第14話 V・タイタン

 ソフィアが目覚めてから一日が経ち、里長の部屋に選抜メンバー十人が集められた。

 トビ、ソフィア、マロマロン。さらにマロマロンの従者である男エルフのカイ、女エルフのエンヴァー。診療所でソフィアの治療をしていたカリン。他四人の精鋭戦士たち。


「勝負は最初の一撃で終わらせる」


 全員の前でマロマロンが言う。


「まず結界の外からソフィアがV・タイタンを眠らせる。その後、トビが眠っているV・タイタンに触れ、耐性を消す。そして全員で風魔法を発動し、V・タイタンの心臓を斬る」


 ソフィアが手を挙げる。


「もしも、それが失敗したらどうしますか? 次のプランは?」

「耐性の破壊を目指す。トビの籠手で一定以上のダメージを与えることで相手の耐性を一時的に破壊できる。全員でトビをサポートしてV・タイタンの耐性を破壊し、そのあとでV・タイタンを処理する。これも失敗したら外で待機しているエルフ達に合図を送り、洞窟を風の結界で囲む」

「その場合、洞窟の中にいる私たちは……」

「逃げ場を失いV・タイタンに蹂躙され全滅、じゃな。まぁ里が全滅するよりはマシじゃろう」


 その場にいる全員に緊張が走る。だがすぐさま緊張は覚悟に変わった。

 皆、V・タイタンを恐れているが、それ以上にV・タイタンを倒したいという思いが強いようだ。


「作戦決行は一時間後じゃ。それまで精神統一するなり遺書を書くなり好きにせい」


 会議が終わり、外に出たトビの背を、エルフの精鋭が叩く。


「頼むぜヒューマン。この作戦はお前が肝だ」

「俺たちは身を挺してでもお前を守る」

「私たちにできることがあったら何でも言ってくれ」


「ありがとうございます。戦いの時には頼らせてもらいます」


 精鋭の中にいる女エルフ、腹筋が割れた金髪ロングの女エルフが唇に指を当て、トビの股間部分を見る。


「なんなら、戦いの前に私の体で一発抜いとくか?」

「はい!?」

「だって、下手したらこの戦いで死ぬんだぞ~。お前経験はあるか? もしないんだったら遠慮するな。童貞のまま死にたくないだろう~?」

「はっはっは! やめとけジュニパー。戦いの前に精気を取ってどうする」

「ははっ! 確かにな!」


 猥談で盛り上がるエルフ四人。

 トビは苦笑いで話を聞き流す。


(エルフってなんとなく清純なイメージあったけど……人それぞれなんだなぁ)

「そんじゃ、もしV・タイタンを倒せた時はご褒美にやらせてやるからさ!」

「……あの」


 ソフィアが、ゴゴゴゴと擬音が聞こえるぐらいの迫力でエルフ達の背後に立っていた。


「客人に、あまり失礼なことを言わないように……! 我々エルフ全体の品位が問われますので……!」

「じょ、冗談だって!」

「お、怒んなよソフィア……! あはは」


 精鋭エルフ達はソフィアから逃げるように去っていく。


「まったく、ジュニパーさんは下品なんですから」

「なんだか、スラムの人たちを思い出したよ」


 ソフィアは申し訳なさそうな顔でトビの目を見る。


「……トビさん、本当に良いのですか?」

「なにが?」

「これは私たちエルフの問題です。なのに、トビさんにまで命を懸けてもらって……」

「別にエルフの問題じゃないでしょ。V・タイタンが解放されたら王都にいる人間たちにも被害が広がる、それを食い止めようとするのは当然じゃないかな。王都には僕の大切な人もいるしね」


 お人よし。それがソフィアがトビに抱いた感想だった。

 それ自体に間違いはない。トビはお人よしだ。他人には優しくするべきだと思っているし、善人には生きてほしいと思っている。だが、それだけが彼の本質ではない。

 ソフィアは微かな違和感を抱いていた。V・タイタンという強敵を前にして、なぜこの男は一切怯えていないのだろうと。

 絶対に、何か大切なモノが欠けている。その欠けているモノがなんなのか……そこまではまだソフィアにはわからなかった。



 --- 



 V・タイタンのいる洞窟の大広間。

 そこに結界師のエルフたちと討伐メンバー十人が集まっている。


「ソフィア。始めよ」

「はい」


 ソフィアは結界の前に立ち、青い粒子を手から発し、風の結界の内部に送る。


「あの粒はなんですか?」

「眠り粉。アレに触れさせることで対象に眠気を蓄積できるのじゃ」

「でもこの森に来た時、あんな青い粒見なかったですけどね。僕にもあの魔法を使ったはずなのに」

「目に見えないほどに細かくすることも可能じゃ。眠り粉を細かく砕き、風に乗せ、散布し続ける。それがソフィアの基本戦術。ただし、眠気の蓄積は時間がかかる。人間を眠らせるには約15分ほど眠り粉を当て続けないとならん。V・タイタンならばその倍か、そのまた倍か」


