拳法少女・ニーヤオ

ごろごろ

第1/3話

 ◇


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「神竜様、大切な……大切な娘と我が家に代々伝わる神聖物・蒼天の帯を捧げます! 寛大な御心で、どうか息子の命だけはお残し下さい!」


 久しぶりに来た客が、この様な不快な男とは世も末だと、そう思った。我が子可愛さに我が子を人身供犠じんしんくぎにする、その矛盾をどうして受け入れられるのか、神竜にはひと欠片も分からなかった。


『……貴様の息子の命を奪うつもりなど毛頭ない。娘を連れて帰るが良い』


「いえ、あなたが息子の命を奪うと、名のある預言者が言っておりました。ですので、娘と蒼天の帯を捧げます故、息子の命だけはお残し下さい!」


 ―――。


『帰ってしまったぞ?』


「別に良いヨ。リャンを助ける為だからって私を捨てるような毒親ダヨ? こっちから願い下げヨ」


『リャンとは兄の名か。娘、歳はいくつだ?』


「5歳。リャンはまだ9歳だけど、10歳の誕生日に死ぬとインチキ預言者が言ってたヨ」


 年齢の割に口達者だなと、神竜は思った。


『お前の名は?』


「ニーヤオ。お前は?」


 おまえ。神竜は少し引っ掛かったが、5歳児などこんなものかと諦める。


「我はこの世に唯一人の神竜、名など必要ない」


「神竜、家族も兄弟もいない?」


ソンという弟と、リンという妹がいる。どちらも新緑の精霊だ」


「ふぅん。神竜は私を喰うか?」


『育てる労力を思えば喰うほうが楽だ』


「ワンチャン役立つ日が来るかも知れないヨ?」


『ならば育てよう』


 神竜霊峰。人の世を嫌う神竜が住まう場所。

 険しい立地がそんな印象を与えたが、実際はここに悪雲あくうんを間欠泉の様に吐き出す地脈があり、それを塞ぐのが神竜の存在意義なのだ。

 勿論、並の人間に来れるような場所では無い。


 訪れるのは神竜教の狂信者か。

 莫大な量の宝目当ての盗賊か。

 はたまた神竜を見世物としか考えていない金持ちが娯楽の為に護衛や案内役を雇って来るくらい。

 そのいずれにせよ興味は無かったが、人の子を育てると答えた自分には驚いた。


 グギュルルルルルル――。


『腹の音か?』


「昨日の朝から水だけ生活ヨ。清らかな体じゃないと捧げ物にならないんだと。もう腹ぺこネ」


『竜に乳は無いぞ』


「私もう5歳ヨ? 乳飲まなくても生きられるネ。良いならそこらの動物とって食うヨ。良いか?」


『構わない』


「川はあるか?」


『向こうだ』


 許可を出すと、ニーヤオは父親が捧げ物として持ってきた神聖物・蒼天の帯を腰に巻き、石を2つばかり拾い上げ、タカタカと緑の方へ走っていく。

 手頃な木を見つけると、山猫の様にしなやかに登り、ふくろうさながらに獲物を探す。と、草むらに向かって石を投げた。

 放り投げた、などと可愛らしいものではなく、石はニーヤオから放たれた弾丸だった。

 大きなトカゲは脳天を撃ち抜かれ、兎は首を撃ち抜かれていた。


「ダブルGETネ」

 

 神竜の知る常識では、ニーヤオの見せた狩りは神業と言って遜色のないものだ。

 何故ニーヤオはこんな芸当が出来る? 

 何故ニーヤオは捨てられて尚これほど逞しい?

 俗世から離れて久しいが、いま時は普通なのか?


 ニーヤオを見ていると次々と疑問が浮かぶ。

 気の遠くなる年月をひとりで過ごしていた神竜は、少し楽しいなと思った。

 

 石と木の皮を使って火を起こし、自ら捌いた動物の肉を喰らっている。とんだ5歳児だ。

 神竜はニーヤオに尋ねた。


『親はニーヤオがに選ばれている事を知っていたのか?』


「きっと本物の神聖物とすら思ってないヨ。親が自分で試して何も起こらなかったからネ。私はイタズラで着けた時に知ったダケ」


『そうか。ニーヤオの親は大馬鹿者だな』

神託者しんたくしゃを自ら手放すとはな)


「違い無いネ」


『ふむ。この巡り合わせも亡き神のご意思かも知れぬ。ニーヤオ、われが師となり神力しんりきを鍛えてやろうか?』


「もう亡くなってるなら意思もクソも無いネ。でも鍛えてくれるのは大賛成ヨ」


『良し。無事20歳はたちを迎えられたら神属契約をしてやろう。それまで耐え抜いてみせよ』


 神属契約とは神により神を作る契約であり、神に生み出された神竜を2次神とするなら、神竜に神属契約されれば3次神の誕生となる。


 3次と言っても、神は神。

 世の理から一歩外れ、老いることさえ無くなる。


 そんな神属契約など全く知らないニーヤオにとって、ほとほと興味の無い話だった。


「育ててくれるなら何でも良いヨ」


 ――それから15年はあっという間だった。


 神竜の 声聞かぬまま 人老いる


 なんて歌が詠まれるくらいには無口だった神竜も、よく喋るようになったと自身が関心するくらい、ニーヤオとの出会いで生活が変化した。

 まず人型で過ごすことが増えた。ニーヤオに分かりやすく力と体の使い方を教える為だ。

 それに伴い動く機会が増えると、草花を育てるのが趣味となった。

 命を育てるのが面倒と言っていた神竜が――だ。


 ニーヤオも大きく成長した。

 10歳の時点で神竜の財宝を奪いに来た名のある盗賊団を一人で苦も無く壊滅させるくらいには。

 それ以降は際立った相手との戦闘経験は無いものの、実力は確実に上がっている。

 20歳となった今では、この世でニーヤオを倒せるのは神竜以外に存在しない。まさに無敵だ。


 そんなニーヤオに、師となった神竜がひとつの【お使い】を頼んだ。


『ニーヤオ、我はこの本にある紫陽花あじさいという花を見てみたい。キサロの町で種を探してきてはくれまいか』


「まだ動けないか?」


『うむ。向こう20年はだろう』


「仕方ないネ。行ってくるヨ」


『もうひとつ。実はこちらが本題だ』


「何?」


『ソンを助けてくれ』


「ソン? ああ、師匠の弟ネ。精霊だっけ? どうした? 死にそうか?」


『死ぬ事は無いが、悪しき心を持った神託者に捕まり、金の亡者に売られたらしい。風の精霊が事細かに言っていたので間違い無い』


「金の亡者? 名前は?」


『金の亡者は金の亡者だ。この世に唯一人の金の亡者に名など無い』


「あー理解したヨ。それ系の奴ネ。キサロの町に居るのか? どうしたら助けられる?」


『うむ。キサロにある、金の亡者の屋敷に捕らえられているらしい。金の亡者がソンに付けた値段は、50億ゴルドーだ。払えば自由の身となれる』


「……サクッと殺れないか?」


『金の亡者に死の概念は無い。その上、契約の力は絶対だ。ニーヤオが冒険者として活動すれば、数年で稼げるだろう。神竜霊峰の財宝も全て持たせよう。案外少ないが、10億ゴルドー程ある』


「10億あるなら余裕。【無限収納袋】借りてくヨ。5年くらいで戻るから、紫陽花あじさい、楽しみに待っとくと良いネ」


『頼んだぞ、ニーヤオ』

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