第5話 『異世界七年目』

 夏は好きである。

 

 あの暑さを感じるたびに生の喜びを感じるからだ。

 

 熱中症になっては死んだり寿命が縮んだりするかもなので、氷と水は常備しているが。


 だから俺はこの世界の夏にはガッカリしたのだ。

 

 まず温暖化なんてものが起こらないので、灼熱の日光を浴びることもない。

 

 そして俺の暮らすターレンス大陸は一番西に位置する。

 

 それなりに温度はあるのだが、いかんせん湿度が低く、過ごしやすい気温となっているのだ。


 地中海性気候と同じようなものである。おそらくそうなった理由は違うだろうが。


 「……レッヴァニア大陸のベリアル砂漠にでも行けばあの暑さを再び……それ以前に死ぬか」


 俺は実室で本と向き合いながら愚痴を漏らす。


 レッヴァニア大陸はちょうど真ん中に位置する大陸だ。西は砂漠地帯、東は湿地地帯という訳の分からん環境をしている。


 勉強して分かったことだが、この世界には五つの大陸が存在するらしい。


 しかし地球と違うのは、大陸がこの星を囲うように西から東へに並んでいることである。


 俺の住む最西端のターレンス大陸から順にリヴァリア、レッヴァニア、ガンツルキー、バンドウと続く。


 つまり今の俺の真下にはブラジルではなくレッヴァニア大陸があるわけだ。

 

 バンドウ大陸は日本や中国文化が混ざった土地。


 ガンツルキー大陸は氷の大地。


 そしてリヴァリア大陸は世界の中心だ。


 姉が行こうとしている『サンジュスト王立大学』もリヴァリア大陸にある。


 そして北と南には何があるのか――


 「どっちも終わってるよなぁ……特に北が」


 最北端には『未開死地ベラムコンダム』が存在する。


 一度入ったら帰ってこられないという俺からすれば絶対に行きたくない場所だ。


 なんと温度は−九十度を下回るらしい。これは古代に起こった戦争が原因らしいが……。


 「ま、俺には関係ないことだべな」


 最南端には『サタナの大樹』というでっかい木が生えており、それを『ヘミュツ内海』というでっかい海が覆っているのだ。


 こっちは俺に関係がある。なぜならこの星が生まれたときから存在する木であるらしいのだ。


 おそらく不老不死の大樹。枝を千切って研究しなくてはならない。


 そこでママイに枝が売ってないのかと尋ねてみたのだが――


 『さ、サタナの大樹の枝!? そ、そんなの折っていいわけがないじゃないですか!? 馬鹿なんですか!? 阿保なんですか!?』


 ――と、この有様である。


 どうやらこの世界の宗教観に深く根付いた存在であるらしく、近づくことすら畏れ多いらしい。 


 そんな神聖な物ならなおさら不老不死の可能性を秘めているだろう。


 信仰心なんぞ俺には関係がないのでいつかは絶対手に入れる。


 「くくっ、この世界はほんとに素晴らしいな。生前では雲を掴むようだった不老不死への道が、実体を持って俺の目の前に現れた。感動物だ」


 俺は頑張れば頑張るほど、夢へと近づくことができるのだ。



――――――――――――――――――――――


 

 「ふっ……ふっ……ふっ……」


 トレーニングの時間である。


 筋トレをしながら魔法を覚え、この世界を勉強する。


 最初は生前に鍛えた筋力が無くなって軽く絶望したが、魔素の存在を知ってからは大歓喜へと変わった。


 魔素は濃ければ濃いほどいい。


 生前と同じ筋力量とまではいかないが、腹筋はバキバキになってきたし、腕だってガッチガチ。


 だが筋力は生前をすでに超えている。

 魔素が濃いところで筋トレをしたからだ。


 母が言っていたことは本当であったようだ。


 魔力もかなりの量を貯蓄できるようになった。


 それに――


 「こうして……こうっ!!」


 《ブワッア!!》


 手のひらから出た風が目の前の木を切り刻んだ。


 魔法も全属性中級以上まで覚えた。

  

 魔法には初級、中級、上級、聖級、神級とあり、母によれば年齢が二桁になるまでに初級を覚えたら優秀な部類に入るそうだ。


 メラ・メラミ・メラゾーマみたいなものである。


 二桁までに中級を覚えていた姉は本当に天才であったらしい。


 俺も周りから天才だと言われるが、やはり魔法は凡才である。


 質だって良いわけではないし、

 こんだけ練習しても中級止まり。

 才能があれば上級までいっているだろう。


 それに最近伸び悩んでいる。やはり姉と比べるとこの身体は凡才である。


 「ふっ……ふっ……ふっ……」


 だが努力し続ければ必ず辿り着ける。

 どんな手を使おうともだ。


 俺は生前、人生の時間の短さに絶望した。

 

