第23話 従叔母
「初めまして、レナータと申します。本日は英雄様とご同席させていただきまして、誠にありがとうございます。一度お会いしてみたいと思っておりましたの。こうしてお話しできる機会をいただけて、本当に感謝しています」
貴族の御令嬢と食事をするなんて初めてのことだ。彼女は微笑みながらもまっすぐな視線を崩さず、俺はその堂々とした態度に少し気圧されていた。
目の前に座るロゼッタに良く似た女性は、レナータと名乗った。俺を英雄様と呼ぶことから、一瞬ロゼッタの母親かと思ったが、そんな素振りはない。レナータは久しぶりに見かけたからとカトラに声をかけ、一緒に夕食を取ることになった。
あの手紙があったことから、この人に探られているのかと警戒したが、どうやら敵意はないようだ。それでもカトラは緊張している。日を改めて話をしたほうがいいかとも考えたが、レナータが夕食をご馳走すると言い出し、カトラはそれを受け入れた。
「不調法者ですみません。マナーもあまりわかってなくて」
「構いませんよ。以前……王都では大変だったそうですね。ご迷惑をおかけした貴族に代わって謝罪させていただきます」
「レナータ様に謝っていただくことではありません。それに、褒美を受け取っておきながら、粗相を無視しろと癇癪を起こしたのは自分ですから、お気になさらないでください」
「まあ、そんなことがあったのですか? 詳しくお聞かせ願えますか?」
レナータはここから少し離れたモンパルナス子爵家の御令嬢。この町が活気づいていると聞いて遊びに来たらしい。しかし、今の彼女の興味は俺にあるようで、カトラには一瞥しただけでそれ以降言葉をかけていない。二人の関係がどういうものかはわからないが、顔見知りではあるらしい。
「英雄様? どうかされましたか?」
「ああ、いえ。少し照れくさくて」
「照れ、ですか? 私、何か子供っぽかったかしら?」
「いいえ、そうではありません。その、英雄様と言うのがくすぐったくて、自分のことはリヴェルとお呼びください。ご不快でなければですが」
「まあ、不快だなんて! では、私のこともレナータと呼んでください」
「もちろんです、レナータ様」
「いいえ、レナータです」
目に力が入り、頬が引きつる。このお嬢様は平民に呼び捨てしろと言うのか。ここまであまり内容のある話はなかったが、雰囲気はよく伝わった。彼女はロゼッタに容姿だけでなく、押しの強いところもそっくりだ。そうであるなら、対応の仕方もわかってくる。
「……レナータ、これでいいか?」
「ふふふ、思った通りの殿方ですね。よろしくお願いします、リヴェル様」
「そっちは様付けかよ」
「卿の方がよろしくて?」
「いや、そのままでいい。それよりも、今日はカトリーナのための食事なんだ。少しは加減してもらえるか?」
俺の言葉にビクリと肩を跳ねさせ、カトラはゆっくりと顔を上げる。これはあれだな、そのまま忘れてくれても良いのにと思っていそうだが、残念だが諦めろ。今日はカトリーナが主役だからな。
レナータは表情を変えず、「わかりました」と告げ、カトラに向いた。
「カトリーナさん。ご無沙汰ですね」
「レナータ様、ご無沙汰をしております」
おい、口が止まったぞ。さっきまで饒舌に話していたレナータはどこいった?
