしているが、まだ死んではいない。

 それでもロゼッタの舞台はまだ終わりではないんだろうな。


「ロゼッタ。人質を取るなんて、卑怯だぞ」

「卑怯でもいい。これはパパのためだから!」


 俺のためか。どこか吹っ切れたように兎の脚を向け、ふんぞり返る。なんだ、も少しは成長したんじゃないか。

 悪漢カトラは妙に緊張している様子だが、囚われのロミナ姫はとても楽しそうだ。

 兎の脚を向ける首領のロゼッタに「こいつのした事は悪だ。それは許せない」と言っても、「パパがやらなくてもいい」だそうだ。


「俺はまだ終わらせていない」

「もう終わりでいいんだよ、パパ」


 そして遂には強がっていただけのロゼッタが顔をくしゃりと歪ませる。

 子供に心配されるなんて、駄目なパパだな。


「そうか……俺を止めたかったら、これを受けてみろ!」


 今度は人に、ロゼッタに当てるわけにはいかない。より精度の高い攻撃になる。

 さっきよりも集中して腰に力を溜める。

 俺の様子にロゼッタは顔を強ばらせる。腰に下げているスモールソードに手が伸びるが、ゆっくりと手を戻した。


――瞬刃


 わずかにヒュッと風の音を残して竜牙剣が鞘に戻ると、ロゼッタの持つ兎の脚が上下に分かれ、コトリと地面に落ちた。


「えっ、うそっ!? なにこれ!」

「我流・瞬刃。良く逃げずに受け止めたな。俺の……負けだ」


 どっかと腰を下ろすつもりが、完全に緊張が解けた。支える力を失い、そのまま背中から地面に倒れていく。

 身体を伸ばすのが気持ちいい。目を瞑ると力が抜けていく……


「パパ! 大丈夫? でもこれって、ねぇパパ、寝てないで教えてよ。じゃなくって、ロミナちゃんこっち来て!」


 斬ったばかりの兎の脚で突くな。尖ってるから痛いだろ。

 あぁ疲れた。さすがに毒を受けたのはやりすぎたかぁ。

 ロミナ、後は任せる。

 カトラ、泣きそうになるな。

 ロゼッタ、また後でな。



 なるほどな。ロミナとシモンが仕切ってくれたか。

 ロミナは約束を破ったことを謝っていたが、隠すべき相手もいないので許している。だが、シモン。お前は喋りすぎだ。普段無口なお前が、こんなに話すなんて思わなかったぞ。


 ロミナによる治療と解毒が終わると、ここに来ることができたあらましが語られた。

 ロゼッタは俺の過去を知って落ち込んでいたが、俺の居場所を見つけられる<さっちゃん>を使って案内役を務めてくれた。そして俺を止めるため、なにより怒りを忘れさせる方法を考えた。


「それがあの演劇か」

「うん。本当はわたしが囚われのお姫様役をやりたかったんだけど、このメンバーだと誰もわたしを捕まえられないって……」


 まぁ、そうだろうな。ロゼッタ姫にしようとすると、取り押さえる役が誰もいない。男の子組のミトは速さを犠牲に力に特化、シモンは魔法使いで下手するとロミナよりも力が弱い。女の子組にしてみれば、唯一カトラだが、離してって言ったら離してしまうだろう。まてよ、演劇だからどっちでも良かったんじゃないか、これ?

 ロゼッタの頭をしっかり撫でて満足させてやると、頭を下げている女戦士に目を向けた。


「タリアだったな」

「は、はい、リヴェル卿には、仲間の仇を捕らえてくれ……いただき、感謝してます。それから、ご迷惑をおかけして……」

「リヴェルでいい。冒険者だろ。言葉遣いなんか気にするな。だろ?」


 神妙な顔つきだったタリアは年頃の女性らしく、少し大人びた笑顔を見せた。あの時のように強張っていない顔には愛嬌がある。パーティでは可愛がられていたことだろう。


「リヴェル様、ありがとう! それと、迷惑をかけてすみませんでした!」

「あぁ、謝罪を受け取ろう。タリアも大変だったな。だが、俺に様は要らないんだが……」

「いえ! リヴェル様を尊敬してます! あの空中でサラマンダーを倒した絶技! それに先ほど見せてもらった瞬刃! 凄いです! 感激しました! 師匠、あたしにも教えて――」

「はい、そこまでー」

「ちょっと、ロミナちゃん! 今いいところなんだから!」

「タリア様? 先に終わらせてしまうことがありますでしょう? どうしたいんですか、アレ?」



 あれから四日間。

 俺達はサラマンダーの棲む火山で狩りを続けていた。慣れていないタリアにはカトラが指導し、軽戦士として大蜥蜴との戦い方をみっちり仕込んでいた。それがサラマンダーと対峙するのに役に立つからと。これまで自己流だった故に、身体の動かし方や相手の見極めなどは徹底的に見直された。

 予備の盾を持っていたタリアは、初めは火傷を負っていたものの、二日目には援護がありつつもサラマンダーを倒せるようになっていた。三日目からは援護もなしに戦えるようになり、四日目にはもう完全にソロで問題がないレベルに育った。


 タリアが参加したことで、俺たちは新たにサラマンダーの巣を一つ駆逐するという目標を掲げた。巣には二〇匹を超える数のサラマンダーがいたが、日毎に数を減らし、最後の一匹をタリアが仕留めた。


