第110話 鬼教官おっさん



《アレクSide》


 私達は氷鬼たちのいるであろう、東の都ウフコへ向かうことになった。


「さ、いきますよ」

「ちょ、おっさん……歩きにくいって……」


 ざふざふ、と古竜(人間姿)が後ろから付いてくる。

 彼女の膝の上くらいまでに、雪が積もっている。


 おやおや。


「雪の上を歩けば良いではありませんか」

「無茶言うなし……。降り積もったばっかりの雪なんだぜ? 体重をかけたら埋もれちまうよ」


「埋もれませんが?」


 私は新雪の上に乗っかっている。


「うぐぐぐぐ……むぐぐぐ……」

「おや? どうしたのです、古竜? 両手で口を押さえて」


「……おれはもう、ツッコまん。あんたのやってることにいちいちツッコんでいたら、喉が壊れちまうぜ」

「? 喉くらい簡単に治せますが?」


「その潰れても治せますが理論やめろや……!!!!!!!!!!」

「また叫んでるじゃないですか」

「むぐぐぐう……」


 私は雪の上をひょいひょいと歩く。


「まじそれどうなってんの?」

「軽身功ですよ」


「ああ……なんだっけ。体を軽くするってやつか?」

「そうです。緑色闘気を身に纏うことで、体を軽くします」


 緑色……つまり、風の闘気をまとって、体重を減らすのだ。


「つーかさ、エルザの姐さんから聞いたけど、闘気って本来一人一色なんだろ?」

「そうですね」


「なんでおっさんは全部の色の闘気が使えるんだよ?」

「鍛えたので」


「ツッコまん……ツッコまんぞ……! むぐぐぐう……」


 しかし、ふむ。


「私が闘気を付与すると、闘気を使えるようになるというのに。あなたは一向に闘気が上達しませんね」

「まあ武人じゃねえしおれ……竜だし……生物の頂点だし……」


「自分より格上の敵に襲われたときに、それではいけませんね。今のうちから闘気を身につけておかないと」

「いやだから、生物の頂点なんだけど……おれ……」


 ふぅむ……。

 どうやらこの子は、特別に、鍛錬へのモチベーションが低いようだ。


 トイプちゃん達、獣人兵士たちとは大違いである。

 とはいえ、彼女は身内だ。見捨てるわけには行かない。きたえないと……。


「なんかよからぬことたくらんでねーか、おっさん?」

「そんなことは。さ、ウフコへ向かう道すがら、訓練しますよ」


「嫌! いーや! 訓練なんてしたくねーから!」


 これは少し強引にでも、訓練をさせないといけませんね。

 私は覇闘気をこめて、少し離れたところにある山をにらみつける。


「お、おいおっさん、なに彼方をにらみつけてるんだ?」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


「ちょ、え? なにこの音? なにこの地鳴り……?」

「訓練ですよ。ほら、走らないと死にますよ?」


「は?」


 古竜が音のする方を見やる。


「雪崩だぁあああああああああああああああああああああああああ!」


 殺気を闘気に込めてにらみつけた。

 その衝撃で、山に積もっていた雪が一気に降りてきたのである。


「さ、軽身功をつかって体を軽くし、逃げないと。雪崩に飲み込まれて死にますよ」


 私はひょいっ、と宙に浮いて、古竜を見下ろす。


「いやぁああああああああ!」


 古竜はざふざふ、と雪をかきわけながら走って逃げる。

 おやおや。


「だめですよ、軽身功です」

「できない!」


「できます」

「できない! くっそ、飛んで逃げるしか……」


 ひゅっ!

 ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 私が手刀を振るった。

 その衝撃波が、古竜の頬すれすれを通り過ぎる。


 地面に巨大なクレーターを作っていた。


「飛んではなりません。飛ぼうとしたら翼を斬りますよ?」

「お……」


「お?」

「鬼ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 なんですって?


「氷鬼? どこですか?」

「おまえじゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 おやおや、私は鬼ではないのだが。


「ほら、必死に逃げないと、死んじゃいますよー」

「ひぎぃいいいいい! ちくしょぉおおおおおおおおおおお!」


 古竜が叫びながら必死になって走る。

 闘気が彼女を強化する。だが、まだまだ甘い。


「その調子じゃあと10秒後には雪崩の下ですよ? 窒息したくなかったら風の闘気をまとって、体を軽くしてほら」


 私は目の前で実践してみせる。

 古竜は全速力で逃げながら、私の姿をじっと見つめる。


「はぁはぁ! くそ! こうかっ!」


 彼女の闘気の色が緑色になりかける。

 お、いいぞ。


「やはり命がかかってる方が、モノを覚えるスピードが速いですね」

「ちくしょおおお! おまえいつか訴えたるからなぁああああああああああああああああああああ!」

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