魔王、勇者を倒しちゃったんだけど、その後転生した先で好きになっちゃいました。
@kinoko-kino
第1話 気が付くと、小説に出てくるような悪役令嬢だった魔王
私は気が付くと、見知らぬ天井を見上げていた。
ここはどこだろう…。
薄暗い部屋の中、かすかな光が差し込む窓辺に目をやると、豪華なカーテンが揺れている。
「お、お嬢様…エイリスお嬢様…?」
部屋の隅から震える声が聞こえる。
私は体を起こし、声の主を見た。
そこには、使用人たちが怯えた表情で立っていた。
「ここはどこだ?私の名前は…エイリス?」
私は自分の声に違和感を覚えつつ、問いかけた。
「はい、お嬢様。エイリス・レイモンドお嬢様です」
一人の使用人が震えながら答えた。
「なるほど…エイリス・レイモンド…」
私は自分の手を見つめながら呟いた。
私は転生したのだろうか…。
この体は明らかに以前のものとは違う。
しかし、私の魂は魔王としての記憶をしっかりと持っている。
使用人たちは私の様子を見て、ますます怯えた表情を浮かべていた。
どうやら、私はこの家の悪役令嬢として知られているらしい。彼らが怯える理由も少しずつ理解できてきた。
「エイリスお嬢様、何かご用命はございますか?」
別の使用人が恐る恐る尋ねた。
「いいや、大丈夫だ。少し一人にしてくれ」
私は冷たく答えた。
彼らがそそくさと部屋を出て行くのを見届けた後、私は深く息を吐いた。
これからどうやって生きていけばいいのか、頭を整理する必要があるな…。
その時、ドアが乱暴に開かれた。振り返ると、そこには華やかなドレスを着ている可愛らしい少女が立っていた。
人間の感覚で言うと、かなりの美少女だと思う。
私を見るその少女の顔には驚きと困惑が浮かんでいた。
「お姉さま…、どうして生きているの?」
その少女は、震える声で叫んだ。
「あなたの心臓は確かに…」
この少女は…、そう、レナだ。
私の、エイリスの妹のレナだ。
エイリスの記憶が、少しずつ頭の中に入ってくる。
「レナ…」
私は彼女を見つめ、冷静に言った。
「心配かけてすまない…。でも、大丈夫だ」
私がそう言うと、レナは一歩後ずさりし、怒りと恐怖が入り混じった表情を浮かべた。
「こんなこと、信じられない…。」
レナの言動は、とても私を心配している感じではない。
そうか…。
エイリスの記憶を辿っていくと、エイリスは妹のレナをかなりいじめていた。
とても仲良しの姉妹とは思えないが、それにしてもよくわからないレナの言動に私は戸惑ってしまった。
「レナ…」
と、私が手を伸ばすと、レナはビクッと体を硬直させ、部屋を飛び出して行ってしまった。
私は深くため息をつき、これからの道のりが険しいものになることを悟った。
エイリスとして生きることは、きっと、簡単ではない。
少しずつ鮮明になるエイリスの記憶には、エイリスが今までどれだけの人間を虐げてきたのか、どれだけ傍若無人で人に迷惑を掛けてきたのかが、残っていた。
私は頭を抱えてそのままもう一度ベットに倒れこんだ。
_______________________
転生する前、私は魔族の頂点に立つ魔王だった。
以前は、私は魔王として、美しい大地で平和に暮らしていた。
魔族たちは広大な緑の草原や、澄んだ湖畔で日々を過ごし、花々が咲き乱れ、鳥たちが歌うこの場所は、まるで楽園のようだった。
「魔王様、今日の景色も素晴らしいですね。」
側近のアリアが微笑みながら言った。
「本当にそうだな。ここで暮らすことができて、私は幸せだ。」私は遠くの山々を見つめながら答えた。
100年程前は、魔族と人間は共に手を取り合い、平和な生活を送っていた。魔族の力は人間の生活を豊かにし、人間の知恵は魔族に新たな可能性をもたらしてくれた。
私たちは共存の道を歩み、未来への希望を抱いていた。
しかし、その平和は長くは続かなかった。
一部の人間たちが、魔族を奴隷にし始めたのだ。
彼らは魔族の力を恐れ、その力を自分たちの利益のために利用しようとした。
「奴隷?そんなことが…」
私はその報告を聞いて驚きと怒りを感じた。
「はい、魔王様。一部の人間たちが魔族を捕らえ、酷使しています。」
側近のアリアは悲しげに答えた。
まさか人間たちが…?
あの美しい心を持っている人間たちがなぜ…?
