第10話 清らかな純心
ガヤガヤとうるさい話し声がホールに響いた。いくつも並んだ木造の円卓にはところ狭しと料理が置かれ、その間をメイド服を着た若い女たちが忙しなく走り回る。両手に持った酒のジョッキからはどっぷりと泡が零れ落ちた。
街の大酒場は昼間から大盛況である。
いったい何人前なのか、大量の料理を貪り喰うぺリスを尻目にヤスは物色を始めていた。
人の集まる場所。そして酒の入った人間は決まって無防備になる。不意に衣服が捲れ上がることなど日常茶飯事だろう。
「パンティの観覧場所として、酒場は打って付けというわけだぺリスよ……ぺリス?」
目をやるが、巨大魚の頭の丸焼きに視界が遮られている。もう一度名を呼ぶと、彼女は丸焼きを持ち上げて顔を出した。少々、いやだいぶグロテスクなそれにあんぐりと口を開けている。
「まさか……そのままいく気か?」
「あ~」と口を開けたまま彼女は頷いた。見てはいけないと本能に呼びかけられて目を背ける。
バリバリガリガリと骨を砕く音が鳴ったと思えば、その巨大な頭は目玉二つを残して消失していた。リスのように頬をパンパンに膨らませるこの女、本当に化け猫か?
「ま、まぁ食べ方は個人の趣向だ。なにも言うまい……」
ごくりと音を立てて飲み込んだぺリスは言った。
「パンツの具合はどうだヤス?」
「芳しくない」
わけの分からない会話だが、二人の上では成り立っているらしい。
ヤスは酒場の女性客に目を走らせた。
「女は多いがどうもピンとこんのだ」
「ピンとこんとは下の話か? もしそうなら至急切断する」
「違うから勘弁してくれ」と咄嗟に両手で股間を守った。
「いくつかパンティを確認したが姫様のようにそそられん。ここには多種多様な女がいるが、どうも特徴がわからんのだ。それこそ姫様に似た色白金髪の乙女も……」
奥のテーブルで談笑する当の乙女に指先を向け、そして軽く上に振った。するとテーブルの下で小さな旋風が起こり、ひらりとスカートを捲れ上がらせる。桃色のそれを凝視してみたが、あの時のような激情は湧いてこない。
「……この有様さ」
「この有様さ、じゃないだろう。さも当然のように変態行為に及ぶな」
酒に酔った乙女は異変に気が付かない。恥ずかしむ挙動の一片でも見せてくれれば判断材料となっただろうがそれすら叶わなかった。
「見た目ではないのか……? それともパンティの種類……? いやそんな単純な話ではないのかもしれん……他になにか絶対的な要因が……」
恐らく帝国一下らない悩みで頭を抱えるヤス。
思考を邪魔するように、なにやら言い争う声が聞こえてきた。
「おねーちゃん可愛いねぇ~! 仕事なんていいから俺たちと一緒に飲も~ぜ~!」
見ればチンピラ風の大男たち数人がツインテールのメイドに絡んでいる。メイドは愛想笑いを浮かべて断り続けているが、酒の入った荒くれ者は余計に気が大きくなっているようだ。
男たちの太い腕がメイド服をいじくる。
こちとら真剣に考えを巡らせているのに迷惑な男どもだ――、と睨みを利かせた瞬間だった。
リーダー風の大男が苛立ちの声を上げた。
「つれねぇ女だなぁ!! メイドなら大人しくお客様の言うこと聞いてりゃいいんだよ!! そのエロい身体見せてみろやぁ!!」
大男の手がスカートを掴むと勢いよく翻したのだ。
白と黒のエプロンドレスが捲れ上がり、その中が晒された。
「――――」
スローモーション。切り取ったように目の前の光景が停止する。
境地に達した剣豪はこう言う。相手の刀が止まって見えた、と。
隠そうとするメイドの手と、揺れるスカート、そして。
「――嗚呼、清らかな純心よ」
純白なパンティ。模様も無ければ目を引く飾りも無い。素材も凡庸なもので凝った形もしていない。ただ、それは絶対的な存在感を醸しながらそこに鎮座していた。
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