TURN6 夕立凪というヴィランについて

 アンジェリカは以前から画策していた所属組織の乗っ取りを、あっさりと成功させた。高慢ちきなボスとその取り巻きの幹部どもは、ネガ・ライトへ変身したヒカルと、再教育センターから無事戻ってきたウィング・ロロ改めバーサーク・ロロによりあっさりと制圧され下剋上は相成ったのだ。

 アンジェリカは手始めに組織名を変えた。アンジェリカちゃんだいすきクラブ……略してACDCという、何とも言えないネーミングセンスの組織名に。その次に取り組んだのはドーピング用薬品の研究費用の予算増強だ。以前のボスが掲げていた方針のせいで予算を削られていたため、私財から不足分を補って胡乱な薬品や毒を製造していたアンジェリカの懐事情はこれで改善されるだろう。アンジェリカを苛立たせる指図ばかりのボスはいなくなり、アンジェリカの思うままにヒーローどもを蹂躙する準備が整った……はずだった。

 新生ヴィラン組織・ACDCに加入を希望するフリーランスのヴィランがやってきたのだ。彼女の名は夕立凪。第8世代型魔法少女システムによりプラズマを帯びた鞭・プラズマウィップを装備した魔法少女、キューティ・ナギに変身するヴィランなのだが、どうにも様子がおかしい。

 アンジェリカの知らないところでアンジェリカに対する好感度を限界まで上昇させており、曰くアンジェリカを追ってブラックマインドに参加したとのこと。

 そんな凪がとんでもない爆弾発言をぶちかました。

「アンジェリカ、リーゼロッテと結婚した事実なかったことにしたんでしょ? なら私と結婚しよ?」

「…………はえ?」

 出会って即プロポーズである。これには流石のアンジェリカも困惑。処理落ちしたアンジェリカのことなど気にも留めず、凪はまくしたてる。

「私ね、アンジェリカとなら他の娘と重婚することになっても構わないと思っていたんだけど、リーゼロッテってば独占欲強すぎて嫌がっちゃってどうにかならないかなーって考えていたら、まさか離婚してヴィランになっていたなんて! これはもう私も脈アリじゃあない? ね、結婚しよ?」

「ねえちょっと待って、ええっと……凪ちゃんだっけ。ACDCに入ってくれるのはありがたいけど、私たち会うのはこれが初めてだよねえ!?」

 アンジェリカの言い分を聞き、凪の顔から表情が無へと帰した。

「…………本当に、覚えていないんだ。リーゼロッテの流した噂通り、全部。あんなに一緒だったのに、私のこと何も覚えていないんだね? ううん、私以外の娘のことも」

「え、何その言い方。私あのお飾り皇女とか君みたいなやたら好感度高い女の子いっぱいいたことになっているわけ?」

「エイルル帝国第二皇女リーゼロッテ・ラース・エイルル。リーゼロッテの専属メイド兼護衛である上位ケルベロスの琴子。エイルル帝国魔法省きっての炎属性魔法の使い手、大魔女エシル。幽世歩きの虐殺の余波で難民が押しかけてきて被害を被って以来ヒーロー贔屓の鬼の国の女王、龍胆之命りゅうたんのみこと。世界三大宗教のうち幽世歩きに滅ぼされなかった勢力・武装修道女集団のリーダー、ステラ。まだまだいるけど、戦闘能力を持っている娘だとこのあたりかな」

「全員が全員、私に対して好感度高めなわけ?」

「誰がアンジェリカの正妻になるかで揉めに揉めて、エイルル帝国の郊外を更地にするほどの喧嘩に発展して、最終的に政治的圧力でリーゼロッテと結婚することになったの覚えていないんだ……」

「やめてよその憐れむような目」

 凪の証言でアンジェリカの知らないところでとんでもない人間関係になっていたことを知らされて頭を抱えた。列挙された名前はどれもその気になれば国家の中枢に干渉しうる力を持つ存在。国家元首さえもいるのだから頭が痛くなってくる。どんな爛れたことをしていたのだろうか、自分の知らないアンジェリカは。

