第22話 決勝戦
――あはははは。あらあらあら?
本当に私の前に立ち塞がる資格があるかどうか試してあげます 『案山子』
一
小休止を挟んでの決勝戦だったが、熱は一切引いていなかった。
「さてさて! 残るは決勝戦! 素晴らしき闘いを披露してくれた両者の登場です!」
市川がボルテージの上がる観衆に応えるように気勢を上げた。
「やはり彼は強かった。『最強』を証明するためにここに立つ! 圧倒的な強さで『アマゾネス』と『謎の男』を蹴散らしていざ決戦へ!」
教室の前の扉から威風堂々という言葉の似合う姿で登場する『最強』。
その顔は引き締まっており、これからの決戦への決意が見て取れる。
そのまま南口は悠然と教卓の前に佇む。
「さて、伊藤はどっちが勝つと思う?」
それを見ながら、バナナで満腹なのか、幸せそうに目を細めていた『ちゃんこ』伊藤に問いかける『達人』鈴木がいた。
伊藤は「んー」と困ったように眉根にシワを寄せている。
「難しいけど、そうだねぇ。やっぱりおいらたちの立場的には『女王』に勝ってもらった方が良くないかなぁ」
「んにゃ、あえてここは『最強』を応援しないか?」
「どうしてだよぉ?」
「いや、『女王』に負けて悔しくないか」
「あー、おいらの場合、何というか不意をつかれたというかねぇ」
「俺も上手く踊らされたって感じだよ。不完全燃焼だよ。だから、悔しいんだよ」
「あははは、同感だよ」と、笑いながら話に割り込んだのは『トレーニング狂』本岡だった。
「だから、また勝負しようね。鈴木クン、伊藤ちゃん」
「いやだよ、フジ。疲れる」
「うん。だねぇ。お腹も空くしぃ」
あっさりと『達人』と『ちゃんこ』の二人は拒否した。
「そ、そんな……っ。じゃあ、僕は負けっぱなしじゃん!」
と、情けない顔の『トレーニング狂』を複雑な顔で見る悠里が呻く。
「に、似合わない……」
「え、どうしてさ、悠里っ」
「似合わないっての。あんたは勝つことの方が少ないんだから」
「なんでだよ! ヒドイなぁ。あっはっは!」
「笑ってないで、もっと鍛えたら?」
「そうだね! うん! なかなか良いこと言うじゃん!」
突如、その場で腕立て伏せを始めた本岡を見て悠里が吹き出す。
「キモッ! そうそう。それでオーケーよ。ぷくくく」
「どうして笑うのさ! まぁ良いや。あっはっは。次は勝つからねぇ!」
本岡は鍛錬を続けながら、高らかに宣言する。
それを見ながら、ふと我に返ったように悠里は呟く。
「しっかし、南口くんの入場だったのにこんな奴が食っちゃって良いのかしら?」
余談だが、悠里と本岡が話し始めた時点で、伊藤と鈴木は二人で不自然にニコヤカな顔で固まっている。それは『ザ・嫉妬』というタイトルが似合いそうな彫像状態だった。
+++
「続けて入場! 『ちゃんこ』と『達人』では阻むことができなかった! 『女王』の凱旋だ!」
教室の後ろの扉からぎこちなく微笑みながら現れた『女王』だったが――っ!
「え――っ!?」
「な――っ!?」
教室内に沈黙が舞い降りた。
……少しだけ時間を遡る。
先ほどの休憩時間開始直後である。
絵梨は教室の片隅で『達人』との戦いで消耗した体力の回復に努めていた。
周りは気を使って遠巻きにし話しかけないが、例外もある。
タッタッタと軽快な足取りで『女王』のところへ近寄ってきたのは『最強』の妹――琴梅だった。彼女の手には軽そうな一抱えほどの紙袋がある。
こっちは休憩しているんだから少しは空気を読みなさいよ――という抜身の刀のような視線で『女王』は迎撃しようとしたが、琴梅は意に介さずニコニコと話しかけてきた。
「ねぇ、大垣さん、さっきの賭け、覚えていますよね」
嫌な事を思い出してしまった、と正直思いつつも素直に絵梨は頷いた。
「……ええ」
そんな絵梨の態度を気にした様子もなく琴梅は続ける。
「全力で戦って下さい」
「……え?」
「兄に勝ってとは言えません。勝ち負けは重要ではありませんから」
「…………」
「私はですね、あなたたちに素直になって欲しいだけなのですよ」
「……どういう意味よ」
「それを本心で言っているから問題なのでしょうね。きっと」
呆れたように琴梅は言った。
絵梨はその見透かしたような態度にムッとする。
「……本心ってどういう意味よ」
「きっと二人に良い結果があると思いますから――はい、これを」
琴梅から手渡された紙袋の中身を見て――絵梨は愕然としながら問う。
「……こ、これは……何よ……?」
「分かりますよね? 『本気を出して』くださいね」
「は、はぁぁぁっ?」
琴梅は絵梨の表情を見て楽しそうに笑い、
「それでは、頑張って下さいね」
そして、見る者を蕩けさせるような満面の笑みを残して彼女は去って行った。
少しの間、『女王』は呆然とし――ふと我に返って歯噛みしながら毒吐く。
「あ、の、兄妹は本当に……っ!」
回想修了。時間を戻す。
『女王』の浮かべている微笑みはどこかぎこちない。
これからの勝負を考えて力んでいるのかもしれない。
だが、それ以上に問題だったのは、絵梨の服装だった。
先程までの東中の制服ではなかった。
それは――メイドさんだった。
黒を基調としたエプロンドレスはヒラヒラとしたミニスカ。ヘッドドレスまできちんと装着していた。肌の白さが際立つ組み合わせである。普段とは違い、髪を下ろしているのはヘッドドレスのせいだろうか。
どちらにせよとても似合っている。
完璧だった。
十九世紀の英国紳士も涙を流し、歓喜しそうなほどの完璧さだった。
今、この教室にパーフェクトメイドガールが誕生していた。
市川が搾り出すようにして、訊ねる。
「じょ、『女王』サマ……なんですかい、それは?」
「メイドよ!」
『女王』は頬をうっすらと染めながら、ヤケクソ気味に叫んだ。
少し丈が短いのか、スカートの裾を引っ張りながらである。
「なにか問題でもあるのっ!」
「い、いや、ねぇけどさ……」
市川は予想外の事態に一瞬だけ困るが――少しだけ考えて言った。
「何の問題もねぇか! なぁ、みんな!」
「うぉぉぉぉぉぉぉっぉっぉぉぉおおおぉっぅ! ビバメイドぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「『女王』で『女中』ってどんなアンチノミーだよっ! カント先生もビックリだよぉ!」
「カワイぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっっっ! きゃーっ! 『女王』サマぁぁぁぁっ!」
それに答える観衆たち!