 ソフィアが眠り粉を散布してから20分。ドタン!! と地鳴りが響いた。


「意外に早かったのう……ソフィア」


 マロマロンが声を掛ける。


「はい。眠った手ごたえがあります。ですが、念のためあと30分続けます」

「うむ。頼む」


 さらに30分後――


「総員、準備は良いか?」


 全員が無言で頷く。


「結界師たちよ。結界を解除し、洞窟から出よ」


 結界師たちも頷き、数百年振りに結界を解除する。

 風の結界が晴れ、V・タイタンの姿が露わになる。


「!?」


 マロマロン以外、全員が思わず悲鳴をあげそうになった。

 腰布だけ巻いた巨人。体長は20mほど。

 指が両手それぞれ七本あり、目は三つある。上半身は赤く、下半身はどす黒い。鬼のような形相をしており、眠っているのに横たわることはせず、片膝をついたまま瞼を下ろしている。

 マロマロン以外のエルフ達は噂でしかこの存在を知らない。ゆえに驚いた。トビも同様だ。

 しかし総員すぐに顔を引き締め直し、戦闘態勢に入る。


 結界師が退避した後で、マロマロンが顎をくいっと上げ、合図する。トビはV・タイタンの膝に近づき、その膝に籠手を当てる。


 マロマロンが右手を上げる。エルフ達が一斉に両手を上げ、一か所に風を溜める。風は発散、圧縮を繰り返し、最後には一振りの暴風の刃となった。


――暴風の鎌射太刀ノトス


 エルフ達が力を合わせ発する災害級の風魔法。その刃はあらゆる硬度を無視し、対象を斬り裂くと言われている。ただし――死耐性のあるヴァンパイアの心臓を除いて。

 死への耐性はトビが無効化した。

 エルフ達は一斉に手を振り、暴風の刃を放つ。暴風の刃はV・タイタンの胸と両腕を一刀両断にした。

 紫色の血が飛び散り、V・タイタンの両腕が落ち、V・タイタンの肩より上がマロマロンの目の前に落ちる。


「やった……」


 まずマロマロンが呟いた。


「こんなにも、あっさりと……私たちをこの地に縛り付けていた悪魔を……! 長年の宿敵を!!」


 次にソフィアがそう言い放った。

 徐々にエルフ達の表情が緩んでいく。


――そんな中。


 トビだけは違和感を抱いていた。


(生命活動が終わった時、耐性が弱まるとツンドラさんは言っていた。だけど、籠手を通じて伝わるこの感触……耐性が弱まってない!!?)


 トビが仲間に危機を伝えるよりも先に、


「……ぬかったな。コバエの王よ」


 マロマロンの目の前にある、V・タイタンの顔が口を開いた。


「馬鹿、な……! 心臓は破壊したはず!!」

「我々ヴァンパイアは心臓を破壊されれば復活できん。くくく……だから、ずらしておいたのさ」


 V・タイタンの大きく開いた口、その中に、脈打つ物体があった。

 とても、鮮やかな赤色の臓物があった。


「心臓を、口に移動させていたのか!!?」

「この220年、あまりに暇だったのでな」


 V・タイタンの斬り裂かれた部位から骨が生まれ、肉が生まれ、皮が、毛が、生まれていく。


「馳走がたらふくあるわ!! ぬはははははは!!! エルフのソテー、エルフのステーキ、エルフの煮汁! この二百年余り、ずっと楽しみにしておったぞ!!!」


 とてつもない邪気が放たれる。

 足を竦ませるエルフ達。歓喜が一瞬で絶望へ変わる。

 しかし、は動いていた。


 洞窟の壁を駆け上がり、蹴り飛び、そして、右拳の一撃でV・タイタンの顔をぶん殴った。


「ぬっ!?」


 V・タイタンは自分より遥かに小さい男の一撃でバランスを崩し、背中から倒れた。

 男は地面に着地し、左手首を鳴らす。


「さて、巨人はどう調理するのがうまいかな」


 まるで鮮魚を前にした料理人のような口調で、トビはそう言った。





 ――――――――――

【あとがき】

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