二人の距離感が全然わからん。共通の話題を引き出そうとしたが、外壁を針で崩そうとするほどに手応えがない。辛うじて分かったのは、二人は同じところに勤めた間柄だということ。ここ暫く連絡を取り合っていなかったので、気まずい再会だった。というもの。
「ずっと仕事だったんだろ? せっかく再会できたんだし、カトリーナから手紙を出してみたらどうだ。今度は俺も口を出さない」
するとカトリーナの顔が急に真っ赤になり、肩を小さくしているのが見えた。一瞬目が合うと彼女はすぐに顔を伏せてしまう。それを見たレナータは上品そうに笑みを浮かべるが、その目つきはまるで獲物を見つけた狼のようだ。
「ねぇ、カトリーナ。何があったのか、あなたの口から聞かせて」
「あ、あの……レナータ様、わ、わたし……」
「以前のように、レナータでいいわよ。お屋敷じゃないから駄目?」
「それは……」
「そう。仕方がないわね。じゃあ、リヴェル様にお聞かせいただけるかしら? カトリーナのどこが良かったのかって」
力の入っていない眉を見ると代わってやったほうがいいかと思ったが、急に身を乗り出して俺の前にあったワインを一息に飲み干した。カトラの前にあるワインはまだ残ったままだが……
居住まいを正したカトラは、少しきつい目をレナータに、向けた。
「レナータ……私はリヴェル様とお付き合いさせていただいています。これからは一緒に冒険者をして、一緒に旅をする予定です。しばらくは……お屋敷には戻れないでしょう」
「へ、へぇ、そう、なんだ。よか、ったわね。それで、まだお話を聞かせて貰っていないのだけれど?」
レナータは気圧された事などなかったかのように取り繕い、カトラに向き合う。
カトラはまだ頬に赤みを残しながらも、真剣な眼差しで口を開く。
「わかりました。私はある手紙を上司に出しました。そのことがきっかけで仲間内で不和になりそうだったところをリヴェル様に救われました。リヴェル様はまだ信用できなかったであろう私を抱きとめ、私の弱音を受け止め、私の、きゅ、告白を受け入れてくださり口吻をいただきました。私は身も心も捧げる所存です。以上!」
酔ってる……んだよな? 普段の真面目さを残しつつ、それでも恥ずかしがって早口になっている。そんな思いがけない場面を見せられて和んでしまう。喋り終わるまで姿勢を崩さなかったのが、なによりもカトラらしい。
受け手に回ったレナータはその様子を楽しんでいるかと思ったが、なぜか悔しそうな顔をする。
一気に言葉を吐き出したからか、カトラは少し力が抜けたようで、今日のためにドレスを選んだこと、イヤリングを受け取ったこと、馬車の中での話を赤裸々に話してくれる。俺もカトラに好意的に受け止められていたことが分かって、ホッとした。
レナータは少し不満そうな顔をしていたが、話を始めると打ち解けたように気さくに答えてくれる。彼女からは、一緒に居た屋敷でのカトラの様子を初めて聞けた。カトラも、侍女として務めているレナータの微笑ましい失敗談を教えてくれて、澄ました御令嬢の照れた顔が見れたのも悪くなかった。おかげで俺もカトラとは普段より多く話ができたような気がする。
そして、食事も終わり、デザートが用意される。
「まずはリヴェル様に感謝とお礼を申し上げます」
「改まってなんだ?」
「ふふふ、そうですね。でも今日は私達の話ばかりで、一番お聞きになりたかったことをずっと我慢されていたでしょう? そのことに対してのお礼です」
「あぁ、必要だったら、本人から聞けばいいと思っていた。あの子は俺以上に賢いからな」
「私が見てきた中でも特別賢い子でした。おかげで私も言いくるめられて……お転婆だったでしょう?」
あのロゼッタの育てたのがレナータ。いや、先に侍女だと言っていたから、世話係になるのか?
