紅夢島の惨喜劇~悲劇で終わる物語を認めない少年はハッピーエンドを目指す
濵 嘉秋
第1話 異能力者の島
5人いた。警棒に拳銃など、各々が人の糸を簡単に事切れさせる殺傷力を持つ武器を携えている。
対するはたった一人。名門とされる学び舎『カトニック学院』の制服に身を包んだ桃色髪の少女だ。少女は丸腰…対する5人とは違い目に見える武器は持っていない。
何も知らない者が現状を見れば、少女の結末を想像して目を逸らすだろう。実際、5人の男は自分たちの優位を確信して下品た笑みを浮かべている。
勝負は一瞬で決まった。
5人の男が一斉に倒れたのだ。後ろ手に関節を決められ、武器を無力化されながら倒れた彼らの上に圧し掛かっていたのは桃色髪の少女その人だ。5人全員の上に、同じ顔をした少女が。
そこまでされて、彼らはようやくそれが何なのか理解する。
異能力者の島で、外の異能力者よりも数段は質を上げた異能力者。
「クソッ!ここまで…!」
「外の異能力者と一緒に考えるとこうなるんです」
「分身なんて」
そこまで言って男たちは意識を失う。首をトンとされて落とされたのだ。
その瞬間に5人の制果は消滅して、残った本体がインカムで連絡を取る。
「こっちは片付きました」
『おっ、ジャストタイミング!他も終わったってさ!』
「…彼らの密入島ルートは?」
『まだ不明。それとあと3人…男二人に女一人が確認されてるよ。この場には居なかったみたいだけど』
スマホに新着メッセージが入る。一枚の画像だ。どこかの監視カメラの映像を切り抜いたような場面とアングル。
いかにも怪しい黒ずくめの男二人と、数歩下がって彼らの後を歩く金髪の女性。コチラは白い衣装で画像から読み取れる情報だけで見ると自分たちとさほど年が変わらないように見える。
『他の連中は案外簡単に行動を把握できたんだけど、この3人は島に入って以降、姿を見せていない』
なんにせよ連中が行動を起こす前に確保しなくてはならない。
「彼らが吐いてくれればいいのですが…」
とは言いつつ、
結局、捕らえた者たちへの取り調べ結果は
いつもと違った。
学校は休みに入り、特に予定のない
だから今日は一日中惰眠を貪るつもりでいたのだが…何か違う。
まず匂いが違う。なんだか甘い匂いだ…簡単に言うと女の子特有の。次に手に当たる感触。柔らかい布の奥にさらに柔らかいナニカがあって、左手がそれに触れていた。
その頃には意識も完全に覚醒していて、その違和感の正体が何なのかを理解していた。すぐに手を引っ込めて布団を捲ると、そこにいたのは金髪の女の子。
「だれ?」
突然だが、猫真創という少年の周りには朝に起こしに来てくれる幼馴染や妹なんて素敵な存在はいないし、同衾する関係性の人物もいない。つまり、隣で寝ているこの金髪少女には一切の心当たりがないのだ。
金髪少女を起こさないようにコッソリとベッドから降りると部屋を見渡すと、ベランダに出る窓の鍵が開いていることに気づいた。昨夜、確実に占めたかと聞かれると自信がない、むしろ閉めていない確率の方が高い。
なんせ猫真の住むこの部屋は7階。侵入するには手間がかかりすぎる。
玄関を確認するとそこはしっかりと戸締りがされているし、侵入経路はベランダからなのだろう。
「うぅん、やっぱり
というかそれしかない。もしも金髪少女が異能力者だった場合、猫真にとって非常に面倒くさいことになる。主に後始末的な意味で。
決心してスマホを取るために腰のポケットを漁るが、感触がない。よく考えなくても今の猫真はパジャマだ。ポケットにスマホを入れたまま寝る者などそうはいない。
「探してるのはコレ?」
そんなセリフと共に見覚えのあるスマホが差し出される。
「あ、どうも」
そのスマホを受け取ろうとして、一向に差し出した手からスマホを離さないその人物の顔を確認する。
当然ながら、そこにいたのは件の金髪少女だ。眠そうな目を擦りながらスマホを上に放り投げる。宙に舞ったスマホをキャッチした猫真は少女から距離を取ろうとするが、すぐに玄関のドアノブに掛けた手を止める。
「なぁ、少し話さないか?」
「え?」
猫真の行動を予測していたのだろう。それが外れた金髪少女は呆気にとられたような顔で猫真を見た。
午前8時半…猫真とエルはテーブルを挟んで対面していた。エルというのは金髪少女の名前だ。この場面に至るまでにお互いの自己紹介があったのだが、その際に語られた彼女の名前。エルというのはファーストネームでファミリーネームは本人すら把握していないという。複雑な事情というやつだ。
「じゃあ聞かせてもらおうか?なんでこの部屋にいたのか」
「とは言っても…たまたま降り立ったのがこの部屋のベランダで、たまたま鍵が開いてたからお邪魔して、先客で温まってるベッドがあったからそこで寝てたんだけど。あ、不用心だよ?いくら上階だからって戸締りを怠るのは。ここは異能力者の島なんでしょ?」
