第24話 決勝戦
四
「ねぇねぇ、琴梅ちゃんさ」
「どうされましたか? 市川くん?」
コソコソと市川が『最強』の妹に訊ねている。
教室内はザワザワとざわめいている。あえて市川はそれを鎮めようとはせず、その隙にふと気になっていたことを訊くことにしたのだった。
「さっきの共恵との試合の話なんだけどさ。どうやって君のお兄さんを説得したのさ?」
そう、南口田尾が女性恐怖症か何かだとしたら――どのように説得したのか。
一旦は試合を放棄して逃げようとした『最強』を再び舞台にどうやって上げたのか。
琴梅はあっさりと答える。
「単純な話です。『仲直りしたいのなら戦わないと』ってけしかけただけですよ」
「なるほどね」
ニンマリと市川は笑った。
「だって、あんなに仲が良いのにいつまでも仲違えってつまらないと思いませんか?」
つまらない――それは、このハルクとは対極にある概念だった。
「あと、ここだけの話、兄さんって実はメイド好きみたいなのですよ。大垣さんのメイド服姿ってステキだと思いません?」
「ん? もしかして、『女王』に渡したのって?」
「はい。私です。皆さんの準備の良さに助かりました。大垣さんのサイズにぴったりのもありましたからね」
ということは、あそこまで赤面していたのは好みだったせいもあったのか? と市川は考える。共恵の時にはパッと見て分からないくらいには隠せていたのだ。
そもそも、南口の女性恐怖症の原因は『女王』との一件がトラウマになったのではないか、という推測も立てる。もしかしたら、『大村公園の大乱闘』を始めとした女性絡みのゴタゴタのせいもあるかもしれない。モテるのも良いことばかりではないようだ。
だが、やはりそれでも市川には分からないことがまだあった。
「どうしてまた、君のお兄さんが不利になるようなことをするんだい?」
市川のその問いに琴梅は笑いながら言った。
「そちらの方が本気になると思ったからですよ。お互いが本気で本音をぶつけ合えば――きっとつまらないわだかまりなんてどこかへ行っちゃいますよ!」
妹は兄を想って最善だと考える行動をした。
それを理解した時、市川は愉快な気分になっていた。
「はは、はは、あははははははははははははははははっ!」
膨れ上がる市川の大きな笑いに、どよめいていた教室の視線が自然と集まってきた。
「ど、どうしたのよ? ユ、ユウくん?」
思わず共恵が身を引くくらい怪しい笑いだったが、
「何か――面白くなってきたじゃん!」
一気にテンションの上がった市川は叫んで続けた。
「さて、泣いても笑っても最終試合の決勝戦! 大決戦! 何か過去の因縁めいてきた! これだから人生は面白い! これだから人生は降りられない! だから、俺たちは闘うんだ! さぁ、二人とも用意は良いかっ!?」
市川は赤い眼をした『最強』とどこか後ろめたそうな『女王』を見て、
「ところで、『最強』。それでもお前は、そいつのことが好きかよ」
とびっきりの爆弾を投げつけた。
『最強』は即答した。
「うん!」
今度は『女王』が真っ赤になり――そして、それを見た琴梅は嬉しそうに笑った。
「「うわぁ……」」
と、その言葉を聞いて共恵と悠里が声をハモらせて唸った。
そして、その後一瞬だけ眼を合わせてお互い慌てて逸らした。
それは周囲で聞いているだけの者も羨ましくなるくらい真っ直ぐで裏のない――そんな率直さで『最強』は断言していた。
「別に僕は強くなんてないんだ。怖がりだし、争いごとなんて大嫌いだ。ずっと、ずっと謝りたかったんだけど、それもできないくらい臆病者だった。僕だけが傷ついて終わるのならそれで良いと思うし……でも、その言動で君を傷つけることになるのが怖くて……。『最強』なんてあだ名笑っちゃうよ。こんなに相応しくないあだ名はないと思う。君は僕のそんな考えを叱ってくれた。僕にとって唯一の友達だ。
そんな君に嫌われても、僕は嫌いになんかなれない!」