それだけというわけじゃないだろうが、影響は大きかったんだろうな。
「なるほど。雰囲気があの子に似ていて驚いたよ。最初は母親かと思った」
「あながち間違いではないかもしれません。私はあの子の従叔母ですもの」
「……それは、俺が聞いていいことなのか?」
「どうでしょう。でも、少しは心配が晴れたのではありませんか?」
慎重に尋ねる俺に、レナータは優しく微笑みながら答えてくれた。
「確かにな。だが、なんでそれを今話す? あの子が隠したがってることじゃないのか?」
「お傍にカトリーナがいるでしょう? 彼女にもお礼です」
それ以上は教えてもらえず、あとは閨で聞いてくださいと言い残してレナータは席を離れていく。カトラを赤くさせたまま、レナータはもう戻ってくるつもりはないらしい。部屋の外に待機していた護衛に声をかけ、馬車の手配を任せていた。
俺達も身支度を整え、外に出る。既に支払いは終わっており、俺達の馬車も用意されていた。
「リヴェル様、本日はとても楽しく過ごさせていただきました。誠にありがとうございます。カトリーナも幸せにね」
「ああ、俺も楽しかった。今日はありがとう、レナータ」
「レナータ、ごめんなさい。でも、ありがとう」
「ふふふ、いつか三人でモンパルナス領においでください。歓迎いたします。では、またお会いしましょう」
レナータは最後まで淑やかに、馬車から手を振りながらその姿を遠ざけていった。
俺達も馬車を孤児院に向けてもらい、その間に少しだけ話をした。
「……そうか。ロゼッタは貴族の令嬢で、カトリーナはその護衛だったのか」
「嘘をついて申し訳ありません」
「大丈夫だ。今となっては同じことだしな」
ロゼッタ達の考えでは、始めから護衛が居れば帰れと言われると思い、一人になる理由を用意するために、カトラに旅団の傭兵という立場を作った。それはロゼッタは俺と会いたいばかりに身を危険にさらす真似をしたということ。無事に俺が受け入れ——させられた——たから良かったものの、無茶が過ぎるだろう。
「パパとしては、少しばかり叱ってやらないといけないか」
「ふふ、お手柔らかにお願いしますね」
馬車に揺られ、行き場のない手を膝の上で重ねる。酒の影響なのか、いつもよりもカトラが近い。
「ぁ……!」
石を乗り上げたような揺れが伝わり、俺の胸にカトラの顔が落ちてくる。カトラはすぐに起き上がろうとせず、顔を押し付けたまま、小さく「ありがとうございます」と呟く。彼女の綺麗な顎に指を添え見上げさせると、そこには上気した顔で潤ませる瞳があった。俺は目を瞑る彼女に少しだけ長い口づけをした。
◇
馬車から降りてチップを払うと、御者の青年は俺にもたれかかるカトラを見て「羨ましいっす」と唇を尖らせていた。なるほど、最初の老紳士は大当たりだったということだな。
ふらつくカトラを支えながら「明日は大丈夫か」と聞くと、「ロミナに頼んで回復魔法をかけてもらう」とのことだ。なんとも冒険者らしい返事だ。ただ、なぜロミナがそんな魔法を覚えているのかまでは教えてもらえなかった。
孤児院の中に入ろうとすると、扉を開けてロゼッタが出迎えてくれた。今日はカトラと入れ替わりに、ロゼッタがここで夕食の世話になっている。レナータとの夕食で話が弾み、迎えに来るのが少し遅くなったが、まだ起きていたらしい。
「えっ!? レナ
「耳元で騒ぐな。頭に響く……」
ロゼッタはエスコートされていたカトラが羨ましいと駄々をこね、今は背中におぶさっている。借り物のスーツが皺になると言っても、借り物だから大丈夫と返される。本当に勝てる気がしないな。今も「バレちゃったかぁ」と言いながらも、悪びれたところはない。前提条件が全て崩れたんだがな。
「レナ従叔母様、面白い人だったでしょ?」
「まぁな。どうしてだか俺の事をよく知ってたり、カトラとも仲が良いみたいだった。これから子爵領に帰るって言ってたから、途中で立ち寄るか?」
「んーちょっと待って……従叔母様はなんでここにいたんだろ? この時期に実家にいるのはおかしいことじゃないんだけど……」
背中の様子はわからないが、後ろ頭にコンコンと自分の頭をぶつけているのは分かる。酔ってるからって、痛みがないわけじゃないんだぞ。
「…………あっ! ここに居るのがおかしいんだ!」
「この町が賑わってるから様子を見に来たって言ってたぞ。貴族だから利益になりそうなものがないか探りに来たんじゃないのか?」
「そうなんだけど、違うの。パパ、すぐにこの町を出よう! あ、あぁ、でも、サラマンダー狩りがある……」
「みんな楽しみにしてるから、サラマンダー狩りは外せないな。予定通り、終わってから町を出るぞ」
「……そうする」
ぎゅっと首を抱かれるとさすがに苦しい。文句を言えば「パパなんだから我慢してよ」とわがままで返される。足を止めると心配そうに「怒った?」と口に出すが、知ったことか。
おもむろにロゼッタの脇に手を伸ばすと、小さくひゃっと声を上げるのを無視して、肩に乗せた。
「首を絞めるな。吐いたらどうする」
「あはははは、たかーい! パパったら、本当にわたしのことが大好きなんだから!」
俺はロゼッタのパパじゃない……が、そういうことにしておいてやるよ。
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