それまでの静寂をぶち破れとばかりに爆発する歓声!
絵梨ほどの美少女がメイド姿である。
その衝撃はほぼ全員を貫いていた。
『女王』はどこか憮然とした表情で佇むしかなかった。
しかし、その様子が「ツンっぷりが素敵だぁぁぁぁ!」「お願いですから罵ってくださいぃぃぃぃっ!」「鈴木、お前も死ぬ気で頼めぇぇぇぇっ!」「俺は関係ねぇ巻き込むなっ!」「お前さっきご褒美って言ってただろうがよ!」「あれは冗談――って、もう女子の視線が冷たいんですけど!? どういうことだ!? しかも、俺が主犯格みたいな視線だ!?」一部のマニアをより熱狂させる。
絵梨の頬が怒りと羞恥と照れで赤くなるのもそれに拍車をかける。
その狂乱に関係のない人間はほんの数人しかいない。
例えば、
「黒埼よぉ……」
『謎の男』覆面マンが『番長』黒埼に話しかけている。ちなみにまだ覆面ナース姿だ。共恵とは違った意味で誰もそのコスプレについて触れようとはしなかった。
「あぁん、なんだよ?」
「俺と大垣のコスプレってそんなに差がないと思うんだが」
「確かにな……どっちも働く女の服装だ」
「だったら、どうしてさっきあんなに不評だったんだ?」
「さぁな。難しい問題だぜ……」
問題は服装じゃねぇよ! と訂正してくれる、親切な人はその場にはいなかった。
あまりにマイペースなその二人を見ながら琴梅はクスクスと笑う。
「本当に仲良いですねぇ」
自分も無関係とばかりに微笑んでいる。
それを見た『女王』は心底から「あんたが渡したんでしょうが!」と叫びたかったが――あえて気持ちを切り替え、忘れる。
今気にすべきは勝負に勝つことであり、そしてそれは自分にしかできないことだったからだ。
『最強』に勝つという革命を起こすのは『女王』の責務だった。
彼女はただただ集中する。
すると、世界の狭窄を覚えた。視野が狭まり、時間の遅滞現象まであと一歩というところまで集中に追い込んだ。
だが、力んでしまっては全力が出せない。勝とうという意志は必要だが、勝ちたいという願望は必要ない。それは重しであり、縛りとなるものだからだ。
存分に精神を高めた『女王』は『最強』の顔を睨みつけた。
目が合った瞬間、南口はとても嬉しそうにニッコリと笑った。
絵梨はとっさに目を逸らしていた。
この時、『最強』南口は嬉しかった。
ここまで来ることができたことに。
そして、昔のことを思い出していた……。
それは昔の話です。
一人の男の子がいました。
友達のいなかったその男の子はいつも独りで山遊びをしていました。
そんなある日のことです。
山の中腹、坂の途中で一人の女の子が荒い息を吐き、地面に倒れていました。
そこで心配した男の子は話しかけました……。
「おい! 負けるなよぉ! 南口ぃ!」
そんな声援で『最強』南口は回想から我に返った。
「俺はお前が『最強』だと信じているぞぉぉぉぉっ!」
「大丈夫よ! あんたが勝つしかないのよぉぉぉっ!」
それは熱狂的な応援たちだった。きっと南口に賭けているのだろう。
「大丈夫……負けない……」
ボソッと南口が応じると、
「うおおぉぉぉぉおぉぉっ!」
歓声が爆発した。
教室の窓が内圧で割れるのではないかとばかりに満たされている。
「今から『最強』に乗り換えはありか!」
「ヤバイわよ! ついに本気になったわぁ!」
そんな声を聞きながら、無表情を崩さず『最強』は内心で苦笑いする。
どうしてこんなことになっているんだろう、と。
どうして自分程度がこんなに騒がれているんだろう、と。
今のも、「大丈夫だよ、負けないように頑張るから」と言ったつもりが、ボソボソと喋ったら語尾が切れてしまっただけなのに。
自分の気が弱いことを知っている人間は少ない。
実はそれを『最強』は憂えている。
そんな大した人間ではないのに、と後ろめたささえあった。
フッと視線を上げて対戦相手を見やると、絵梨は真剣な表情だった。
それは負けられない何かを持っている人の顔だった。
頑張らないとな、と南口は思った。
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