 でも、とアンジェリカは自分の持つ記憶を辿るように反論した。

「私は、ヒーローどもに私の研究を否定されて、エイルル帝国の錬金術師協会から居場所を奪われて……故郷を飛び出して日本に来たはずなんだ。今の私は、ヒーローどもを否定するために活動している、だから……そんなことに現を抜かす暇なんかなかったはずなんだ。だいたい、私にはヒカルがいるし」

「ヒカルって、ヴィランランク126位識別名ネガ・ライトの実働担当の方? あんな男の、何がいいの?」

「ヒカルには善悪の区別がない。ただ私の目的のために力を尽くしてくれる。否定もせず、私を受け入れてくれる……おまけにイケメンだし」

「アンジェリカの方がかっこいいよ」

「いやいや私はどっちかというとかわいいでしょ!?」

 自分はかわいい、そう主張するアンジェリカに思わず凪は微笑んだ。

「記憶がなくても、アンジェリカはアンジェリカだね。前みたいに、こんなに楽しくおしゃべりできるもの」

「いやいや記憶があるとかないとか関係ないから!」

「そう、関係ない。アンジェリカはアンジェリカだから。そういうところに、私は惚れたから」

「……そりゃあ、どうも。それで、ウチに入ってくれる?」

「喜んで! アンジェリカのために、凪は戦うよ! ヒカルなんかには負けないんだから!」

 結局、アンジェリカは凪のプロポーズを有耶無耶にして凪を戦力として招き入れることに成功したのだった。




 翌日。

 ACDC訓練場では、ヒカルと凪とロロの三人がACDCに所属しながらヴィランランキング圏外のヴィランたち三十人と組み手を実施した。

 しかしフィジカルギフテッドと新世代型魔法少女が混在するヴィランランカー三人組相手では、旧体制において質をおざなりにされたランキング圏外ヴィランたちは手も足も出ずにのされた。現在、彼らをそっちのけにして凪とロロがどちらがかわいいかについての言い争いから戦闘に発展させる始末。ヒカルは明らかな厄介事に首を突っ込んで事態を悪化させることを厭って、早々にのされたヴィランたちを医務室に放り込む作業に励んでいた。

「私の方がかわいいよ! あのヴィランランク1位の幽世歩きにも認めてもらえたんだから!」

「私の方がかわいいから! アンジェリカに天井知らずだって言われたもん!」

「大斧振り回していろんなもの破壊して回る姿が一番かわいいって具体的に言われたんだけど、アンジェリカからのはただの形容詞だよね~?」

「しれっとアンジェリカを呼び捨てにしないでもらえない? だいたい、そのハルバードを魔改造したみたいな得物振り回している姿がかわいいってどういうセンス?」

「うるさいうるさいうるさい! こうなったら言葉なんて要らないよね? どっちがかわいいかは戦いで決めよっか!」

「望むところだね」

 刹那、プラズマを帯び柔軟性に富んだ金属繊維製鞭と身の丈ほどの柄にハルバードの刃を二枚取り付けた大斧が交錯した。首を突っ込まずとも事態が悪化したことに苦悩し、三十人のヴィランの医務室送りを終えたヒカルが仲裁に入るべく、組み手の際には装着するだけで起動していなかったネガ・アガトラムの変身機能を行使する。

『IGNITION……NEGA LIGHT』

 ガイダンスボイスと共に瞬く間にバッファローを模した仮面と全身を覆う紫色の装甲が装着され、左腰には二振りのフランベルジュことネガ・ブレイカーが携行、右足からも左手同様鋭利な鉤爪が五本生え、毒々しい蛍光色の液体で満ちた薬品貯蔵タンクことネガ・チェンバーが左前腕と右脛に生成された。このプロセスはコンマ1秒未満で完了し、ネガ・ライトへと変身したヒカルは徐々に喧嘩から殺し合いへとシフトし始めたロロと凪の間に割って入る。