 現代人はだいたい八十から百才まで生きる。

 これは昔に比べれば非常に伸びたと言っていいだろう。


 だが不老不死の探求をするには、あまりにも短すぎた。


 八十年では間に合わない。百年? 無理だ。


 だから俺は編み出すことにした。

 最高効率で探求ができるように。


 世界中を飛び回り、鍛錬し、頭がおかしくなりそうな苦行を繰り返し、一年、二年、三年……


 苦しんで苦しんだ末、この技術を手に入れた。


 それが『意識の分離』だ。


 これがあれば一度に四つのことの同時進行が可能。

 生前の俺が手に入れた探求のための力。


 「ふっ……ふっ……ふっ……」

 

 四時間が一時間、四日が一日、四年が一年、四十年が十年に収まる。


 この世界との相性も最高だ。


 まだまだ俺は走っていける。


 あと一つ、あれだけ、あの魔法だけ覚えさえすれば……


 「おーいミクリィ!!」


 「ん……?」


 父親のジャンが来た。なんだなんだ。

 俺の聖域になんの用だ。


 「なに? お父様」


 「なにって、剣の修行の時間じゃないか。まだ初級も納められてないんだ、早く来なさい」


 ……無駄な時間がやってきた。


 ここにいればバレないと思っていたのだが。


 生前に剣道はすでに極めた。

 確かに実戦的な技術は学べるかもしれない。

 だがそれは自分で学ぶのが一番だ。


 (筋トレしときたいなぁ……)


 しかし家族付き合いはちゃんとしないといけない。

 今日の自主トレーニングはこのくらいにして、修行に付き合ってやるか。



――――――――――――――――――――――



 「おつかいぃ?」


 「こら。めんどくさそうにしないの」


 父と三時間ほど鍛錬をした後、また森に戻ろうとしたら母に呼び止められてしまった。


 時々頼まれるおつかいである。

 存外時間がかかるのであまり行きたくはないのだが。


 「いや、だって魔法の勉強しなきゃだし……」


 「朝から晩までずっとやってるじゃない。勉強は大事だけど、日常にも支障をきたすのはどうかと思うわよ?」


 「うぅ……」


 確かに家族とコミュニケーションは取っているとはいえ、日常に割いている時間はこの歳にしてはかなり少ない方だろう。


 普通はこのぐらいの頃、周りの友達と遊んだり、家族でどこかへ出かけたりするものだしな。


 「わかったよ……」


 「よし! じゃあお願いね」


 家族のおかけでこんな毎日を送れているのだ。

 たまにはこんな風に時間を使うのもいいだろう。


 ……まぁ修行の時間が減るのは本当に嫌だが。


 「それで、何を買ってきたらいいの?」


 「ニンジンに白菜……あとナスビ……まぁ詳しいことはおねぇちゃんに渡した紙に書いてあるわ」


 「わかっ……え」


 今アケミママはなんと言った?

 一体誰に渡した紙だって?


 「ちょ、ちょっと。まさかおつかいって――」


 「私と一緒に行くって言ったのよ」


 後ろから声がかかる。

 俺は認めたくない現実を直視して、ゆっくりと振り返った。

 

 そこにはなんと麗しいお嬢様が。


 「あんた何考えてるのよ」


 「……いや、何も」

 

 「勘違いしないでね? あんたと買い物なんて私も嫌なんだから。おつかいだって一人でできるし」


 ミシェルはそういうと俺の顔をキッと睨んでくる。

 そこまで俺が嫌いなのか。こっちは苦手なだけなんだがな。

 

 「はいはい。ミシェル、あなた達は兄弟らしいことをあまりしていないでしょ? たまには二人でデートとかもいいんじゃないかしら?」


 「馬鹿言わないでよ! 兄弟だとしてもこいつとデートなんて地獄に落ちてもごめんだわ! これはただのおつかい! ただの買い物よ!」


 俺だってこんなやつとデートなんて絶対ごめんだ。

 しかし家族とのコミュニケーション、これは絶対に遂行しなくてはならない。


 俺はミシェルの手首を握った。


 「ちょ、ちょっと何よ!?」


 「行くよ姉さん。早く終わらせたら済む話なんだから。それとも何? こうやって時間稼ぎして俺と特別な時間を……」


 「なわけないでしょ!? 修行のしすぎで頭スライムになってんじゃない!?」


 「はいはい、僕の頭はスライムだよー」


 「ちょ!?」


 俺はそのままミシェルを引っ張っていき、扉を開けて街へと駆り出した――!


 「行ってきまーす!!」


 「はい、行ってらっしゃい」


 「この馬鹿ぁぁああ!!」


 さぁ、おつかいタイムアタックの開始だ。

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