TURN13 “影の女王”との謁見
日本国は東京都千代田区に、“影の女王”の拠点である城『キャッスルオブシャドウ』がある。
江戸城、皇居を経て改築されたこの城は現在、“影の女王”傘下の旧世代型魔法少女の生き残りや“影の女王”を慕う異形種に加え、鬼の国から派遣された益荒男めいた屈強な鬼の軍団が警備にあたっていた。
それもそのはず、今日は鬼の国の女王と“影の女王”が謁見するという一大事があるのだ。あくまで表向きには、だが。
城の深部にある謁見の間ではヒーローチームネガ・ライトとエイルル帝国第二皇女リーゼロッテ・ラース・エイルル、リーゼロッテの専属メイド兼護衛である琴子、エイルル帝国の大魔女エシル、鬼の国の女王の
ややあって宰相を名乗った魔法少女が告げる。
「“影の女王”陛下のご入室です」
「ま、待って! まだ心の準備が!」
「おねえ、サクラさんのエーテル核を分離してくれる人たちが来てるのにこれ以上待たせるのは国家元首だとしても無理があるよ?」
「なんか殺気を感じるんだけど~!」
「アンジェリカさんの一件で命陛下からの心証最悪なのは今更だから。ほら、早く」
「命様以外からも殺気が……」
「おねえ!」
宰相とのすったもんだの末にようやく姿を現した“影の女王”は、およそ日本における異形種たちの頭領とは思えぬ威厳のなさであり、彼女がおっかなびっくり席につくその様子は小市民めいていた。
山羊を彷彿とさせる両側頭部の巻角に、所在なさそうに揺らめく悪魔系異形種特有の尻尾。低い背丈に見合わぬ豊満なバストとヒップは、小さな布面積の装束に覆われている。どこからどう見ても女淫魔である。
その気の弱そうな態度に唖然としていたアンジェリカを守り隊(仮)の面々だったが、“影の女王”がれっきとした女淫魔である事実を改めて咀嚼すると再び殺気を燻らせ始めた。
情けなさ溢れる声をあげて離席しようとする“影の女王”の肩を宰相が抑えつける。
ガタガタと震える“影の女王”に代わり、宰相が口を開く。
「アンジェリカさんの一件に関して仰りたいことがあるのは承知しております。ですがこちらとしても幽世歩きの襲撃による人材不足が深刻な問題になっており、喫緊の解決すべき課題としてこうせざるをえなかったことを承知していただきたいのです」
「……錬金術師のアテなら日本国内にもあるでしょう。ましてや国家元首を名乗れるなら、他国の皇族の妻を拉致して記憶を弄るなんて蛮行に走るようなことをする必要なんてないのでは?」
「フワ・インダストリーズの人工ヴィラン計画で造られた者たちは、我が国最高峰の錬金術師の手に余るほど高度な技術を用いられていました。そこで、計画の責任者から提案されました。フリーランスで錬金術師協会にも属さない、拐っても後腐れのない名うての錬金術師がいるからそれを利用しないかと」
「その責任者の名前は?」
必死に怒気と殺意を抑えながらリーゼロッテが尋ねると、宰相の口からとんでもない回答が返ってきた。
「200年前に火星へ単独テラフォーミングを果たして以降行方不明だったはずの、フワ・インダストリーズ最高最悪の科学者……ライカ・フワその人です」
アンジェリカを守り隊(仮)はどよめいた。
ライカ・フワを騙る幽世歩きは“影の女王”と敵対しており、それに利することを──ましてやリーゼロッテとアンジェリカを引き剥がしてまで行うとは考えられなかった。
「宰相殿、その理屈はおかしくないかのう? わらわたちと事を構えたライカ・フワは、その名を騙る幽世歩きなのじゃ。幽世歩きの動向から推察してそんなことを提案するとは思えぬ」
「それはそうでしょう。ライカ・フワはとっくのとうに地球に帰還し、幽世歩きと協力関係を築きながら表舞台での手駒として扱うために名義貸ししているんですから。我々と接触したライカ・フワと、皆様が敵対したライカ・フワが別人でもおかしくはありません。ライカ・フワが幽世歩きと協力関係を結んでおきながら我々の利益になることを行なった理由はわかりませんが、それでも我々にはライカ・フワの手をとる以外の選択肢はありませんでした。裏に潜む幽世歩きの脅威に震えながら、ですが」
宰相から衝撃の事実が開示されたその時である!