私は魔王として君臨する一方で、一つの秘密の趣味を持っていた。
それは、人間たちの創る物語を読むことだった。
特に恋愛ものが大好きだった。
魔王としての私には性別がなく、恋愛を経験することはできなかったが、それでも人間たちの恋愛の話を楽しんでいた。
そのせいか、私は人間自体が大好きだったのだ。
私の姿を見ると人間は怖がってしまうので、姿は絶対に見せなかったのだが、小説を通して人間たちと交流しているように思っていた。
しかし、ある時から、人間は我々魔族を蹂躙し始めたのだった。
それだけではなかった。
魔族たちが次々と惨殺される事件が相次ぎ、魔族と人間の間に深い亀裂が生じ始めた。
友好的だったはずの関係は、一部の人間たちの行いによって急速に崩れていった。
「どうしてこんなことに…?」
私は激しい怒りと悲しみを覚えた。
「魔王様、人間たちは我々を恐れ、支配しようとしています。我々の力を彼らの利益のために使おうとしているのです。」
側近のアリアは厳しい表情で言った。
私たちは人間たちとの対話を試みたが、状況は悪化する一方だった。やがて、戦争が勃発した。
私たちは平和を望み、最初は人間を殺すことはしなかった。
しかし、次々と仲間が殺されていく中で、私たちの忍耐も限界に達した。
「もうこれ以上、我々の仲間を見殺しにはできない!」
私は決意を固め、人間たちへの攻撃を命じた。
魔族たちの本気の戦いが始まると、人間たちは恐怖に陥った。彼らは魔族の力を思い知り、魔族との戦争に反対だった人間たちでさえも、魔族を恐れ嫌うようになっていった。
戦争は何十年にもわたった。
ある時、勇者と呼ばれる若者が私を倒しにきた。
彼の名はオーエン。
純粋な正義感に溢れた目をしていた。
「魔王…。俺はこの戦争を終わらせるために来た。お前の力を封じ、人々に平和をもたらすために」
オーエンは聖剣を携え、堂々とした態度で言った。
私の体はオーエンの3倍ほどの大きさで、鉄ほどの固さの鱗のような皮膚、人のような体の仕組みではあるが、人間の顔とは全く違っていた。
人間の中には、私の姿を見ただけで気絶してしまう者もいた。
気絶をしないまでも、私の前で正気で立っていられた人間は今までいなかった。
魔王城は、もうすでに数え切れない数の人間に包囲されていた。
しかし、私がいるこの部屋には、オーエン1人がやってきた。
他の人間には、私の姿を見ることさえ耐えられないのだ。
私の姿は、人間にとって、それほど恐ろしいのだろう。
しかし、このオーエンは、そんな私を初めて見たにも関わらず、まっすぐ私を見て、対話してきたのだ。
私は彼を見つめ、その純粋な瞳に心を揺さぶられた。
「お前は私を倒すために来たのか?」
私は静かに尋ねた。
「もうこれ以上お前の好きなようにはさせない…。俺達人間は平和に暮らしたいだけだったのに、お前たち魔族のせいで…!」
オーエンの声には揺るぎない信念が感じられた。
「平和に暮らしたい…か」
私は苦笑しながら答えた。
「お前が思っているほど簡単な話ではない。人間たちは我々を奴隷にし、仲間を殺してきた。平和を望んでいた私たちに対して、彼らは裏切ったのだ。」
オーエンは一瞬、驚いたような表情を見せ、
「それは…、お前たちがやったことだろう!」
と言った。
この若造は、どちらが先に残酷な事をし始めたのか知らないのだ。
年は30歳くらいだろうか…。
聖剣を手にすることができる人間はここ数百年現れていなかったが、ついに現れたのか。
人間が我々にしてきたことを、一部の人間が嘘の歴史を教えているのだろう。
この男もまた、愚かな人間に利用され、私の元に来させられだ。
「お前たちは人間たちを攻撃し、たくさんの人達を殺してきた!許すことはできない!」
と、私をにらみ、聖剣を持つ手に力を込めた。
聖剣か…。
見ているだけで、苦しくなるな…。
聖剣の近くにいるだけで、その聖なる力により、私の体は焼きつくような痛みを感じた。
意を決したオーエンは、私に向かって聖剣を振りかざした。
もういい…。
もう疲れた…。
私はここで、命を終わらせていい…。
私は目を閉じた。
ズシャッ…。
嫌な音がして目を開くと、そこにはアリアが血を流して倒れていた。
「アリア!逃げろと言ったはずだ!どうして…!」
私はその光景を見て叫んだ。
「魔王様…。あなたを置いてなどいけません。あなたは私達の光…。あなたは…。」
アリアは私を見つめながら、そのまま死んでしまった。
オーエンは、私が、私をかばって死んだアリアを抱きしめ悲しんでいる姿を見て、衝撃を受けた表情をしていた。
私は声にならない叫び声を出し、その叫び声と共にオーエンを攻撃した。
オーエンは私の攻撃をよけながら、
「魔王…。私は魔族は心がないものだと思っていた…。それなのに…」
と、かなり戸惑っているように見えたが、私の怒りは止まることなく、オーエンを攻撃し続けた。
「こんな姿…、まるで人間と同じじゃないか…」
オーエンがつぶやいたその時、私の攻撃がオーエンの聖剣を弾き飛ばした。
手が焼き尽くされた痛みはあったが、今はそんなことはどうでも良かった。
そして、次の瞬間、私の鋭い爪がオーエンの心臓を貫いた。
私は、オーエンに最後の攻撃をした後、我に返った。
オーエンは私をじっと見つめ、震える手で私の顔に触れた。
「俺は…、間違っていたのだろうか…。こんなに美しい目をした者が悪いはずがない…」
オーエンは、そう力なく言ってこと切れたのだった。
こんな人間に会ったのは、初めてだった。
オーエンとなら、対等な話し合いができたのだろうか。
オーエンとなら、友人になれただろうか。
そう考えずにはいられない記憶になってしまった。
アリアを失い、オーエンを殺してしまった後、私は城を包囲していた人間たちを一人残らず殲滅した。
そして私はさらに深い孤独と絶望に陥った。
私がもっと早くに人間を滅ぼそうと決意できていたら、魔族にこれほどまで犠牲者は出なかっただろう。
私の判断が、結局戦争を長引かせてしまったのだ。
でも、私は人間を信じたかった。
人間を愛していた。
その後、戦争は激化し、さらに多くの命が失われていった。
人間も魔族もお互いに追い詰められ、十数年後、ついには私自身も寿命を迎えた。
魔王としての命が終わったと思った次の瞬間、私はエイリスとなっていた。
平和を心から願っていた私だったが、エイリスとなり、平和に過ごすことができるのだろうか。
魔王の私は、かつて人間にどのように思われているのかを知っていたが、エイリスは魔王の私よりも魔王のような女だったのだ…。
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