「その不用心に付け込んだ奴が何を」という言葉が出かかった猫真だが、何とか飲み込んで別の言葉を放つ。
「じゃなくて、なんでそんなことをする状況になったのかってことだよ!」
「……その前に質問なんだけど。タクミはさ、この世に異能以外の超常の力があるって言ったら、信じる?」
「はぁ?」
「今から話すのは、その異能以外の超常の力についてなんだけど」
「信じるかどうかは聞いてから決めるよ。まぁオカルトには寛大なほうだぜ?」
考えようによっては異能力者という存在自体がオカルトなのかもしれないが少なくとも猫真にとって、すでに社会の常識となった異能力者は最早オカルトではない。だが、表に出ないナニカというのは存在するものだ。
「異能力者が認知されてから一世紀。初めのほうは異能力者への差別が酷かったって話でしょ?」
教科書にも書かれている話だ。
今でも異能力者への差別・偏見が残っているが、表立ってそれを公表するのは一部の過激な集団くらい。
まぁ異能の底が知れなかった黎明期に比べて、現代では異能がそこまで有用なものではないと判明したのが大きいだろう。それゆえに、その異能を強化して異能力者という種をより強化しようとしているこの島は各国に警戒されているのだが。
「その差別の根本は異能力者への恐怖。自分たちとは違う存在に対する畏怖の念。ならその恐怖への対抗策を考えるのは当然でしょ」
エルの言葉に、猫真は頷く。
この島だって、悪戯に異能力者を強化しているわけではない。その裏には異能力者を利用して自分たちの利益にしようとする大人の思惑がある。
だから異能力者が暴走しないように
「今みたいに科学も発展していない時代において、そんな人たちが縋るのは何だと思う?」
「そりゃあ……神様でしょうよ」
昔だけではない。今だってそうだ。
「そう。でも祈ってばかりじゃ状況は変わらない。だから魔術という技術が誕生した」
「魔術?」
「その魔術を後世でも使えるように書き記したのが魔導書。聞いたことない?エイボンの書とかセラエノ断章とか」
「朧げに」
だがそれはフィクションの話。または大昔の話…現代でその実在と効果を信じているなんて宗教的だ。
(さては新手の宗教勧誘か?そういえばこういうのには美人さんが使われるって話を聞いたことが)
「一応言っておくけど、今は宗教の話をしているわけじゃないからね」
頭に一瞬だけ浮かんだ疑いを口に出す前に否定したエルはジト目で猫真を睨みながら「馬鹿にしてるでしょ」と呟く。
「でも事実なの」
「って言われてもねぇ・・・実物でもあるなら話を別だけど」
「残念ながら持ってないね。まぁ持っていたとしても見せないけど」
「なんで」
「だって、もし適正がなかったら発狂しちゃうんだよ?」
さも当たり前のことのように首をかしげながら放たれた言葉に、猫真の体がビクリと反応する。
「適正がなければ内容を目にした瞬間に廃人化するの。人によっては本に触れただけで干渉されるし、本当に弱い人は表紙を見ただけでおかしくなっちゃう。そしてその適正は実際に試してみないと分からない」
つまり、もし猫真に適性がなければ最悪、表紙を見ただけで発狂するかもしれないからダメというわけだ。そりゃあそんな危ない物は持ち歩かないだろう。
「で、その魔導書がなんだってんだよ」
「私はその魔導書を回収して回ってる組織の一員なの。この島に来たのも任務のため」
「てことは?」
「この島に魔導書がある」
エルが自身の所属を離した辺りからすでに予想していたことだが、当たった。だがだとしても分からないのはやはり「なぜ猫真の部屋で寝ていたのか」だ。
そんな重要な任務なら何処かに宿を取れるだろう。いくら島の出入りが難しいと言ってもそこら中にホテルがあるのだから。
(待てよ?もしかして野宿が前提だった?いやでもこの時期にホテルが混んでるってわけないしなんで……)
そう。ホテルがあるのだからそこを使えばいいのだ。わざわざ他人の家に不法侵入する真似なんてしなくていい。だがそれは正規の手順を踏んで入島してきた場合の話。
例えば不法に入ってきた人間が泊まれる宿なんてこの島にはないのだ。
「な、なぁ?もしよかったらさ、限定ID見せてくれない?番号は隠していいからさ」
「う?限定ID?」
紅夢島では全住民に個人IDが配布されている。病院や宿泊なんかはコレが必要なのだが、このIDは外からの客人にも配布される。滞在時に限って使用できる使い捨てのID、限定IDだ。
この島に外から来て、この言葉を知らないはずはない。だから今このタイミングで首をかしげるこの金髪少女はおかしい。
「あぁ…たしか客人に渡されるんだっけ。でも困ったなぁ」
「頼む。劇的に物覚えが悪いだけであってくれ!」なんて猫真の懇願も、次いで繰り出されるエルの宣言によって木っ端微塵に破壊された。
「だって私、
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