ヒカルの足元からドス黒い瘴気が湧き出し、ヒカルの身体を苛み始めたのだ!
ほどなくしてヒカルの口に湧き出した瘴気が流れ込み、幽鬼のような雰囲気をかもしながらヒカルは立ち上がった。
「あーあ、ライカとの関係までバラされちゃったらやるしかないよねえ……!」
「ヒカル!? どうしたんだよ、そんなこと言って!?」
「ついでだからバラすけど、ヒカル・バンジョーは幽世歩き……つまり僕の人間態部分の遺伝子を基に造られた人造人間なんだ。だからその気になればこうやって乗っ取ることもできるってわけさあ!」
「ヒカルが幽世歩きと成分的に似てるから乗っ取れるのはともかく、幽世歩きがどうしてここに!?」
「ライカが教えてくれたんだ、ライアが裏でコソコソしているってねえ!」
言うが早いかヒカルは長机を飛び越えて“影の女王”の懐に入り、彼女が隠し持っていたエクスキューショナーズソードを奪取した。
「ようやく返ってきた! 『刻死天使の権能』! そのまま始末してやるよ“影の女王”! 愛しの旧世代型魔法少女共々、天国にも地獄にも逝けない死を味わうがいい!」
次の瞬間には、“影の女王”の胸に凶刃が突き立てられた。ヒカルは突き刺したエクスキューショナーズソードを90度捻って追い打ちを行い、“影の女王”の足元を夥しい量の出血で汚した。ヒカルは“影の女王”に致命傷を与えた流れのまま、変身を終えて魔法少女形態で仇討ちしようと身構えていた宰相の腹部に手刀を突き立てる。突き立てられた手刀はずぶずぶと宰相の体内に沈んでいき、背中側から飛び出した。
ヒカルが世界最強の暗殺者に乗っ取られたとはいえ、あまりにも迅速かつ鮮やかな暗殺を前に、アンジェリカやアンジェリカを守り隊(仮)はなす術もなく見ることしかできなかった。
宰相に突き立てた手刀を引き抜き、得物と手に付着した血を払い、ヒカルは姉妹の亡骸を蹴り飛ばしながら言う。
「君たちが“影の女王”と会って何をするつもりだったかはどうでもいい。ただまあ、権能を奪い返すチャンスを作ってくれたことには感謝するしかない。ありがとう」
「お前、次は何をするつもりだ……? その力で誰を殺すんだ……?」
「せっかく鼻持ちならないヤツの身体を乗っ取ったんだ、こいつの評判を地の底まで堕とす。手始めにフワ・インダストリーズの要請の続きとして旧世代型魔法少女を鏖殺す……」
アンジェリカへの返答の途中で、ヒカルは口からドス黒い粘液を吐き出した。
乗っ取られる前に経口侵入した瘴気と同量の粘液を吐き出し終えたヒカルは、手にしたエクスキューショナーズソードを投げ捨て、粘液に対して宣戦布告する。
「させるかよ幽世歩き。お前は俺たちが倒す」
ドス黒い粘液はぶくぶくと沸騰しながら人の形をとり、ライカ・フワを騙っていた時の幽世歩きの姿へと形成された。
幽世歩きはヒカルからの宣戦布告に対し、詠唱で応える。
「満たせ、満たせ。満たせ、満たせ、満たせ。繰り返される都度、満たされる都度、その刻を破却する」
投げ捨てられたエクスキューショナーズソードを拾い上げながら、詠唱は続く。
「告げる。君の身は僕の下に。僕の命運は君の剣に。僕の信仰の寄る辺に従うなら応えよ」
詠唱は佳境に入り、幽世歩きは左側頭部の髑髏を模した仮面を被った。
「誓いを此処に。僕は常世総ての悪を為す者。僕は常世総ての巨悪を敷く者。冥府より来たれ、百合の護り手……幽世歩きよ!」
途端、幽世歩きの身体はドス黒い瘴気へと還元され、身長220センチの巨躯に再成形された。
顔の上半分は髑髏を模した仮面、下半分は漆黒のヴェールでそれぞれ隠し、甲冑の上から血飛沫で汚れた外套を着て、外套と繋がるフードを被って後頭部を覆い、そうして肌色の一切を隠し、エクスキューショナーズソードを杖代わりにして仁王立ちするその姿は、世界最強の暗殺者のそれだった。
「冥府より、仄暗き死を馳走しに参った。人呼んで幽世歩きである」
