烏丸湊は取り戻す

有澄春人

青春奪還作戦編

第一話 始まるはずだった青春

 体育祭。それは、高校生活における一大「」イベント。

 もう一度言うぞ。一大「」イベントだ。 

 学校行事の中でも群を抜いて青春の二文字を感じさせるイベント。それが体育祭というイベントなのだ!!


「みんな、今日までよく頑張ってくれた。二、三年生は一年生を引っ張ってくれてありがとう。そして一年生も、慣れないながらもみんな懸命に、そして全力で取り組んでくれたな。本当にありがとう」


 体育祭実行委員長のスピーチが、生徒会専用の広い会議室に響く。


「俺たちの努力は、決して無駄にはならない。明日の体育祭、全員で最高のものにしよう!」


 実行委員長がそう言うと、執行部のみんながすぐさま立ち上がり、たちまち拍手をする。中には泣いている執行部員もいた。早いって。


「じゃあ、今日はこれにて解散! みんな、明日に備えてしっかり寝ろよ!」


 その一言で、執行部員が徐々に帰宅の準備を始める。


「なあ、烏丸からすま。今お前、彼女いる?」

「なんだ急に」


 今話しかけてきたのは、同級生の柏木一馬かしわぎかずま。見た目はまあそこそこのイケメン。なのに「モテてぇ~」とか言っててムカつく。

 ま、悪い奴じゃないんだけどな。


「いやさ、体育祭って女子にいいとこ見せれんじゃん? 『ワンチャン』あるかなって」


 マジかこいつ。つい先ほど実行委員長が熱いスピーチをしていたというのに。許せん、成敗してくれる。


「……お前に限ってはねーよ」

「なんでだよ!? なんで俺に限られんだよ!?」


 柏木の悲痛な叫びが響く。そういうとこだぞ、マジで。てかうるさい。


「うるさいなあ、どしたの柏木。また彼女彼女って言ってるの? 中学生じゃん」

「うぐうぅっ!!」


 柏木に クリティカルヒット! 1053の ダメージ!

 柏木は 戦闘不能になった!


 ちなみに、今柏木にクリティカルをヒットさせたのは波月美鈴なみつきみすず。黒髪ロングの清楚系美少女で、同級生の中でもトップクラスの美貌と人気を持つ(主に男子から)。柏木とは幼馴染らしく、なぜか知らないが柏木に対してはすげぇ強く当たる。可哀そうに……。


「ごめんね、湊くん。こいつみたいなカスに付き合わせちゃって」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!? 今カスって言ったよね!? ねえ!? それは酷くない!? ねぇ!! そろそろ泣くよぉ!?」


 柏木……。


「いや、いいよ。それに、波月さんと出会えたのはこいつのおかげだし」


 仕方ない。ここはかばってやるか。

 それにこれは本当のことだ。こんな美少女、お近づきになれるのならこいつとも喜んでバカやるさ。


「嬉しいこと言ってくれるじゃん。ありがと、湊くん」


 波月さんは少し頬を赤らめた。

 かわいい……可愛すぎる!!

 黒髪ロングの清楚な見た目もさることながら、髪を耳にかけ、上目遣いでこちらを見るその仕草!!

 まさに現代日本に降臨した女神!美しさと可愛らしさが絶妙な配分で両立されているッ!!


 柏木と友達になってよかった……!!

 ありがとう柏木ブラザー!! ありがとう超親友マイベストフレンド!!


「烏丸……俺ってそんなにカスなの……?」


 おっと、柏木が今にも泣きそうだ。ここは圧倒的超親友マイフェイバリットフレンドとして、救いの手を差し伸べなければな。


「いいや、お前は最高だぜ親友。俺はお前と友達になれてよかった」

「烏丸……!! ありがとう、親友よ……!!」


 うおおお!と、俺に抱き着く柏木。

 ふっ、普段なら俺は「男同士でハグなんてするか」と柏木をはねのけていたことだろう。だが今は違う。こいつとこの感動を分かち合いたい……!!


「……むぅ。柏木は親友とくべつなのに、私は違うんだ……」


 波月さんの声のトーンが、少し低くなった。心なしか、目も若干鋭くなっているような……。


「烏丸くん。波月さんって私のことだよね?」

「えっ?  うん……そうだけど」


 なんだろう……何か不味かったか? さっきまでの感動と歓喜が吹き飛びつつあるぞ……。波月さんから発せられるオーラが、なんかヤバい。


「ねえ。私のこと、美鈴って呼んで?」

「え……っ。そ、それは……」

「ねえ。呼んで?」


 波月さんは、ずいずいと俺に迫ってくる。一歩ずつ、まるで死刑台へと向かう執行人のように。顔は女神だが。

 「美鈴」と呼び捨て……だと……? そんなもの、同級生の男子が呼んでいいわけがない。

 だが波月さんの願いを叶えてあげたいこともまた事実。どうする俺……どうすれば正解なんだ……!!