「や、やった! これで本当に最後……」

「頑張ったな。タリア」

「ありがとう、師匠のお陰だよ!」

「おめでとうございます。タリアさん」

「ありがとう、カトラちゃん」


 指導の間、タリアは俺と同じようにカトラを「師匠」と呼んでいたが、名前で呼んでいいと言われてからはあっという間に距離を詰めたらしい。カトラの態度は変わらないままだが、少し笑みが増えた気がする。タリアの力不足は俺が教えた瞬刃が補い、カトラの体術、盾術を学ばせた。その成果がこれだった。


「はい、タリア様。三人分残ってましたよ」

「ロミナ……ちゃん、あ、ありがと……ほんとに……」


 三枚の歪んだカードが手渡される。それをとても大事そうに胸に抱え込むタリア。集められた冒険者カードはタリアのパーティメンバーのもので、重戦士のガイン、聖職者のスヴェン、魔法使いのムトーが生きた証だった。


 ひとしきり泣いたあと、タリアは乱暴に顔を拭い、サラマンダーの素材剥ぎ取りの手伝いに戻る。ロゼッタに「大人達がサボってたからとっても大変」と文句を言われながらも、笑顔を浮かべ懸命に手を動かしていた。


「シモン、すまん……」

「問題ありません。自分は宝を目にし、触れることができました。満足しております」


 二〇匹を超える数のサラマンダーを倒したが、火蜥蜴の氷柱はあれから見つからなかった。もう一つが出れば俺に使わせて欲しいと言っていたのだが、そう運が良いものではなかった。シモンは使い途があるのであれば、自分は構わないと辞退してくれたのだ。この埋め合わせは必ずすると約束した。それでもシモンはこのパーティに入らせてもらって、十分元が取れていると珍しく笑ってくれた。


「んんーんー!」


 残っている問題はこれだ。毎回引きずり出しては、狩り場の隅に転がし、時折ファイヤーリザードに齧られ、ファイヤーフロッグに嬲られながらも生きている。その都度、ロミナには面倒をかけさせてしまったが、彼女は「帰ったらお酒が楽しみですね」と言い、しっかり報酬を要求している。好きなだけ……は無理でも、できるだけ相手をしよう。



「それでは、本日でこの狩り場は最後ですから残りの兎肉の燻製を出しますね」


 最後の夜に出された食事も、三日前にロゼッタ、カトラ、シモン、ミトの四人で狩ってきた鹿の肉だ。味付けに変化があったとしても、連続して出されると少しばかり飽きる。それを見越したように、賊を捕らえて以来の兎肉の燻製が出された。あの日はみんなが食事を済ませたというから、俺だけで食べたが本当に美味かった。


 ロミナが作っていた兎肉の燻製は、薫りが立ち、そのまま食べるより遥かに美味しく、初めて食べた誰もが舌を打った。なにより酒と一緒に食べると食が更に進む。飽きていたと思っていた鹿肉が足りないと思うほどだ。狩り場でこれほど食べた記憶はなく、帰りは少し速いペースで歩くべきかと頭を悩ませる。


「おじ様、まだ少しお酒が残ってるので、付き合ってください」


 いつになく、はしゃいでいるロミナだが、もうすぐ町に帰れる事もあって浮かれているのだろう。反対に、ここ数日距離を取るようにしているのがカトラだ。顔を合わせたり、話をすると楽しそうにしてくれるのだが、自分からは近寄ってこない。ロミナからは「シモン様に説教されてましたから、ご自分を見直してるところです。放っておいてあげてください」と言われている。少し棘があるような気がしたが、気のせいか?


「この美味い兎肉がなくなるのは少し残念だな。簡単には作れないのか?」

「ここまで芳醇なのは、おじ様が見つけてくださった李の木で薫りをつけたからです。町の中では見かけませんし、孤児院では作れません。もし作れてもこの量では足りませんね」

「なるほどな。旅の間の楽しみみたいなもんか」

「ええ、そうですね。薫りが良い木があれば、是非試してみましょう。その時は感想を聞かせてくださいね」

「もちろんだ」


 酒を嗜んでいると、タリアが絡んできた。彼女はパーティがなくなり、一人になってしまった。町に戻ってもやることが思いつかないから、一緒に行きたいと請われている。


「やることが思いつかなくても、やるべき事は多いだろ。それが片付くまで動けないだろうし、俺達はそこまで待ってやれん。一人を楽しむのも悪くないぞ。金はあっという間に減るがな」

「そうそう、それ。聞きたかったんだけど、一日銀貨五枚で生きてたって本当?」

「なんだか凄く珍しい生き物みたいに言うんだな。誰だ教えた奴は?」

「ミトくん。あの子、可愛いよねー。抱きつくと、すぐ真っ赤になるの」

「男の子だぞ、可愛がるのもほどほどにな。金なぁ……銀貨一枚あれば、常宿に泊まれるし、二枚あれば食事ができる。残り二枚で酒を飲むぐらいだし、まぁなんとかなってたな」

「ふ、ふーん。じゃあさ、あたしが――」

「はいそこまでー」

「ロミナちゃん、また?」

「今回はロゼッタ様。ほら拗ねてますから、譲って差し上げてください」

「別に、拗ねてないよ?」


 その仏頂面と平坦な言葉に笑いが込み上げてくる。今回のサラマンダー狩りで最も数を倒したのがロゼッタだ。俺達の誰よりも頑張っている。その英雄を差し置いて俺達で楽しむわけにはいかない。後ろから脇に手を差し入れると、可愛い抵抗を無視して肩に乗せる。


「ほら高いだろ」

「もう! ちゃんと褒めてくれなきゃ、許してあげないんだから!」

「悪い悪い。やっぱり、ロゼッタが一番だよ」



————

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