ボーイソプラノの耳触りのいい声から、聞く者の魂が底冷えするような声へと変化した幽世歩きの自己紹介により、謁見の間に緊張が走る。
「かつて概念の領域へと踏み込むことで自らの消滅を超克した女神がいた。我が力は、それを打ち滅ぼすものだ。それでも我と戦うというなら相手をしよう」
刹那、怪人態へと変貌を果たした幽世歩きの足元で燻る青白い炎がアンジェリカを守り隊(仮)の元へ殺到し、彼女たちを苛む。
真人間のリーゼロッテと凪とステラはそのまま泡を吹いて気絶し、琴子とエシルと命は膝をついて悶絶する。
「みんなに何をした!?」
「我が力は一介の天使には過ぎたるもの。その片鱗ですら、生きとし生けるものはすべからく恐怖を想起させる。それを浴びせたのみ」
「俺とアンジェリカにぶつけなかったのは何故だ?」
「汝は我の手で殺めるからだ。アンジェリカは……我が力の片鱗だけでも死に絶えてしまう」
それに、と幽世歩きは付け加える、
「アンジェリカは転移術式を『エイルル帝国国内で』『物質のみ』転移できる技術として特許を申請した。それを見たワイズマンはその転移術式が物質以外も国内外問わず転移できると看破した。だが幾度の検証を行なっても失敗が続き、開発者権限で人体の転移を制限しているのだと推測し、その身柄を手に入れようと躍起になっている。それこそ、人望以外何もない飾りの第二皇女の暗殺を計画の一つとして採用することも検討するほどにな。我はそれらを阻止してきた。その対価としてヒカルの首を頂戴しようとするのは何がおかしい?」
「おかしいに決まっているだろうが! 誰が守ってくれなんて頼んだ!?」
「我の横槍がなければ今頃第二皇女は鬼籍に入りアンジェリカは実験動物扱いであろう。そういうことをするのがワイズマンだ。第一、ライカの作った時空間転移技術よりも優れたものであるアンジェリカ謹製転移術式を腐らさせるよう要請を寄越されたのだから、我がこうするのは当然のこと」
「ナメられたもんだね! やっちまいなヒカル!」
「任されたッ!」
ヒカルは幽世歩きからいつの間にか盗んでいた、バックル部分がスロットマシンを模した金色のパーツで出来ている変身ツールらしきベルトを腰に巻き、ネガ・アガトラムを左手に装着した。
『Unknown unit has connected. System in jeopardy. Recommending immediate termination of use』
ネガ・アガトラムからけたたましく鳴り響く警告音を無視し、ヒカルは変身プロセスを経る。
『FEVER HIT! X!』
『IIIIIGNITION……NEGA LIGHT XX』
ネガ・アガトラムとの規格を無視した変身ツールの同時使用により、ヒカルの纏うパワードスーツネガ・ライトはその様相を変えた。
左手と右足のみだった鉤爪は右手と左足にも生え、品性を疑われるほど眩い金色のマントをたなびかせ、バッファローめいた仮面は直線で構成された一対の角と目元を覆うバイザーに置換された。専用フランベルジュのネガ・ブレイカーも四本に増え、ヒーロー番組で言うところの最終形態と言って差し支えない姿である。
この強化変身を目の当たりにしてもなお、幽世歩きの余裕は揺るがなかった。
「玩具を使って何をするかと思えば、結局のところ児戯であるか……つまらん。蚊にも劣る下等生物の頭ではそれが限界なのか?」
「キレる17歳みたいなお前が言い出したんだろうが。お子様のお遊びでも付き合ってくれるってな」
「そうか。では改めて相手してやろう。汝には造られたことを後悔するほどの苦痛を与えてから、天国にも地獄にも辿り着けぬ死を馳走してやる」
こうして、チームネガ・ライトvs幽世歩きの最後の戦いが始まった。
つづく。
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