 



「……湊くん。呼んで?」






「み、美鈴……?」





 俺がそう呼ぶと、波月さん改め美鈴は少し赤面して、満足げな笑みを浮かべた。

 か、かわいい……!天使だ……!

 俺の選択は間違ってなかった!!


「よろしいっ」


 そう言って俺から離れると、美鈴は柏木に向き合った。


「分かった? 柏木。私と湊くんは特別なの。そうよね、湊くん?」

「……はい」


 有無を言わさぬ雰囲気を放つ美鈴を見て、俺はつい肯定してしまった。

 もうこれ絶対逆らっちゃいけないやつだよ……。

 ちなみに、美鈴は俺と腕を組んでいる。うん、なんで?


「は、はぃぃ……」


 柏木はまたもや泣きそうになっている。かわいそう。amen。


 ……てか、今「私と湊くんは特別」とか言わなかったか?

 生徒会の同級生からの鋭い視線が刺さりに刺さる(主に男子)。

 こ、殺される……!?ち、違うんだ!俺はそんなつもりはない!違う!美鈴が勝手に!

 だが、そんな俺の悲痛な心の叫びは届くはずもなく……。



「くそ……烏丸と波月さん、悔しいがお似合いすぎるなぁ」

「ああ。なんかもう、言葉はいらんって感じだよな」

「ここは素直に祝福するしかないか……」



 ……ええい黙れ外野!! そんな生暖かい目で俺を見るんじゃない!! は、恥ずかしい……!!

 ふと美鈴のほうを見ると、赤面しながらも笑みを浮かべている。なんで!?


「はいはい、イチャつくのもそこまでにしろ~。外野も帰れ。ずっと居られると先生の残業時間が増えるんだよ」


 執行部の顧問がそう言うと、「はーい」という声とともに、ようやく一年生も帰り始めた。

 た、助かった……!


「ね、湊くん。一緒に帰らない?」


 ……助からなかった。






 放課後、学校からの帰り道。

 生徒会執行部の集まりもあったので、帰る頃には太陽もかなり傾いていた。

 電線の張り巡らされた街に、夕焼けの赤い光が降り注ぐ。

 工事現場の鉄骨が光に照らされて、影となりはっきり見える。


「……湊くんはさ、小さい頃のこととか覚えてたりする?」

「うーん……あんまり覚えてはないかな。どうしたの?」

「ううん、なんでもないの」


 美鈴は首を振った。

 美鈴が何を思ってそんな質問をしたのかは分からなかったが、俺はふと、あることを思い出した。


「そういえば、小さい頃に迷子の子を助けたことは覚えてるなあ……すげえ感謝された記憶があるもん」


 美鈴は少し驚いたような顔をした後、優しく微笑んだ。


「そっか……」


 その笑顔を見て、俺の心臓は鼓動を早める。夕焼けのせいだろうか、なんだか美鈴の顔が赤いような気がする。

 そのまま歩いていると、美鈴が急に立ち止まった。

 俺より二、三歩先に進んだところで、美鈴が口を開く。


「あのね、湊くん。私、ずっと前から――」


 唐突に鉄同士がぶつかり合う音が聞こえる。咄嗟に上を見る。鉄骨がバランスを崩している。無慈悲にも落ち始める。

 鉄骨は重力に導かれ、そのまま美鈴のところへどんどん落ちる。美鈴は驚き、恐怖で動けずにいる。

 辺りは信じられないくらいの静寂に包まれていた。いや、本来ならば工事現場の作業員の叫び声や、美鈴の悲鳴があったのかもしれない。だが、その時の俺には、世界が無音のスローモーションで、ただ静かに流れていた。


 ――守らなくては。

 同時だった。俺が美鈴を突き飛ばし、鉄骨が俺の頭を容赦なく潰す。

 そこで俺の意識は途切れた――










 ――はずだった。


「……ふむ。目覚めたか」

「……誰ですか?」


 気が付くと俺は、ゲームに出てくるような魔法陣の上に仰向けで倒れていた。

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