ヤバいドーピング部

とある昼休み、なぎさ先輩が声をかけてきた。


「おい、愛。今週末の50kmハイクはどうするんだ?」


50kmハイク。それは数時間かけて学園から徒歩でド田舎までいくという学園行事だ。

オーセンには「乙女よ文武両道ぶんぶりょうぶんたれ」とかいうわけのわかんねぇ校訓こうくんがある。

なぎさ先輩は武の結晶体みたいな人だ。当然、ウキウキ活き活きしている。


「私はぜひお前らと青春の汗を流したいたいんだが……」


ハイクは一緒に参加する人を選べる。友人やクラスメートでのんびりゆくもよし。

運動部などは完走するタイムを競ったり、1人で走り抜くツワモノも居る。

どうやらなぎさ先輩はReviリヴァイ部のメンツで歩きたいらしい。


「まま、まさか、は、は、走らないですよね?」


出た陰キャ。

なぎさ先輩はまばゆいまでの笑みを浮かべている。

すごく可愛いらしいのだが不気味さが勝った。


「ああ。無理なスピードは出さないつもりだ。で、お前らは?」


先輩は他の部員に問いかけた。

ちょうどあや先輩が来ていて、真っ先にそれに答えた。


「うん、いいよ。あちこちからお誘いがかかってるけど、ここは気のおけないチームだからね」


さすが生徒会長。真面目に付き合うつもりらしい。


「わ、私は自信がないなぁ。去年は完走できなかったんだ……」


知里子ちりこ先輩はうつむいてしまった。


はいほら犠牲者ーー!


翼先輩は窓際に座りながらひらひらと手を振った。


「途中までならいいぜ〜。フルで完走しなくても評価点はもらえるしな」


めんどくさがりの効率厨こうりつちゅうならこんなもんだろ。

櫻子さくらこ先輩はニコニコして翼先輩に声をかけている。


「あらあら、ツバサちゃん。一緒に完走しましょうよ。私もガンバリますから、ねぇ?」


この人に関してはまったくの未知数だ。

人のことはとやかく言えない。自分も運動神経はからっきしだし。

ただ、このメンツで歩くなら悪くないと思えた。


しかし、なぎさ先輩以外は踏破とうはが怪しそうだなぁ。

するとあや先輩が試験管に入った謎の液体を取り出した。


「大丈ブイ!! 私が開発したこのドーピング薬を飲めば50kmなんておちゃのこさいさいだよ!! 私が自分で何度も試してるから大丈夫だって‼」


それ知里子ちりこ先輩と櫻子さくらこ先輩の専売特許じゃねーの?

そもそもあや先輩そんなキャラだっけか?

やっぱキャラ設定が固まってねぇんだよなぁ。


もう7話目だぞ。なあなあで済むと思うなよ。大概にしろ。


ドーピング薬という不穏な響きはあったが、彩先輩あやせんぱいという安定要素が私達の警戒感をにぶらせた。


こうしてハイク当日、私は上下黒のジャージにスニーカーを履いてきた。まぁ無難だな。

彩先輩はスポーティなウィンドブレーカーだ。

あれ、意外と運動できそうな雰囲気……? 


なぎさ先輩は真っ赤なぴっちぴちの陸上ユニフォームを着てきた。


うおデッカ!!


私は思わず自分の胸を触って塩水を流した。

腹筋も割れていてまさに肉体美というやつだ。


知里子ちりこ先輩は帽子にリュック、トレッキングシューズにストック装備だった。


「チリンチリンッ!!」


熊鈴までくっつけてる!!


翼先輩は上下灰色のスウェットで便所サンダルという出で立ちだ。

いくらなんでもダウナーすぎるよ!! 完走する気ねぇだろ!!


そして櫻子さくらこ先輩は空気の読めない私服でやってきた。

フリフリの上着にゆるふわスカートを履いている。上下真っピンクだ。

心はいつでもゆるふわガール!! だけど運動する服装……じゃねぇだろ!!


