断章②
辺獄談話―②
「はあ……眠……」
湯気が立ち込め、視界が白で塗り潰された浴室に一人。
風呂桶に口元まで浸かった奏彌は、淡い微睡の中で禊について考える。
炎を操り、高い身体能力を備え、おぞましい姿の異形にすら情を示す白い少女。
「変なやつ……だったな」
異形の子は異形。いつか必ず、人間に害を為す存在に成長する。
化物は化物。子供の姿をしていようとも、あれは人の命を奪う。
親に縋りつく異形の幼体を前にしても、怯えた子供の霊を前にしても。奏彌はそこに、情を混ぜる余地など微塵もなかった。
――『そうだね。かわいそうだけど、仕方ないよね』
――『もう大丈夫だよ、おやすみなさい』
禊のそれは敵への優しさだったのか、或いは底無しの阿呆なのか。
「……羨ましいよ」
瞼を閉じる。禊がどんな人間であるにせよ、その絶美だけは確かだった。
早まる鼓動を湯の熱さのせいにして、心地よい闇の中へと落ちてゆく。
「――言った筈だ。あの女はお前の決意を鈍らせると」
目覚めるとそこは、見慣れた地獄。
炭化した父母の亡骸が吊るされた十字架の麓で、奏彌はもう一人の己の𠮟咤を受ける。
「感じる。お前がこれまで積み重ねたものが、芯から腐り始めるのを」
「なんだそれ。いいだろ、敵はちゃんと殺せたんだから」
確かに、禊の超常に対する姿勢には思うところがあった。ただ憎悪するのではない。彼女は心の底から、敵を理解しようとしていた。それが全て間違いだとは思わないが――
「結果ではない。そこに至るまでの在り様こそが肝要なのだ」
十字架に掌を当てて少年が呟く。焼けた鉄が傷だらけの手を一層苛み、突き刺さった有刺鉄線からは、濁った血液をぽたぽたと垂らす。
「十年前のお前は違った。全てを奪った理不尽を憎悪し、心の底から力を求めていた」
「変わったって言いたいのか。僕が弱くなったと」
「かつて鼎はお前に問うた。斯様な道を選ばずとも、他の生き方は無数にあると」
「……そして僕は応えた。そのようなものは、僕にはもうないと」
「であればっ」少年がぴしゃりと言い放つ。「どうしてお前は、あの霊を殺さなかった」
「それは……何故だろう。僕にもわからん」
奏彌の身体が徐に上昇を始める。目覚めの時だ。
「悪いことは言わん、考え直せ。いずれ後悔することになるぞ」
次第に遠ざかってゆく意識の中で、奏彌は少年に語り掛けた。
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