 ロロの筋肉を疲弊させつつ痛めつけていた凪のプラズマウィップが振るわれた瞬間に腰から引き抜いたネガ・ブレイカーで絡めとり、それと並行する形で袈裟斬りの要領で振るわれたロロの大斧を左手の鉤爪で白刃取りし、ヒカルは両者に説教する。

「さっきから何の話をしているのかは知らなんだが、身内で殺し合う理由にはならないだろうが。矛を収めろ」

「「わたしがかわいいかどうかがどうでもいいってこと!?」」

「何故ハモる? まあ言って聞かないというなら……」

 ヒカルはまずプラズマウィップが絡みついたネガ・ブレイカーを引っ張って凪を引き寄せ、接近したところを右足の鉤爪でもって神経毒を注入する。アンジェリカが最近改良した毒なだけあって魔法少女システム下であっても一発で昏倒できてしまうのだ。

 凪がダウンしたことを確認するとプラズマウィップを振り払ったネガ・ブレイカーに神経毒をまぶし、そしてこれをロロに投擲して毒を注入した。魔法少女システムの世代差か凪よりかは時間がかかったものの、ほどなくしてロロは昏倒した。

「アンジェリカの改良した神経毒……魔法少女相手に試してみろとは言われたがここまで強力なのか……」

 使った己が一番驚いているが、この結果を聞けば製作者のアンジェリカも鼻を高くすることだろう。そんなことを考えながら、ヒカルはネガ・アガトラムを外して変身を解除してから凪とロロも医務室に放り込んだ。

 それからヒカルは新体制への移行に伴う庶務に追われるアンジェリカの元に組み手の結果を報告しに行った。もちろん、凪とロロの喧嘩の仲裁についても報告を怠らない。

 慣れない書類仕事の山に囲まれて疲弊気味のアンジェリカはヒカルからの報告を聞き、重たい溜息を吐いた。

「凪もロロも自分のかわいさに誇りを持つタイプなのか……連携は難しそうだなあ……」

「戦闘員たちの弱さも課題だな。フィジカルに自信のある僕やそれに匹敵するパワーを持ちながら最新世代型魔法少女でもあるロロがいたとはいえ、一人頭十人がかりでも手も足も出ないのはあまりに深刻だ」

「ヒカルもロロも凪も一応下位ランカーなのにね……ドーピングだけで改善するのは無理がありそう……」

「ブラックマインドの訓練プログラムに頼るしかないか?」

「だね〜……はあ、デートしたい〜! デートデートデート!」

 あまりにも思考回路のメモリを使いすぎたのか、アンジェリカは以前リーゼロッテに邪魔されたデートのリベンジをヒカルに要求し始めた。

 だがヒカルはそれを、ダメだとばっさり切り捨ててしまった。

「新体制に移行して間もないのにデートする余裕があるか」

「でもお……」

 その時である!

 ヒカルにより昏倒させられていたはずの凪がヒュバォと駆けつけてエントリーを果たした!

「なら私とデートしよ、アンジェリカ! 私のこと忘れちゃったなら、また新しく覚えてくれればいいし!」

「あのな、そういう話じゃあないんだ。凪、君がデートしたがっているのはACDC……つまりこの組織の新しいボス。引き継ぎもしないまま下剋上したから書類仕事の大群に追い回されている最中だ。デートする暇があると思うのかい?」

「うん? アンジェリカとのデートは何よりも優先されるべきことだよ? アンジェリカがいない間はネガ・ライトとしてバディ組んでいる貴方がアンジェリカの仕事をすればいいでしょ? はい万事解決!」

「ちょっと待ってくれ」

 ヒカルの制止も虚しく、アンジェリカは無理のあるロジックを振りかざした凪によって連行されてしまうのだった。

「…………僕がやるのか? この量の書類を? ロロには任せられないし……確かバーサーカーのジョブとっていてINT値下降補正かかっているからなあ……」

 残されたヒカルは粛々と一人でアンジェリカの仕事を代わりにこなすことになったが、それはまた別の話。

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