そして彩先輩Reviリヴァイ部の面々をまとめた。


「ほんじゃ、今日は頑張っていきましょ〜。まずはドーピング薬を飲んでね〜」


なぎさ先輩と櫻子さくらこ先輩。知里子ちりこ先輩は迷わずグビッと飲み干した。

嫌な顔をしつつも翼先輩も飲み込んだ。

うおマジかよ。みんな意外と行くなぁ!! まぁ彩先輩の薬だし、平気だろ。グビッ!!


こうして50kmハイクは始まった。

始めに予定を聞いてきたなぎさ先輩は裏表なく、私達と一緒に歩きたかっただけらしい。

筋肉、うならせてけ!! とかダッシュを強要してくるかと。


そう言い出すんじゃないかと勘ぐってごめんちょ。

みんな雑談しながらニコニコと笑いながら歩いた。

あぁ、これぞ青春。中学に比べれば夢のようだよ。男はいないのが悔しいが。


後ろからあや先輩が声をかけてきた。


「皆、いいペースだにゃあ。これなら完走は確実だね。じゃあ、少しペースをあげてみよっか」


汗をかき始めてだんだん爽快感そうかいかんが湧いてくる。

しばらく急ぎ足で歩いていると後ろから陸上部の女子の集団が追いついてきた。

道を開けようとした時、あや先輩あやせんぱいが声をかけた。


「陸上部に勝てばReviリヴァイ部が認めてもらえるかもしれないよ!!」


それは聞き捨てならない。部員全員がふるい立った。

なんだかんだでみんな部活復活に執着しゅうちゃくしてんだな。


すっかり忘れていた。ここがただのノホホンクラブじゃないって。

6人は必死に走り始めた。もちろん陸上部のようなペース配分なんてできるわきゃない。

それでも譲れないものがある。


それに、こちらにはドーピング薬という強力なバッアップがある。

あや先輩を信じて死にものぐるいで走れば陸上部にも勝つことが出来る。


火事場の馬鹿力とは恐ろしいもので、抜きつ抜かれつつのデッドヒートを繰り返した。

死ぬほど長く感じたが、気付くとゴールは目前だった。


「ほあああぁぁぁ!!」


私とつばさ先輩、そして知里子ちりこ先輩は満身創痍まんしんそういで地面に体を投げ出した。

先に着いた陸上部がざわめきながら私達を囲んだ。


「え〜うっそぉ……」


「この子達、何の集まり?」


それに混ざってあや先輩となぎさ先輩と櫻子さくらこ先輩が覗のぞき込んできた。


3人は息1つ荒げていない。なぎさ先輩はともかく、あや先輩と櫻子さくらこ先輩はどういうこったよ⁉


「かっ……体が、動かねェ……。全身激痛だ……こ、これが副作用……」


私が虫の息でつぶやくとあや先輩が微笑んだ。


「にゃはは。実はドーピング薬はプラセボでした。ただのジュースだったんだよ。勘違いでもみんなで陸上部には勝てたでしょ? これってすごく貴重な経験だと思わない? きっと、一生の良い思い出になると思うよ!!」


アヤぁ、てめェッ!!

とかやりたい気分だったけど、体が動かなんだ。でもこれでReviリヴァイ部評価が上がる。苦しみは達成感に変わったのだ。


後日、部室に入ってきたあや先輩はなんかがっかりしてるみたい。


「『陸上部を抜き去る訳のわからない文化部』なんてあるわけないだろって言われちゃって。私も抗議したんだけど……」


ん? なぎさ先輩、すげぇ笑ってんな。


「たとえ公式記録でなかったとしても、お前らと一緒に長距離デスマッチできたのは楽しかった。ありがとうな!!」


うお、えス!!(死語)


先輩はどちらかというと美人顔だが、今はあどけない女の子のように可愛らしいじゃないか。

なんだか結果に関してはどうでも良くなってきたぞ。

いつのまにか先輩達も私も笑っていた。


この訳のわからない文化部の存在は噂になった。

それに尾ひれがついて、ヤバいドーピングで陸上部を叩きのめした集団がいるとウワサになってしまった。

まぁ、確かにある意味ではヤバいドーピングだったかもしんねぇな……。

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