「こぉんの大莫迦野郎が!」と、そこで大声を出したのは『番長』黒埼だった。
本気で怒っているのか、その表情は険しい。
黒埼は怒鳴りつけるようにして叫ぶ。
「少なくともわしはお前のことを
「黒埼にしては気の利いた言葉じゃん。私も
「あ! アタシもアタシも」
と、元宮と共恵が黒埼に真っ先に同意していた。
賛同の声は次々と上がった。
「僕たちにとっては
「向こうは何とも思っていないかもしれねぇけどな。『最強』だし」
肩を竦める『達人』に『トレーニング狂』があははははと笑いかけた。
「だったらぁ、おいらにとっては
という『ちゃんこ』の呟きは、誰も聞こえずに黙殺された。
「ふん、俺にとっちゃ
という『謎の男』の言葉は、周りに聞こえていたが故に黙殺された。
そのクラスメイトたちの様子に市川は「お前ら最高だな! 同感だぜ!」とマイクに向かって叩きつけるように叫んだ。
そして、破顔しながら、教室に伝播する昂ぶりを嬉しそうに暴走させつつ、
「んじゃまぁ、意地っ張りなその
いや、と市川は首を振った。
「お前は『最強』じゃねぇ、たった今から『超人』さ!」
二つの名の管理は全て市川の手にあった。故に彼自身は『言霊遣い』を自称していた。それに違和感がないくらい彼の言葉には説得力があるのだ。
そして、盛り上がりは一層大きくなった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 『超人』か! ハルクにぴったりの名前じゃん!」
「つーか、ちょっとヒイキ入ってね?」
「だったら、お前ならあの南口に勝てるのかよ!?」
「……ガンバレ! 『女王』! お前は最後の希望だ! ミス・パンドラって感じだ!」
そんな声援の中――あーもう、と『女王』はグチャグチャと髪をかきむしった。
「だ、誰がツンデレメイドさんよ! 別に私は好きとかそんなのあるわけないし!」
その絹糸のような髪質はほとんど乱れもしなかったが、普段の彼女からは考えられない――顔を真っ赤にして感情をむき出しにしながらイラ立つ姿は『女王』らしくなかった。
……だが、彼女がそこまで苛立っている理由は何なのか?
策略が失敗したからだろうか?
それとも、あまりにも『最強』が彼女の想像を超えるくらい――なんと言うか、莫迦だったからだろうか?
そもそも、ほとんど誰も気づかなかった『最強』――もとい『超人』の女性恐怖症を『女王』ただ一人が気づいていたのだ。『女王』との別れがトラウマになっていた可能性はあるが、それだけで気付けるようなものでもなかった。
つまり、それだけ南口を『観察していた』のだ。
絵梨はジッと目で追い続けていたのだ。
そんな自分の予想を超えられ――不本意なのかもしれないが――彼女自身もよく分からないのだろう。
だから――『女王』は感情をむき出しにして叫んだ。
「『超人』ね……だったら、私が勝ったら『女帝』よ! なぁにが手加減しないよ! 調子に乗るんじゃない!」
まっすぐと自分の好敵手を見据え、
「今の私をあの頃の私と同じと思わないことね! 私がどれだけ鍛えたか知らないでしょ! 絶対に、絶対にあなたなんかに負けない! 私が勝つわ!」
『女王』は勝利を宣言する。
「うん!」
それに対し、『超人』南口は――昔と変わらない大垣絵梨のその姿に――破顔する。
気の強く、極端に負けず嫌いな――彼の手を引いて走り回っていたその姿に。
私について来いと走り回っていたあの頃と同じ姿に。
そして、試合は再開される。
手を組み、一方は笑顔で一方はイライラと。
だが、どことなく二人の間の空気は幸せそうだった。
市川は試合を宣言しながら思った。
これは、絶対に良い試合になる――と。
『
一秒後。
ズダン、と大きな音を立てて絵梨の手が教卓に叩きつけられた。
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